04-03
「いやぁ、あの後徹夜でCDを焼くまで漕ぎつけて、いてもたってもいられず今朝、彼女に渡してきたんだ。彼女、喜んでくれたから君たちにもお礼を言いたくて……」
サイカワは喜びを抑えきれないといった様子で、ひと息に報告してくれた。どうやらプレゼントはうまくいったらしい。
……そういうのってランチとかディナーとか、良い感じの雰囲気の場を設けて渡すもんじゃないの? まぁ、付き合い方は人それぞれだし……良いものができてそれをすぐ渡したいというサイカワの思い、行動には純粋に好感を覚えるし、まぁいいか。
「それはよかったな、苦労して見つけた甲斐があったってもんだ」
「そうだねサトル、私たちも何だか嬉しくなっちゃうね」
ヒカリも満面の笑みだ。相当嬉しいように見える。
「本当にありがとう。ぜひお礼をさせてほしいと思って、茶菓子を持ってきたんだが――――なぜ新聞部がいるんだ?」
サイカワはようやくこの部屋に俺とヒカリ以外の人物がいることに気付いたらしい。ネコタニを見て驚いて……はいないようだ。
「これはこれはサイカワ殿。先日はインタビューのお時間をいただいてありがとうございました」
「あぁ、構わないさ。こちらとしても、さらなる部員拡充にきっと良い影響が得られるだろうからね。キミがここにいるのは……取材かな?」
「いえ、依頼という格好でお邪魔していまして」
「そうか、ヒカリ君もサトル君も非常に頼りになるからね。きっと良い方向に事が進むよ。――もしかして、最近噂になっている例の慰霊碑の件かな?」
……噂の慰霊碑?
「そう! ご明察です! まさにその慰霊碑の取材の件で手助けを乞いたくて」
……ん? 待て。記事の執筆ではなかったのか?
ヒカリも同じ違和感を覚えたのか、ネコタニに尋ねる。
「待ってミキちゃん。依頼って記事の執筆だったよね? 取材ってどういうこと?」
ヒカリからの質問に、きょとんとした顔を見せるネコタニ。
サイカワはサイカワで何のことかわからないといった顔をしている。
「えぇ、依頼は記事の執筆ですよ。……あぁ、記事の執筆も含まれるという表現の方が正しいですかね。言葉足らずですみません。やはり、私は言葉を紡ぐのが下手くそのようです」
「取材は私がしてヒカリさんに記事の執筆をしていただく、これが依頼の主となる部分です。これは先にお話しした通りですよね。それはそれとして、この部室に来てお話ししている間にひとつ思いついたんですよね。せっかくなら取材のお手伝いもお願いしちゃおうって。このサークルにおいて引き受ける依頼に個数制限があるなんて話は聞いてませんから、別に良いですよね?」
…………この厚かましさ、G級。
思わず閉口してしまった口から、どんな言葉を掛けようかと逡巡していると、サイカワが口を滑らす。
「……ネコタニ君らしいと言えばらしいけど……その面の皮の厚さ」
「面の皮が厚い? そんなごわついてませんよ、失敬な! ちゃんとケアしてますから、もちもちふわふわ、生娘の肌ですよ!」
ネコタニがキンキン声を響かせながら、ぷいとそっぽを向く。
……いや、そういうことじゃねぇよ。
サイカワの余計な一言も届かない、孤高の新聞記者。さすがにその慣用句は知っていて欲しかった。
――――――
「――はぁ? 幽霊?」
「そう、かなり噂になっているんですよ? 聞いたことないですか?」
学校イチの敏腕記者が持ってきた取材のネタは、新聞の記事にするには不適切と切り捨てたくなるような、世俗的なものだった。いや、新聞をエンタメととらえるならば大衆的なネタではあるのかもしれないけれど、うーん、オカルトだもんなぁ……。
俺とヒカリの住む町――住む空間は違うのだが――クチナシの北に、アサギという町がある。我らが通う大学がある町だ。電脳空間においては、ここら一帯で最も栄えている町ではあるが、その西の方は畑や田圃等の農業地が広がっていて、自然と文明がうまく混在している町……らしい。いかんせん、電脳空間上は歩いたことがないから、人伝に聞いた情報しか知らない。
そのアサギの、発展の進んだ都市部と農業地の間、ポツンと存在するある広場の付近でここ最近かなり有名な噂が、ネコタニの持ってきた取材のネタだ。
その広場――アサギふれあい広場は、町のレクリエーション会場、そして万が一の災害時における避難場所としても機能する、地域の憩いの場所だ。休日には家族連れが多く訪れる広大な芝生の広がる領地の中央部に、雑木林に囲まれた10メートル四方、石畳の敷かれた領域がある。その最奥には過去の大災害の犠牲者を慰めるための慰霊碑が建立してあり、件の噂はその慰霊碑に関するもの、とのことだ。
ちなみに、この広場と慰霊碑は物理空間のアサギにも存在する。かなり昔からあるようだ。尤も、そこを憩いの場とする人はこっちの空間にはいないのだが。
ネコタニの談では、なんでも、深夜二時ころにその慰霊碑を訪れると、怨念晴れやらぬ幽霊と遭遇してしまうらしい。時間になると真っ白い衣装を身に纏った女の幽霊がぼうっと浮かびあがり、あたりを彷徨い始め、もし目があってしまえば最後、呪われてこの世ならざる世界に連れて行かれてしまうとかなんとか……。
寝ぼけた誰か、酔っ払った誰かの見間違いというわけでもなく、それなりの数の目撃証言があるらしい。
「かなりの数の目撃者がいるとのことなので、もしかしたら本当に幽霊が見られるかもと思いましてね!」
ネコタニは目を爛々と輝かせて話す。
そんなに幽霊見たいの? いや、見たい見たくないは個人の趣味の世界だから何も言うつもりはないけど……しかしなぁ、あくまで噂なんだよなぁ……。
「ウキウキとしているところに水を差すようで悪いが、実際にその幽霊とやらを見たという人から話を聞けたりはしたのか? 噂の中で語られる"多数の目撃証言"にあまり信用が置けないんだけど」
こういうオカルトな噂を聞いたとき、大体のケースで多くの目撃者がいるとかなんとか聞くけど、実際にそういうのを見た人に出会うことはまずない。捻くれた見方がすぎるかもしれないが、それこそ噂に箔をつけるための慣用句ではないかと疑うほどだ。
「もちろん、会えてませんよ? そのような人を探すのも依頼に含める腹づもりですね!」
……チクショウ! 話を聞けば聞くほど頼みごとが増えていきやがる! これ以上依頼の詳細を確認したくない!
ため息とともにがっくりと頭が下がる。
その状態で覗き見た携帯端末の画面には引き攣った顔のヒカリが映っていた。
……そうなんだよな。別に今回のこの依頼については、いくらネコタニが駄々をこねようと俺の負荷はあんまり増えないんだよな。全部、電脳空間での出来事だから。
つまり、このネコタニの依頼で一番苦労がかかるのはヒカリになるわけだ。……うーん、かわいそうに……。
「まぁ、その……なんだ。頑張れよ、ヒカリ」
引き攣った顔のまま、ヒカリは助けてくれと言わんばかりに悲しそうな目をこちらに向けている。
まぁまぁ。最近は俺の方が色んなところに出張する機会が多かったんだから。たまにはヒカリが歩き回る格好になったって良いじゃない。
宥めようとしたら、遮るようにキンキン声が響いた。
「あやや、サトル殿にももちろん手伝っていただかないと! 物理空間でもその慰霊碑に行ってもらいますよ! カメラ持って張込みです!」
「………は?」
「…………ふふっ。……サトルも頑張ってね」
今日一番の笑顔が見れた。




