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02-12

 

 ミレイのお母さんが見たかったのは、この工場に関連したもの。

 だとすると、ミレイのお母さんはこの工場の存在に気付いていたのか? 気付いていなければ見たいという発想にはならないだろうからな。


 ではどうやって気付いたのだろう? 物理空間に建てられたこの建造物の存在に。

 電脳空間上のシノノメは国有の自然公園だった。このバカでかい工場が建っていない。この工場は物理空間にしか存在していないんだ。


 物理空間を見に行くノードが限られている現代で、どうやって気付けたというのだろう。



 ……考えるほどドツボにはまっていくような感覚を覚えた。


 一瞬の間、謎への思考に意識を奪われかけたその刹那、ミレイの声で我に返る。


「ご足労をかけてしまって悪いのだけど、今日は一旦引き上げましょう? ……この工場のこと、家に帰って調べてみたいの」


 ……そうだろうな。家族に聞きたいことが山程あるだろう。


「あぁ、今日はもう打つ手無しだしな。次にまた来たいときは遠慮なく言ってくれ。今度は人の居そうな平日にしよう」


 暗い雰囲気を払拭するように、少しだけトーンを明るくして提案してみた。

 ミレイは少しだけ口角を上げて首肯した。


 謎を謎のまま残したために後ろ髪を引かれる思いはあったが、車に戻った。

 ハンドルの横に携帯端末を固定して、ギアを入れてアクセルを踏み、ゆっくりと車を発進させる。


 今度は左手に灰色の怪物の圧を感じながら、ゆっくりと来た道を戻る。

 トンネルに差し掛かるところで、じっと黙っていたヒカリが静かに呟いた。


「……10年前はこんなものなかったから、この10年の間に建ったのかな」


「あぁ、そうだろうな。10年前は空き地とか廃墟しかなかったし……」


 そう答えながら、ヒカリの様子を覗き見た。

 ヒカリの発言の内容そのものは至極妥当な推測であったから気になる点は全くないが、この事実に対するヒカリの精神面の状態が気掛かりだった。


 ヒカリは微動だにせず窓の外を見ている。

 取り乱したりはしていない……が、どのような心境なのだろうか。

 悲しい思いをしているのであれば……胸が痛い。



 ヒカリのお父さん、お母さんが亡くなった地。

 そこに久々に赴いて、花を手向け、祈りを捧げようと思っていた矢先、得体のしれない巨大な物体がその地を埋め尽くしていたとしたら。


 人が亡くなった後、その霊魂がどこに向かうのか、それはわからない。

 人によっては天国とも、地獄とも言うだろう。お空にいるとかお墓にいるとか、お星さまになったとかもあるだろう。



 亡くなった場所にいると捉えることだってあるだろう。

 だからこそ、事故が起きた場所には献花が添えられたりする。


 その献花を供えたい場所がつぶされていたとしたら。

 自分の家族がそこにいるかもしれないと思いたかった場所がつぶされていたとしたら。


 どこに住んでいようとも――物理空間の住人であろうと電脳空間の住人であろうと――亡くなった方を思う気持ちに差異はない。

 傍から見れば電子基板上の電気信号の集合かもしれないが、それは物理空間に住んでいたって同じだ。結局は電気信号の集まりだ。それを伝うのが無機物か有機物かの違いだけ。

 それがただの電気信号だと理解しながらも、それに神性を見いだせるからこそ、人間は人間なのだろうと思う。


 その人間を人間たらしめるひとつの感情の置き場所がいま、消えたんだ。



 ――――――俺だって、本当の家族のように思っていたんだ。



 バックミラー越しに映る灰色の光景が小さくなっていくにつれて、当初覚えた不気味さに、少しずつ苛立ちがにじむのを感じた。




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