百目鬼(とどめき)。
目の焦点はどこにも合っていない。
紅い月が出ていた。
「残業だあ」
暗い夜道を駅からアパートに歩いていた。
「あら、カオリちゃん遅いわねえ」
アパートの隣の部屋のおばさんだ。
「あ、おでんありがとう、おいしかったです」
昨日おすそわけのおでんを頂いた。
ギロッ
「えっ」
突然、おばさんが目を大きく見開いた。
黒目の上下に白目が見える。
「早く寝るのよお」
何ごとも無かったように話しかけてきた。
「え、ええ、お、おやすみなさい……」
私は自分の部屋に駆け込んだ。
――何か嫌われるようなことをしたのかしら
次の日の朝、仕事に行くために駅に向かう。
「ひうっ」
ギロッ、ギロッ
見知らぬ高校生カップルが、すれ違いざまに大きく目を見開いた。
黒目のまわりの白目が、瞼の裏に残像のように残る。
「い、いやああ」
ギロギロギロギロッ
毎朝すれ違う、集団登校の小学生だ。
一人残らず目を見開いた。
「お姉さん、おはようございまあす」
何事も無かったような挨拶。
「きゃあああああ」
私は駅に向かって走り出した。
駅についた。
――まさかっ
――でもっ
満員電車だ。
ギロギロギロ鬼ロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロギロッ
周りを埋め尽くす、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目。
シャアアア
私は、その場で失禁しながら、声もなく気絶した。
周りと同じように、私の目は、大きく見開いていたと言う。
もしかしてあなたの身にも起きるかも。