はじめ5秒の渡り
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おお、あそこのところも歩道橋がかかるっぽいね。
僕、あまり歩道橋の工事って見たことないんだよ。へえ、やっぱり道路に刺さる柱の部分を優先してくみ上げる感じか。
実際、歩道橋と横断歩道ってどちらのほうがいいんだろうね? 歩道橋は上ったり下りたりが大変だけど、車とじかに接触しないという点では安心。
そのぶん、通りかかる人や場所によっては自転車と、狭い道ですれ違う恐れが出てくる。横へふくらむことは難しく、ゆとりの確保がしづらい。
対する横断歩道は、アップダウンをしなくて済むけれど、車の往来を気にしなきゃいけない。お行儀のいい車ばかりじゃないから、青信号とて油断していると危ない。
あと渡る途中の、自分の心配も必要だ。うっかり転ぶこともあるかもしれないし、思っていたより足を運ぶのが遅くて、迷惑をかけてしまうかもしれない。
一長一短ではあるが、交通的な歴史を見てみると横断歩道が20年ほど先輩にあたる。
年の功なのか、不思議な話に関しても横断歩道のものを、ときどき耳にする。歩道橋もじわじわ勢いをつけているみたいだけど、やはり人の行き来する場所は、いろいろと強いのだろうな。
僕の聞いた横断歩道の話なんだけど、聞いてみないかい?
いとこの使う通学路でのこと。
そのポイントは、国道からわきへそれて、山の中へ続く坂道にまたがるようにして、歩道橋が設置されていたのだとか。
道路が坂道によって途切れ、車の往来もあり、ここには横断歩道がなかった。歩道橋を使ってほしいという、暗黙のメッセージだったのだろう。
その歩道橋から、どちらの道路側も100メートルもすれば、国道に横たわる長めの横断歩道を目にすることになる。
これもまた通学路によっては、生徒がよく利用するところ。それなりに長さがあるので。旗をもつ大人が立つこともしばしばだったとか。
その横断歩道ふたつには、生徒たちの間でまことしやかにささやかれていることがある。
これらの信号は、道路が長いこともあり、青信号が点滅して赤信号になるまで10秒ほどの間がある。
「もし、渡っている最中に信号が点滅した場合、最初の5秒は黒い部分のみを踏め」というのが、生徒たちに知られていた。つまりは白線がかぶさっていない、アスファルト面を踏んでいく形になる。
いわく、変化の始まりであるこの5秒間は、その光に照らされる白線部分も変化の準備ができていない。そのため、なんでも受け入れられる混沌とした状態になっており、ヘタに足を踏み込むと、取り込まれてしまうとのことだった。
なにに取り込まれてしまうのか。取り込まれるとどうなってしまうのか。
はっきりとしたことは伝わっていないあたり、いかにも子供の考えた怪談という臭いがしていたとか。
実際、その約束を守らずとも、なんにも起きていないと話す声も多く、いとこ自身も当初はよくあるうわさ話と軽んじていたらしい。
その認識を改めることになるのが、話を聞いてから数カ月後にあたる塾帰りでのこと。
その日の天気は下り坂だった。
学校の行き帰りはどちらとも雨が降り、誰もが傘を手放せずにいたらしい。
いとこはいったん、家へ帰ってから荷物を取り、塾へ行くようにしている。その際にもまだ雨はやまず、長靴を履いたままで塾へ向かったとのことだった。
塾があるのは、先に話した歩道橋がまたぐ坂道の途中にある。坂道そのものに歩道はなく、路側帯の内側を慎重に歩かないといけない。
水はねを飛ばす車をうっとおしく思いながら、いとこはようやく塾へたどり着く。
塾にいる時間は、おおよそ2時間半。冬の気配が残る時期ということもあって、陽はまだ短かった。帰るときにはもうあたりは暗くなりかけている。
雨はやんでいた。けれども、水たまりはまだそこかしこに残っている。
一対の光る目玉を携え、なお坂の上り下りを繰り返す車たち。彼らの横をすり抜けていき、いとこは横断歩道へ足を向けていた。
ここの歩行者信号は、大きな道路を横切るポジションにある歩道のためか、一度赤になるとそれなりの時間を待たされる。
いまはちょうど青信号。これを逃してなるものかと、いとこは転ばないすれすれのラインを保ちながら突っ走る。
そのちょうど、第一歩を道路へ踏み出した瞬間。
目の前の青信号が、しきりにまばたきを始めてしまった。
――もし、渡っている最中に信号が点滅した場合、最初の5秒は黒い部分のみを踏め。
言葉がピンと頭に浮かぶも、勢いづいた足取りをすぐ緩めることは簡単じゃない。
何とか黒い部分のみ踏もうと、力をかけて踏ん張ったところで、いとこは見る。横断歩道の白線部分を。
雨が止み、大きな水滴たちが表面にとどまる白線たち。それは本来、いま点滅を繰り返す青信号の光を受けて、消えたりついたりの反射を繰り返すだけのはず。
それがいまは青どころか、赤、緑、黄色、紫……虹が水滴の中に閉じ込められているかのように、何色ものきらめきを放っている。いささかも点滅することなくだ。
いとこの片足は、その色とりどりの光の中へ突っ込んでしまう。ばしゃりとはねを飛ばすや、足の底に凍り付きそうな寒さが張り付いた。
思わずけんけんする姿勢になり、足の冷えに耐えながら横断歩道を渡っていくいとこ。
対面へ渡りきり、足の裏を確認してみると、長靴の厚いゴム底がものの見事に、はげてしまっていた。
その奥に履く靴下にも盛大に穴が開き、あらわになった足の裏は真っ赤になって、薄く皮が剥けていたらしいのさ。
あのまま、もう少し長く足をつけていたら、確かにいずこともしれないところへ連れていかれてしまっただろうと、いとこは思っているらしいよ。




