9 図書館
今日は汚い言葉が湯水の如く溢れ出てくる。私は疲れてるのかもしれない。図書室の椅子に座り、机に頭を預ける。
(図書館への希望が粉々に散った。文字が読めないんじゃ、どうしようもない。これからどうするか考えないと)
「ねぇ、マリー、聞いてる?」
隣からウィルが何か話しかけてくる。
「はい?なんでっしゃろ?」
「君、言葉遣い変わっちゃってるよ」
「むむむ。いいんです。楽○カードマーン」
「頭、大丈夫?」
「大丈夫しゃないです」
本当に…大丈夫じゃない。泣き出したい気分だ。
「――…だから、僕が文字を教えてあげようか?って言ってるじゃない」
私はガバッと勢いよく起き上がる。
「今!なんと!」
「だ・か・ら!僕が文字を教えてあげるって」
頭の上からパーっと光がさして、両手を広げ、天に登る光景が目に浮かぶ。私の脳内昇天だ。
(神様、仏様、ウィル様!)
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
「いいよ。そのかわり。―――……取引だ」
ウィルの優しい笑顔が口の片側だけあがり、歪な笑顔になっていく。
「取引?」
「タダで教えるわけないでしょ?」
(そ…そんな、さっきまでの優しいウィル様はどこへ)
「一体…何を差し出せば‥」
私は両手で自分の身体を抱え込む。
「いや、そんな貧相なものはいらないから」
(失礼しちゃうわね、なんてやつだ)
じとっとした目で見つめてやる。
すると、突然真剣な表情になったウィルがこちらを見つめ、ゆっくりと言葉を続ける。
「―――……ねぇ、マリー、僕に君の世界のことを教えてよ」
「―――……えっ?なんだそんなことでいいの?」
ウィルの真剣な表情に緊張していた身体の力が一気に抜ける。
「そんなことって――…時に情報は剣より鋭い武器になるんだよ」
ウィルが呆れた表情で私を見てくるが、いまいちピンとこない。なんだ。もっと大それたことを要求されるのかと思った。
「私の世界のことで知ってることは全てお答えするので、なんでも聞いてください」
私は笑顔でウィルに言葉を返す。
(お喋りするだけで文字を教えてもらえるなんて!ラッキーだ!)
「君が早死にしないことを願うよ」
「――…えっなんて?」
ウィルが何か呟いたが声が小さくて聞き取れなかった。
「なんでもないよ。じゃ、僕が君に文字を教えて、君は僕に異世界の情報を教える。取引成立だね」
「あっ!あと、私の知りたいマナーや歴史魔術の本とかあったら訳してほしいです」
「――…歴史魔術?土壇場で取引の条件を追加してきたね」
「文字を教えてもらってるうちに卒業しちゃいそうなので。私の気になる本を読んでくれたら日本語で書き留めて覚えるので、お願いします」
文字は読めないけど言葉はわかる。
今、最も必要なマナーや歴史魔術について記された本を音読してもらって、日本語に書き留めたらいいじゃない。
私って天才かも。
「日本語って…。
まぁ、取り敢えず、僕は君に文字を教えて、プラス、君が読めない本を読んで君に教えたらいいんだね。
そのかわり、君は僕に、君の世界の全てを教える。それでいいね」
「はいっ!よろしくお願いします」
ウィルが右手を差し出してくる。私も右手を差し出し、ガッチリ握手する。
「取引成立だ」
ウィルが意地悪く笑った。