5 王子
「ふふふふん」
「なんだよ、ハリー、鼻歌なんか歌って」
鼻歌を歌いながら、学園の廊下を歩いていると隣から声がする。
赤茶色の髪を短く整え、どこか人懐っこい雰囲気をした、親友のアーチーだ。
「今日も朝からマリーとお話できたんだ」
「それはよかったな」
「マリーは、本当に慎ましやかな子でね。私からの申し出も断ったりするんだ。女性に断られるなんて初めてだよ」
マリーのために、最高級のおもてなしをしようと色々提案したが、どれも笑顔で断られてしまった。
僕の好意に遠慮している姿は、とても新鮮だ。
「それはお前のことが嫌…」
「ハリー、ここにいましたか」
アーチーが何か言葉をつづけようとしたが、後ろからの声で遮られる。
僕が声のした方を振り向くと、黒い眼鏡をかけた男が立っていた。僕とアーチーの同級生、ウォルターだ。
「やぁ、ウォルター、どうしたんだい?」
僕はウォルターに話しかける。ウォルターはアーチーと違って、ザ・真面目人間って感じで少し苦手だ。
「さっき、あなたのことをイザベラ様が探しておられましたよ」
「イザベラが?私になんの用だろう?」
「あれじゃねーか。今度、王宮で聖女様の歓迎パーティーが開かれるだろ。そのエスコートについてじゃね」
僕はウォルターからアーチーに視線を動かしながら考える。
イザベラは何かにつけて僕に関わろうとする。
パーティーがあればエスコートを頼んでくるし、女性同士のお茶会があれば顔を出すように言ってくる。
イザベラとの婚約は、国王とイザベラの父親の侯爵が勝手に決めたものなのに、婚約者の義務、義務、義務って。
―……僕にも自由な時間が欲しい。
「うーん、エスコートって言ったって、マリーの為のパーティーで、マリーを一人にするわけにはいかないからね。
今回はイザベラじゃなくて、マリーをエスコートしようと思ってたんだけど‥」
「それは…どうでしょう。一般的に婚約者がいる場合、婚約者をエスコートすることがマナーとなってますので。
イザベラ様をエスコートしないとなると、おそらく侯爵を筆頭に多方面から批判が上がり、やっかいなことになると思いますよ」
「そういったって…。今ままでのパーティーではいつもイザベラをエスコートしてたよ。一回くらい、他の女性と行ってもいいじゃないか。結婚したわけじゃないのに縛り付けられるなんて。うんざりだよ」
お互い10歳の時に婚約したため、物心ついたころにはイザベラ以外の女性と関わることはなかった。
声をかけてくる女性もいたが、気が付いたら僕の近くからいなくなっている。
「まぁ、聖女様と、イザベラ様と話し合って決めたらいいんじゃねーの」
アーチーがどこか投げやりな感じで僕に言ってくる。
(そうだ!まずは、マリーに僕とダンスパーティーに行きたいかどうか聞いて、行きたいって答えてくれたらイザベラに断りをいれよう)
「そうだね。まずは聞いてみることにするよ。それはそうと、マリーはどこに行ったのかな」
「聖女様でしたら、半刻前に中庭の方に行かれましたよ」
「ありがとう。ウォルター行ってみるよ」
ウォルターに礼を言い、僕はマリーを探して中庭の方へ歩きだした。
後ろで、ウォルターとアーチーが何か話しているが、声が小さくて聞こえない。
マリーと行くダンスパーティーのことを考えるとワクワクする。
(――…楽しみだな。マリーのドレスはどんなのにしようか)