1-2 暴君と傾国の婚約者
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王太子の婚約者であるレスティアが隣国の皇子に求婚されたその噂は一気に広まった。あの光景の一部始終を見ていた夜会の参列者から回っていったのだろう。
あの夜会の数日後、すっかり広まった噂についても当然耳にしているレスティアは、特に何も対処も気にもしないまま普段通りの日常を過ごしていた。
そんな時、公爵家へラエルが訪問してきた。昔馴染みでほぼ身内同然ということから、レスティアは客間へと通さずそのまま自室へと彼を呼び入れた。
「いらっしゃいラエル。どうかした?」
まるで検討もついていないようにソファーで優雅にそう問いかけるレスティアの姿に、ラエルははあと苦渋の色を浮かべる。
「お噂になってる事はご存知かと。帝国の皇子の件ですが、事態を収集させたほうがよろしいのではないでしょうか」
何だそのことかと彼女は紅茶を啜る。そしてラエルを見て、なんだか気持ち愉快そうに話す。
「今まで他の男性に求婚なんてされた事なかったから、新鮮でなかなか楽しかったわ」
普通はされない……と頭を抱えたくなるラエルだったが素早く立ち直る。
「いいですか、貴女は未来の王太子妃なんですよ。そもそも婚約者のいる女性に声をかけて求婚だなんて、普通のまともな男性ならしません」
誰もが憧れる彼女だが、絶世の美女であり高嶺の花に声をかけ、よもや求婚をするなんて恐れ多く、挙句に王太子の婚約者でもあるのは周知の事実である彼女にそんな事できる猛者は誰一人としていなかった。そう、これまでは。
しかしここで例外の隣国の皇子が出てきてしまった訳だ。
「あら、皇子様がまともじゃないとでも言うのね」
「ええ、まともじゃありません」
おお、言い切った。真顔でそう断言するラエルのこういう所は嫌いじゃない。レスティアはフッと笑った。
「わかってるわ。今度定例のティーパーティーがあるからそこで余計な思惑をさせないように対処しておくから」
「ありがとうございます」
相も変わらず表情を変えぬクールな姿で頭を下げる。しかし顔を上げて彼はこう口にした。
「ああ、それとですね、今回お邪魔させて頂いたのは別の用件です。殿下がレスティア様に伝えてほしいと。明日、王城に来いとのことでした」
うげ、と完璧な淑女であるレスティアに淑女らしからぬ面倒くさそうな表情が少々顔に出てしまったのは、ラエルの前だからである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――七国の中の皇子には、レスティア嬢に求婚した者がいたと聞いたな。見る目がある皇子だな。まあ、彼も含め未来の大陸を治める長同士、友好を深めなさい」
楽しげに見えながらも重々しい声の国王の言葉に、クライヴの顔が冷たく凍る。彼は先ほど国王に呼ばれ、拝謁していた。
大陸国の友好を強固とする次世代の交友を目的として、七国の継承順位第一の王子たちをライハンに集め、一週間滞在しその仲を深めるといった事を行うという事が今回の協議にて決定された。その事柄についてと、その機会を執り行う国の王子として、その準備を行なえと命を受けたのだった。
そのつい先日の出来事を思い出し、胸糞の悪い気持ちになりながら執務室にて山のような書類に目を通すクライヴ。そんな中、傍らで補佐していたラエルが口を開く。
「殿下はアイラモルトの皇子の件はどうお考えで?」
「……別に。対処せずともそのうち収まるだろう」
書類に目を落としたままそう答えるクライヴに、ラエルははあと気づかれぬよう息を吐いた。
「王太子、そう婚約者の身分に胡座をかいているといつか痛い目を見ますよ」
「なに?」
「レスティア様との婚姻も、完全なものではないということです」
ラエルはそうクライヴへはっきりと告げる。
「……破棄になることもあり得ると?」
クライヴの目が細まる。その変わった空気と君主の風格に、並の従者なら肩を竦めただろう。しかしラエルは顔色一つ変えずにええ、と答えた。
この前突然レスティアに踊りを申し込んだのも周りへの牽制だろう。他の貴族の男が踊ったことで次は自分がと名乗り出て彼女にダンスを申し込もうとする男を出さぬ為だ。自分たちが踊れば自分以上にレスティアの相手に見合う男はいないと言わずに見せつけたのだろう。全く、レスティアが大事ならそう本人に直接伝えればいいものを。
「余計な事に口を挟まず手を動かせ。くだらない」
低い声で吐き出した。どうやら本気で機嫌を損ねたらしい。小さく息を吐き肩を竦めて、ラエルは仕事へ没頭した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
クライヴに呼ばれ仕方なく王城へ上がったレスティアは、執事に連れられ彼のもとへと出向いていた。
「ディテイト伯爵を役職から降ろせ。着服の証拠が見つかった。睨んでた通りだ。代わりにカルスト子爵を役職に任命しろ」
「カルスト子爵ですと、これまで実務経験がありません。大丈夫でしょうか」
「問題ない。あそこの領地は細く枯れ果てた中でも毎年確かな利益を上げている。その手腕は役に立つはずだ。何より信頼ができる」
執務室へ案内されるも、中ではまだクライヴとラエルが話をしていて仕事中であった。レスティアはそっと中のソファーで終わるのを待つ。彼女が入ってきた事は確認しているはずだが、クライヴは気にも止めずに仕事を続ける。
「地方の地区産品を扱う中売りと小売り業者に税金を上乗せして上げろ。奴らは少量の出費で莫大な利益を得すぎだ。その分をダム建設に当てろ。近年の雨季は短い年が増えてる。特にニルヴァン地方の農業関係に影響が出かねない。それとラニアの件だが――」
これでも国政手腕は見事なんだよなぁとソファー越しに目を細めてクライヴを見るレスティア。
そう、女好きで暴君でちゃらんぽらんなどうしようもないように思えて、存外頭は回るし切れるし、民をまとめ上げる王としての器用も器もある。更に言えば暴君にも見える振る舞いもそれにカリスマ性があると言えなくもない。
するとようやく一段落ついたようだ。話を終えたクライヴがレスティアの元へとやって来て、向かいのソファーへドスリと座る。
「待たせたな」
「ご機嫌麗しゅう、殿下。お忙しい中すみませんでしたわ。それで、いかがいたして?」
単刀直入なレスティアに、クライヴは口を開く。
「お前、来週一週間は王城に出入りするな」
「来週……と言うのは王子たちを招く期間ということですか?」
「ああそうだ」
「待ってください。来週は王宮で王妃様が企画してくださった私主催の定例のティーパーティーの予定が入っております。殿下のご都合で動くのは無理ですわ」
「なら取りやめろ」
「王子たちを招く場所と私達のいる場所は違うでしょう。決して殿下のお邪魔にはなりませんわ」
「日程をずらせ」
「もう参加のご令嬢には前からご連絡済みです。いくら殿下の命令だとしても聞きかねます」
いくら暴君と言ってもこればかりは聞きかねる。前々から決まっており、更には王妃が後ろについたティーパーティーを王子の無茶でやめることはできない。また突拍子もない事を言い始める。しかしこれまでこんな無理だとわかっている事を要求することはなかったのに。下手をすれば王宮の信用にも関わってくる問題だ。彼もわかっているだろうに。
じっと王格を見せて眉を顰め見つめるクライヴと、はっきりと物申しながら落ち着いた余裕を見せるレスティアのにらみ合いが続く中、ラエルがここで助け舟のように間に入る。
「王妃様が目かけているのであれば日程をずらすというのは難しいでしょう。角が立ちますし。王子たちとの行動日程はレスティア様達には顔を合わせることのないよう、調整して組み直しますので如何でしょうか、殿下」
「――」
「寛大なお心感謝いたしますわ殿下」
黙り込んで舌打ちをつき苦い顔を浮かべたが、レスティアはそれが肯定だと理解する。淑女の笑みを浮かべ、用件は終わったと礼をして席を立つ。
「それでは失礼いたします」
そう言って彼女は部屋を去っていった。背もたれに深く持たれ込んでいたクライヴはすぐさっと立ち上がり、先程までの執務にまた戻る。
「殿下、お茶はいかがですか」
「いらん。それよりさっさとこの書類を片付けるからしばらく話しかけるな」
また書類に目を通し始めた主君の損ねた機嫌を察知し、ラエルは静かに部屋の外へと控えた。
部屋へ一人残され書類にサインをしながら、クライヴは考えていた。
自分の幼馴染の婚約者は世間から絶世の美女だと、そう言われているのも知っているし、実際そうだとも思う。自分もなかなかに絶世の美男だと自負しているが、彼女も劣らず同格だ。だからどれほど他人からどう思われているか、どういう目で見られているかよくわかる。
この間の夜会でだってそうだった。アイツの微笑み一つで、周りの男どもは頬を染め一瞬にして目を奪われる。普段からところ構わずにこにこ笑う質じゃないから、その笑みに惹かれ魅了されるのは尚更だろう。
チッとイライラしたように舌打ちを打つ。
気に入らない
先程の彼女の去りゆく後ろ姿を思い浮かべながら彼は一人苦く顔を歪めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
大陸の大国の国々の王子たちを迎え、王城は通常以上に厳重な警備が敷かれている。
そしてあれから一週間後、予定通りライハンに集結した王子たちは到着後続々と部屋に通され、王城の豪華な一室で一堂に会していた。
「ライハンの王太子、クライヴ・バンフィールドだ。顔馴染みや初対面なところもあるだろう。先の協議で決められた事だが、我がライハンの王子として今回の交流で大陸内の友好がはかれればいいと思う」
開催国として机の上座に座るクライヴが、集まった五人の王子たちにまず挨拶をする。彼らも招きいただきありがとうと礼をした後、すると王子たちは口々に話し出した。
「早々に七国全員揃わなかったな」
「グラストルは国事があるらしくて都合が合わなかったらしいよ」
「ただでさえ男だらけでむさ苦しいんだから、一人いてもいなくてもいいだろ」
そう面倒そうに既にソファーから足を投げ出している赤髪の王子は投げやりに言う。
「まあ、国ごとで事情があるのは仕方ないしね。とりあえず、俺らも一通り挨拶しようか。クライヴ王子の言うとおり、初めて顔を合わせる人もいるだろうしね」
そこでこの中で一番年上であろう長身で茶髪の王子がそう口にする。その一声でまとまったのか、優美で泣きぼくろに色気のあるくすんだオレンジ髪の王子が瞬きをして彼に合図して頷いた。
「じゃあまずは僕から。僕はハンプトン王国のメルヴィン・バッキンガム。クライヴ王子とアイラモルトの皇子様とははじめましてかな。好きな物は美しい物と綺麗なもの。ハンプトンは鉱石が有名で、大陸に流通する最上級の宝石の多くはうちの国からの物だよ」
美しい物と綺麗なもんって一緒だろと小さく呟く赤髪の王子にも笑顔で返すメルヴィン王子。ケッとその姿に悪態を吐きながら、赤髪の王子が立ち上がった。
「俺はブレシーナ王国のグレアム・ブルースター。ブレシーナは北に位置するから比較的年間通して気温が低く夏に避暑地として観光で来るやつも多いが、冬の寒さが厳しい。だから織物が盛んな国だ。外獣も出るから冬は俺も先頭に立って狩りをして騎士団を率いてる」
なるほど、背はそこまで高くはないが、小柄ながらも体格がガッシリとしていて王子ながらやや荒っぽいのはその為かと納得ができる姿だ。次に、少し小さな背の低い、明るめな茶髪で可愛らしい見た目の王子が立った。
「僕はラティア公国のリオン・ハーバー。小さい国だけれど、豊かな大地で農業、特に園芸農業が盛んなんだ。他国に多く輸出され出回ってる花はほぼラティアのものだよ」
その次は最初に話をまとめた、爽やかで優しそうな雰囲気を持つ茶髪の王子が席を立った。
「俺はルズコート王国のセドリック・チャールトン。ルズコートはラティア公国とハンプトン王国、そしてライハンに挟まれた隣国だよ。水の都と呼ばれるくらい景観が美しくて、主な産業は観光と工業。高い工業技術は他国にもそれぞれ供給してるから有名だとは思うけど。この中だと一番の年長になるのかな。よろしくね」
兄貴質のある柔らかな物言いのセドリック王子が話し終えると、一番奥のソファーでよっこらとゆっくり立ち上がったのは長い黒髪の皇子。
「――最後だな。アイラモルト帝国のディアスだ。知っての通りうちの国は大陸に接しているのはほんの僅かな国土。本土は海を挟んだ島国で海産漁業が盛んな国だ。同時に石油石炭のエネルギー資源の多い国だ。よろしくな」
そうフッと笑うディアスはドスリとソファーへ座り直す。こうして王子たちが集まると、またオーラがすごい。そしてそれぞれ系統は違うが美男揃いだ。その姿だけ切り取れば絵画にまで出来そうな麗しさ。令嬢達がいたら黄色い声が上がりそうだ。
一通り挨拶を終えた王子達。そこでグレアムがふと口を開く。
「そういやアイラモルトの皇子は、ライハンの王太子妃候補に求婚したらしいじゃねえか」
そのネタを完全に面白がっているグレアムに、セドリックが顔を顰め咎める。
「おいグレアム」
「傾国の美女とは噂に聞いてたが、本当に傾国させそうだな」
グレアムは椅子に背をもたれてふんぞり返り面白がっていそうな口で言う。その言葉に、メルヴィンが口を開いた。
「でもアイラモルトの皇子が求婚するくらいなら、一目会ってみたいな」
「そうだね、ちょっと興味はあるかな」
「ちょ、セドリックまで!」
ピクリ、とクライヴが反応した気がした。王子たちの関心が集まる様子に、くく、と噂の本人であるディアスが笑う。
「ああ、とんでもない美人だぞ。その上聡明そうだ。是非とも嫁に欲しい」
「……あいつは俺の婚約者だが?」
冷たい視線でディアスを牽制するクライヴに、彼はしれっとこんな事を言う。
「でもお前はあの夜会の時に他の令嬢たちに囲まれていてレスティア嬢とはいなかっただろう。そもそもライハンの王子は夜会では婚約者には目もくれず、他の女性の元へ行っているとか。ならば婚約破棄して、レスティア嬢は俺が貰ってもかまうまい」
「……だからといって婚約破棄は絶対にしない。隣国の王太子の婚約者に手を出したらいくら帝国の皇子だからといってもわかっているよな」
「結婚しているにならまだしも、まだ婚約関係であるだけだ。それにまだ、本人の気持ちを聞いてないしな」
「ちょ、ちょっとやだなぁ初日から修羅場やめてよ」
「ディアス皇子、そのくらいで……」
両者一歩も引かぬ睨み合いが続く。周りが焦りだして止に入ろうとするがいよいよ険悪な雰囲気が立ちこめてくる中、そこでラエルが鶴の一声をかける。
「さて、ここで私から今後の日程についてお話させて頂きます。今回の趣旨は周辺諸国の交友と平和を願っての事。各国の橋渡しとさらなる発展の為、皆様の予定を立てさせていただきました」
前に出てきたラエルを皆が一斉に注目する。渋々と、クライヴとディアスは各々静かに席についた。
「今回の日程では、ライハンの王都や、中心地の王都だけでなく地方の産業や様子等を視察できるような行動予定を組んでおります。ライハンの事について王子様方にはより深く知っていただけたらと思います」
「地方の視察もさせてもらえるんだ」
「はい。今回は日程に余裕がありますので」
へぇと声を上げるセドリックは楽しみだなと笑う。
「なあ、ライハンの上水道の普及率は95%を超えてるんだよな?」
「ああ、国土の中でも、人が住まう地域なら地方でも問題なく引いてある」
「そうなのか。ラティアの国は国土は小さいけど、首都から離れた場所だとまだ上水道設備が完全じゃなくて普及率が悪いんだ。まあ綺麗な湧き水や天然水が出ているからも大きいんだけど、そのへんをちょっと見られたらいいな」
「王都の視察も楽しみだな」
「ああ、ライハンはかなり栄えてて賑やからしいしな」
空気がようやく元に戻り、各々が和気藹々とそれぞれに話し出す。なんとか落ち着いたが、未だクライヴとディアスの間にはひと悶着起きてもおかしくない雰囲気が漂っている。先行き不安の中、波乱の王子たちの交友会がこうして幕を開けたのだった。