1-1 暴君と傾国の婚約者
暴君イケメン王太子と淡白美人公爵令嬢の婚約者同士のお話の連載になります!
一話(一章)終了まで毎日更新いたしますので、よろしくお願いいたします(*^^*)
豊かで広大な国土に、栄えた文化、国民も活気に満ちた大陸一の大国と呼ばれるここライハンの王太子。眉目秀麗、文武両道。小さな頃から英明で、王太子教育前に早くも頭角を見せ始めた頃、王国内でも神童が現れたとも言われていた。成長してもその才覚は衰えず、むしろよりめきめきとその力をつけ始め、今では国民から尊敬され讃えられる王太子とまでになっている。
そんな立派な未来のお国の君主の婚約者は、これまた王国内で随一の権力を持つ公爵家の一人娘のご令嬢。容姿端麗、才色兼備。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。その立ち居振る舞いにも気品があり、その姿に誰もが見惚れ思わず息をもらす。その微笑みは国をも傾けてしまうとも言われるほど、その噂は隣国にも届き所謂傾国の美女と謳われている。
この聡明で国を誇る美男美女の二人が共になり王国を治めれば、ライハンは安泰だと国民たちは未来ある二人に期待と希望を乗せ、早くも祝福している。
ともいえ両親ともに親交があり、領地も王都の目と鼻の先、幼い頃から顔を合わせ共に過ごす時間の多かった、そんな幼馴染の二人は所謂腐れ縁だった。
「――おい」
美しく艶めく長い金髪を柔らかく巻き、前髪と共に流し、雪のように白い肌に映える赤のリップを乗せられ、鏡の前で最終チェック。その美しさには誰もがはっとするだろう。夜会への仕度を終え、ドレスに身を包んだレスティア。今日のドレスは恐らく国王が計らったのだと思われる、王国内で超有名人気ブティックを呼び寄せ特注で作らせた正しく王国一のデザイン。淡いブルーを貴重とした細やかな花の刺繍に、金色の刺繍も入り見事だ。ショルダーレスで少々レスティアのふくよかな胸も見えるが、それでいて上品に見えるドレス。デザイナーの予約も随分先まで埋まっていると聞くが、国王も随分気にかけてくださるものだ。
そしてかけられたその声に振り向く。彼女は両手でスカートを引き上げ、それは完璧で美しい格式張った礼を行った。婚約者、と言うよりは上官へ向けるすました顔で。彼女の金糸がサラリと垂れる。
「……王太子殿下。ご機嫌麗しゅう」
「ったく、そんな体裁はいい。迎えに来てやったんだ、行くぞ」
はちみつ色した美しくレスティアよりも鮮やかな金髪に、王家の血を引き継ぐ青い瞳。スラリとした高身長にキリッとしまった端正で美しい顔立ち。彼も今日は夜会のため、普段左分けしている前髪をハーフアップにしている。見た目だけなら絵本の中の王子様のような出で立ちだ。しかし面倒なのかむすっとした表情で急かす王太子のクライヴ。相変わらず暴君は勝手だ。だがしかしこれもいつもと変わらない様子に呆れもしないレスティアは、彼の後を追い部屋を出る。すると入り口で腕を出して待っているので、仕方無しにそっと腕を組む。王太子と婚約者は一緒に入場し、それこそ体裁を取らなくてはならない。不本意ながら期待も背負ってるし、大変な立場だ。このまま滞りなく問題もなければ1年後、王太子二十歳の誕生日に結婚する流れとなっている。それも幼い頃両親達が決めた事柄だ。生まれる前から決まっていたと言っても過言ではないし、それに反発しようと思う気持ちさえない。レスティア達にとっては最初からそのように決められていた事なのだから。
今日の夜会は大陸の七国が集まって現在このライハンにて協議をしているため、在留中のその彼らをもてなすものだ。よって国王主催のため、クライヴ達王太子も婚約者揃って参加必須となっていた。
しかし彼といったらどうか。適当に挨拶回りだけして夜会へ足を踏み入れた途端こうだ。
「お嬢さん、俺と一曲いかがですか?」
キャーと黄色い声が上がって喜んでと答える令嬢に、他の令嬢たちも「次は私と」とクライヴを囲う。
またやっていると、レスティアは特に感情もなく呆れた。
クライヴとは、公的な場所で必要となれば踊る事もあるが、こうした夜会などでは必要最低限しかダンスはしない。昔はたまにした事はあったが、しかもここ何年かはずっとクライヴとダンスはしていない。クライヴも誘わないし、レスティアもそれでいいと思っているからだ。別に自分達は互いに深く愛し合ってるわけでも思い合っているわけでもない。ここで踊らなくとも、悲しみ暮れるわけではない。
小さい頃から泥だらけになったりボロボロになりながら走り回ったりして遊んでいて、釣りやら冒険と言う名の敷地散策やらなど、幼馴染として傍にいたレスティアはクライヴに無理くり付き合わされていた。昔は(今もだが)なんでも好き勝手やる餓鬼大将の様だった暴君の彼だが、いつからあんな女好きになったかは覚えておらず定かではない。しかし悪評がつかぬならまあ好きにやればいいのでは。そう思う。
「レ、レスティア嬢、私と一曲いかかでしょうか?」
そう会場の端の方でゆったりとワインを傾け傍観していると、そわそわと緊張した様子の少しうわずった声で男性がダンスに誘ってきた。レスティアはどうしようかと考える。いつもは面倒だし、一度踊れば他の人たちもやって来て何度も踊る羽目になる事が目に見えているため、こうしてやってきても誘いの手は断っているのだが、勇気を出して声をかけてきてくれたようだし、ダンスの腕が鈍るのもよくないし、このまま一人で過ごしていても暇なのでまあたまにはいいかと考える。
「ぇえ、喜んで」
レスティアがそう微笑むと、男性はぽっと頬を染めて、ダンスホールまでエスコートしてくれる。
こうして踊るのも久しぶりだ。珍しく見れる美しい彼女のダンス姿に、周りの貴族たちも目を惹かれている。ほうと見惚れて息を吐く男性達の姿も見れた。ダンス技術もだが、その美しい仕草や一挙一動も見事だ。それは女神が舞い降りたのではないかと錯覚してしまうほど。
「――ありがとうございました」
「ええ、こちらこそ」
一曲終わり、互いに一礼して別れる。踊り別れた男性は何やら頬を染めふらふらとした足のおぼつかない様子で心配だったが、久々に踊るのもなかなか楽しいものだなと思っていると、背後に影が重なった。
「珍しいな。お前が踊るなんて」
振り向くとそこにはクライヴがいた。意外な人物にレスティアは驚く。音もなく背後を取られるといい気はしないが、それを狙って来たのだろう。
さっきまでご令嬢に囲まれて楽しそうにしていたというのに見ていたのか。面倒だなと思いながらも、まあ別に誘われてダンスをする事は悪い事ではない。自分だって毎度散々女の子達と踊っているのだ。文句はあるまい。
「ええ、たまには気分転換にいいと思って」
そのレスティアの返しに、ふーんと答えるクライヴ。すると彼は思わぬ事を言い出した。
「じゃあ、気分転換に俺と踊るか」
正気か? 普段は誘いもしないくせに。そう少し驚きながらも、レスティアは断ることもないので応じる。
「……いいわね。たまには」
レスティアは差し出された手を抵抗せず取って、ホールの中央へと向かう。
周囲の視線が集まる。皆、王太子とその婚約者とのダンスに目を奪われているようだ。そのしなやかで洗練された動きと美男美女の踊る姿に感嘆の声が上がる。先ほどまではダンスの片方の女神へ一身に目が向けられていたが、今度は美しき二人の神へとその視線は注がれる。完全に釘付けだ。
しかしそんな視線を向けられダンス中、突然グッと腰を引き寄せられて、レスティアのバランスが崩れる。体が密着し、そのままダンスが続けられる。まったく、何をするんだと至近距離のクライヴに目を向けると、彼はお構いなしにダンスを続ける。何を考えているんだか。これだから自己中な俺様はとレスティアはふんと呆れながら思う。体勢を立て直し、踊りながらレスティアはクライヴと適正な距離を空ける。ダンスはその後、滞りなく完璧に踊り終えた。
互いに礼を済ませると、クライヴはじっとレスティアを見つめた。
何か言うのか、と待っていると、彼は彼女の脇をすっとすり抜け行ってしまう。感想くらい言ったらどうか。まあそれは彼女も同じなので何も言うまい。
「待たせたな。次は美しいレースのドレスが似合う君から踊ろうか」
そしてまた黄色い声の中に戻っていく。その姿を呆れ顔のまま見ていたレスティア。そこへ、王太子の従者であり右腕、ラエルがスススっと近づいてきた。
「殿下がまた勝手に突拍子もなく行動したようで、すみません」
「いいのよ。私が向こうからの申し出を許可したんだし」
まるで部下の不手際のようにスマートに軽く頭を下げる有能な従者に、レスティアは必要ないと断る。
「まあ、本人は楽しんでるようで何よりだわ」
そう言ってご令嬢達にキャアキャア言われるクライヴを見て、ラエルは真顔で嘆いた。
「レスティア様が殿下に愛想を尽かさないでいてくれる事こそが私の唯一の救いです」
「ああ見えていいところもあるのよ。知ってるでしょう?」
まぁ……はいと答えるラエルにレスティアが思い出して話してやる。
昔、小さい頃レスティアが飼っていた小鳥が部屋から出て逃げてしまい、何日も探し回ったことがある。結局その小鳥は野鳥に襲われて死んでしまっているのを発見した。大切に世話していた小鳥の死に、庭に埋めて作ってやったお墓の前でレスティアが泣いている所にクライヴがやって来て「泣くな。泣いても生き返るわけじゃないんだぞ!」と言ってきた。一見冷たいように思える言葉だったが、彼なりにレスティアを慰めようとしていたのだろう。それでも彼女の涙は止まらず「なんで泣くんだ」と言われて「悲しい……寂しい」とグスグスと泣いていると、クライヴは「俺がいるだろ!」と大真面目な顔で言った。そのあまりの俺様自意識過剰発言に、レスティアは思わず涙も引っ込んで面白くなってしまった。クライヴがいるからといって亡くなった小鳥の代わりにもならないし、そもそも愛するペットだった小鳥と彼ではレスティアにとって全然違う存在だし。相変わらずブレない彼の姿に、内心笑ってしまい、救われたのだった。
「……そんな事があったんですね。あの時」
「ええ、お陰で悲しみでいっぱいだった私も少し元気を貰えたわ」
前髪センター分けの襟足短めな綺麗な黒髪。年はレスティア達の3つ上。瞳も髪と同じく漆黒で、容姿も整っておりクールで中々の男前である彼、ラエルとも昔はよく一緒に遊んだものだ。と言っても、クライヴに無理やり巻き込まれていたレスティアと、クライヴのお付きであるラエルがいる事は当然の流れであり、二人ともクライヴに付き合わされていたといったほうが正しい。
それでも、なんだかんだ今思い返せばいい思い出だ。思い返しながら口を開く。
「まあ、ラエルの心配するそれも私が婚約者じゃなくなったら関係のないことだけれど」
「え゛っ……何を仰る」
「あの殿下よ。他に女が出来てその人と一緒になりたいって言われたら」
あー……とあながち否定もできないラエルはなんとも言えない顔で納得する。レスティアの方はさほど気にしていないように口を開く。
「さあ、婚約破棄されたらどうしようかしら。今更嫁の貰い手なんて中々見つからないわ」
「そうしたら、私がレスティア様をもらってさしあげます」
そうクールにも口元でいたずらっぽく笑うラエルに、レスティアも存外満更でもないように笑った。ラエルは伯爵家の三男だが、公爵家の格下ともなれど王太子の最側近であるし身分的には然程問題ではない。あり得なくもない話だ。
「いいわね、それ」
またこんな風に王子を同じように軽くあしらったり躱したりするところや性格も合っていて、何だかんだで幼馴染のようで仲がいい所から、王子ではなくラエルとの仲を疑う噂もある。無論邪推なのだが。
「――ラル、たまにあの頃に戻りたくなるわ。懐かしくて。なんにも考えなくてもよかった頃に」
幼い頃呼んだように、彼の愛称を久々口にしたレスティアをラエルは見る。
「気安く呼べる身分だったらよかったのですが」
そう、読めないながらも少し表情切なくする。しかしそれも完璧な従者は一瞬。次の瞬間には浮かんだ憧憬などつゆほど見せない顔だった。レスティアも、深い意味を込めて言ったわけではない。その表情は相変わらず美しく変わらない。凛とした表情を讃えている。
「少し人酔いしたみたい。風に当たりたいわ」
「それではテラスへ向かいましょうか」
「ええ」
二人はすぐ脇のテラスへ向かう。今夜の夜会の会場は王城の上層階に位置するホールで、自慢の庭園が一望できる場所にある。よってテラスからはライトアップされた庭の花々や噴水などが見事に見えた。相変わらず美しく整備された庭園も、レスティアやラエルにとっては幼い頃から飽きるほど遊んだいい思い出が詰まる。
「どうぞ」
「ありがとう」
流石、気の利く右腕だ。テラスに向かう際ボーイからグラスを貰っていたらしい。王太子付きではなかったら自分が執事として欲しいくらいだ。レスティアは差し出されたシャンパンを受け取り、一口含む。頬を掠め髪をなびかせる風が気持いい。今夜はいい夜だ。星も綺麗に見える。
「こうして静かな場所が一番ね。よくもずっとああ人混みにいれるわね。こういう息抜きが最高なのに」
「アレでも小さい頃には可愛げがあったものですけどね」
仕える王太子をアレ呼ばわりする従者、元より右腕もどうかと思うが、レスティアもそう変わらない。
「そうね。いつからああなったのかしら」
「最初から出来上がってた気もしますが」
言うわね、とレスティアは小さく笑みをこぼす。気分良くテラスの柵に腕をかけながらシャンパンを飲んでいると、またものすごく聞き覚えのある声が耳に入った。
「ここにいたのか。何してるラエル」
「もう交流はよろしいのですか、殿下」
振り返ると不服そうな仏頂面で入り口に肩をもたれ、こちらを見るクライヴの姿が。
「お前、俺の従者だろう」
「殿下がご令嬢達と交流中だったため、お一人だったレスティア様に気を使っただけです。人酔いをされたようでしたので」
人酔い……? とレスティアを見る。ええ、少し人が多く酔ってしまってとレスティアは口を開く。少し口を結んで彼女を見つめると、寄り掛けた肩を戻して彼もテラスへ入ってくる。そして自分の従者にこう告げた。
「ラエル、グラスを貰ってこい」
「どうするつもりで?」
「俺も息抜きだ」
「いけません殿下。このあとすぐ来賓へ拝謁の時間ではないですか。そろそろ準備に向かわなくては」
ラエルの言葉にむっと不服そうに顔を顰める。
「来賓の王様方へ拝謁の時間が取られているのね」
「はい。殿下が今回顔を見せるのはここだけですので」
「少しくらい休んだっていいだろ」
「ダメです。今回の夜会は国際関係に繋がるもの。国を背負っての殿下もきちんと開催国として参加すべきですわ」
そうはっきりツンと言ってのけるレスティアはクライヴの機嫌などお構いなしに進言する。この暴君王太子に物申す僅かな人物だ。他の者達はなんだかんだでクライヴに丸め込まれているがこっちはそうもいかない。
「……チッ……面倒だな。一人で行かせる気か」
「殿下はこの国の継承順位第一王子ですから。それにラルもいってくれるでしょう」
そう彼女はラエルを見つめるが、クライヴはその言葉に、ピクリ、と反応したように見えてレスティアを見つめた。ラエルは小さく瞬きで返事をし頷き、テラスの外へと向かう。
「殿下、来賓をお待たせする訳にはいきません」
「さあ、早く殿下も行ってらっしゃいませ」
何か言いたげに気に食わなそうに顔を顰めたが、彼は大人しくラエルへついて行った。横切る際、クライヴが口を開く。
「俺のことは昔みたいにライって呼ばないのか」
「あの頃とは違って王太子になられましたから。気安く呼べるような存在ではありません」
ふん……とその回答に興味はないのか、そのままスルーした。相変わらず読めぬふてぶてしい顔だ。令嬢達の前では笑みを見せるくせに、レスティアの前ではその微笑みさえ見せない。
一体、今日は何なのか。やけにクライヴが突っかかってくる。嗚呼、これだから気分屋はと、レスティアは手元のグラスに残ったシャンパンを流しながら嘆く。レスティアにとってクライヴは我儘で面倒な子供に近い。
しかしもう王太子の拝謁なら、もうすぐ夜会もお開きだろう。そろそろ戻るかと彼女もテラスを後にする。
夜会へ戻ると、もうダンスの時間は終了し、ピアノの音も鳴り止んでいた。近くにいたボーイにグラスを渡し、知り合いの令嬢のもとにでも向かおうかと考えた時、ふっとレスティアの上に影が落ちた。見上げると目の前に長身の男性が立っていた。褐色肌に長い黒髪を緩く束ねている。身に着けている衣服は外国のものだ。しかし身に着けているアクセサリーなどのものはとてもよく、羽織っている着物の金の刺繍が美しかった。
「どこの令嬢だ? ライハンの貴族だろう?」
「……失礼ですが、お名前は――?」
「ああ、こちらが先に名乗るのが礼儀だな。俺はアイラモルト帝国の第一皇子、ディアス・アイラモルトだ」
色黒の肌に黒髪は、確かにアイラモルトの象徴する容姿だ。色気があり、顔は非常に整っている。比較的年中気候が暑い国なので、ラテンっぽい雰囲気もある。レスティアは微かに顰めた顔を戻す。まさか今回の来賓国である第一皇子の一人とは。
「失礼いたしました。帝国の皇子様だとは知らず。改めてお初にお目にかかります。お会い出来て光栄です」
「ああ、いい。そういう固っ苦しいのは」
彼は頭を下げて見事なカーテシーを行うレスティアの挨拶を制止する。顔を上げると、彼は悠々と笑っていた。そして次の言葉では突然とんでもない事を口にした。
「お前、俺の嫁に来ないか」
唐突の求婚。一部では空気が固まる。しかしレスティアは臆せずになんてことないようにさらりと口を開いた。
「私、この国の王子、クライヴ殿下の婚約者ですの」
手に持つ扇子で口元を隠しながらそう告げる。その答えに相手はほう、と顔を動かす。
「そうなのか?」
「ええ、残念ながら……」
頬に手を当て答えるレスティア。第一残念ながらとは何だ。残念なのか。冷静にもはやまるで他愛無く世間話をするような二人の姿に、慌てて焦ったラエルが飛んでくる。
「ディアス様、お初にお目にかかります。私ライハンのクライヴ王太子の側近であります、ラエルと申します。お会い出来て光栄に存じます」
深く頭を下げ礼をするラエルをディアスはじっと見る。一国の皇子を前に、ラエルはその視線にも動じず敬意を示しながらこう告げた。
「しかしながら、こちらのレスティア嬢は我が国王太子の婚約者となっておりまして、そのような申し出は申し訳ないですが聞きかねます」
「王太子の婚約者とは誤算だったな」
ふむ、とディアスは笑う。そして流れるようにラエルは話を切り上げに向かう。
「それではまたご挨拶は王太子含め改めてという事で、このあたりで失礼させていただきます」
「待て、彼女の名前を聞いていない」
ディアスは呼び止める。レスティアは改めて彼に向き直った。
「ご挨拶遅れて失礼いたしました。私、レスティア・ロスアンドと申します」
「レスティアか……覚えておく。またな」
愉しそうに不敵に笑ったディアスに、レスティアはまた小さく礼をしてラエルと共にその場を立ち去った。