歪な宮殿
宿の主人は、男が入ってくるなり不快な顔を隠さなかったが、トファが食事代を余計に払うと、水で濡らした布切れを持ってきて、せめて臭いだけでも取れと男に渡して向こうに行った。男は、神妙にそれを受け取り黙って顔やら頭を拭いていたが、野菜と肉を煮込んだスープが運ばれてくると、布を放り、夢中で食べ始めた。
トファもレミアも、食事をしながら彼の様子を見ていた。
年齢は2人よりも少し上位だろうか、痩せ細り頬はこけてはいるが目は柔らかな光を帯び、優しげで整った顔立ちをしている。人を殺すことを生業とする刺客のような鋭い殺気は少しも感じられない。
男が皿を空にし落ち着いた表情を見せた時、レミアが男に話しかけた。
「私はレミア、お前の名前を聞いてもいいか?」
「あ……」
男は、初めて今、トファとレミアに気付いたように少し瞳と体を揺らすと、再び臆したように背を丸めて言葉を返した。
「お、俺の名前は、ハラファ。ずっと、この都市に住んでいる……」
トファが口を開き、ここにいる3人以外には聞こえないように小さな声で言う。
「本当にお前は、レミアが女だって分かったのは、感なのか?」
「うん……。昔から、何となく、分かる時がある。幼い時からだから、何故分かるかって言われても、自分でも分からない」
嘘を言っているように見えず、レミアは別の質問に切り替えた。
「そうか。で、お前はあの通りでの生活は長いのか? あの通りには、お前――ハラファ以外にも多くの人達が通りにいたけど、この都市は大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫、じゃない。こ、今年は特に、作物が不作で、食料が足りていない。下層の民に食料が行き届かないから、次々に飢えて死んでしまっている……。潤っているのは中流階級以上の人達だけ。……お、王族達も下層民が飢餓状態にあっても、何の対策もしない――」
おおよそ、トファとレミアの予想通りで2人は渋い顔をする。
灯に照らされていた華やかな宮殿は、ただ美しいだけで中身は機能していない独占欲に満ちた者達の巣窟のように思えた。