第4師団
「ア、アングレカム聖騎士団」
ポカンとした様子のスイセンがどうにか言葉を放つ。
「お、どうやら俺たちの名前を知ってるみたいだな」
団長と呼ばれる男が笑いかける。
「助けが遅れてすまない。怖かっただろう。」
凛々しい顔つきの女性聖騎士は心配そうな顔つきでこちらを見る。
「ところで諸君、この大層な結界をはっているそこの剣の持ち主はご存じかな?」
団長とやらに劣らない体躯の男性聖騎士は、僕らを見渡し、手を挙げた僕に目を合わせる。
「驚いた。まだ10代半ばの少年が結界系の剣能を?」
彼らは少し目配せしたが、僕らには笑顔を見せる。
「ふむふむ、人は通すが死剣は通さないと。素晴らしい才能だな少年!」
団長とやらが眩しい笑顔を向ける。
結界内に踏み入った団長は地表に突き刺さる『刀』をゆっくり引き抜く。
同時に結界半球の上部から空に向かって粒子が舞い散り、消失する。
「がはははは」
団長が急に笑い出す
「いやはやすまない。こんな山中に結界を使える剣能使いがいるとは。しかも今時珍しい刀使いとはな」
僕は思わず足をすくめる。
誇りは持っていても、憧れの聖騎士にまでバカにされちゃたまったもんじゃない。
「これは君に返そう」
彼はそう言って僕の愛刀をそっと手渡す。
「団長、怯えてます。もっと立場を弁えるように常に言っているでしょう。あなた外見も怖いんですから。」
女性聖騎士が団長をなだめる。
「ごめんね、少年。別にあなたを笑った訳じゃないのよ。だってそもそも彼自身が刀使いだからね」
「え?」
思わず呆けた僕を他所に、子供達が群がる
「ユリ以外に刀使う人いるの!?」
「すっごぉい。おじちゃん見して見して」
興味津々な皆をなんとかなだめる。
「申し遅れた、我らアングレカム聖騎士団、第4師団団、通称’’卯月’’。山頂にお住まいの修道女メリア様の救援要請を受け君達を保護する。」
「「「第4師団!?」」」
目を覚ましたばかりのツバキを含めた僕ら4人が驚く。
「ツバキ!動いて大丈夫?」
フリージアがツバキの肩を支える。
「なんとかね...ありがとうフリージア。みんな」
「おいおいお嬢ちゃん結構な怪我してるじゃないか。おい、誰か怪我診てやってくれ」
団長が心配そうにツバキを見つめる。
「私が診ます」
先ほどの女性聖騎士がツバキの傷口を診る。
第4師団となると、あの団長と呼ばれた男は間違いなくこの国でも11人しかいない1級剣能使いの1人...
そんな人が刀使いだなんて。
深刻な状況にも関わらず少しだけ前向きになれた僕はきっと傲慢なのかもしれない。
「メリアさんが助けを呼んでくれてたんだね」
ホッとするフリージアにスイセンが首を傾げる
「いやそもそもなんでこうなると分かってたのに僕らを外に出した?なぜメリアさんもアセビさんも一緒に来なくて、王都にいる聖騎士団まで呼び寄せた?」
独り言のように呟くスイセンだが、的を射ている。
確かに母さんが僕らを危険な目に晒すとも考えにくいし、なぜこんな辺境の地にアングラカム聖王国10席の1人がわざわざ動いたんだ...?
考えれば考えるほど分からなくなる。
混乱する僕らに団長が声をかける。
「君たちが無事でよかった。ところでメリア様はどこだ?見当たらないようだが」
男の目は至って真剣で、先ほどとは違う誠実さがある。
「メリアさんとアセビさんはまだ修道院にいるよ。僕らだけが山を降りてたんだけど、途中で死剣に襲われたんだ」
スイセンは丁寧に説明したが、団長の顔は途端に曇る。
「遅かったか...」
口惜しそうな声と共に、彼は部下達に指示を出した。
「団長命令だ。この子達を無事カイの修道院まで送り届けろ。俺はメリア様の元へ向かう」
「「「はっ」」」
部下達が一斉に答える。
「先ほどから母さんを様付けしてるけど、聖騎士様の方が偉いんじゃないの?」
ずっと気になっていた僕の一言に、なぜか場が凍りつく。
「い、今なんと?」
今にも走り出しそうだった団長は焦った表情を見せる
「え、いやだからなんでメリア『様』なのかなって」
「違う!その前だ!」
団長が僕を揺さぶる
「え、だから母さんが」
言い切らないうちに団長が遮る
「メリア様に息子がいたのか!?」
聖騎士団がざわつく。
え、母さんに子供がいることってそんな驚愕することなのか。
「なるほど...通りで結界を使えるわけか...」
「思わぬ収穫だったな」
不思議と彼らは希望に満ちた目で僕を見てくる。
いや僕は母さんほど強くないし、剣能だってまだ...
といいかけたところでふと気付く
「な、なんで母さんが結界を使えることを知ってるの!?」
それは秘匿されてきたアルストロ家に伝わる技じゃないのか。そう言いたかったのだが、団長は意思を汲み取ってくれたようで
「驚くことばかりだが、君の質問にはまた後で答えよう。今は迫り来る大災厄とメリア様の保護が優先だ。」
団長の言うことは実に正しい。会話に没頭せずに冷静に状況判断できるあたり武人としてだけでなく切れ者のようだ。
先ほどのスイセンの疑問が、僕の心に刺さったまま不安を拭いきれない。何か嫌な予感がする。
キィィィィィィン
突然耳を劈く高音が鳴り響く。
「な、なに?今度はなんなの?」
子供達が不安気に周囲を見渡す。
今のは...山頂の修道院?
僕が視線を向けた頃には、山頂から山全体を覆うように結界が広がる。僕のとは比べものにならない大きさで、速度で、金色の結界が構成されていく。
「これが母さんの結界....」
過去に一度だけ目にした母さんの結界。僕は一度使っただけが、これがいかに困難なことかヒシヒシと伝わってくる。
僕らの目の前まで広がった結界はそこで広がるのをやめた。
「よし、メリア様の作ってくれた結界に飛び込め!」
そういった聖騎士が結界に触れた途端、青ざめる。
「だ、団長...確か以前、高度な結界使いは、任意の対象を遮断できると仰いましたね」
「あぁ」
団長が戸惑いながら答える。すると若い男性聖騎士は続けて、震えた声で絞り出す
「この結界は....どうやら我々も遮断されるようです」
「なっ」
すかさず団長が突っ込むが、結界に弾かれる。
「なぜメリアさんはこんな仕様の結界を...?」
スイセンが再び頭を悩ます。
答えなんて分かりきってる。
「これは中じゃなくて外を守る結界だと思います」
僕は全くといっていいほど根拠のないことを言った。しかし、僕の全身の細胞が、母さんと過ごした日々が、そうだと言って聞かないのだ。
「どういうことだい?」
優しそうな聖騎士様が聞いてくる。
「ほんとに勘というか、根拠はないんですけど。でも。母さんはいつだって僕らの斜め上のことをするんです」
第4師団もとい、卯月の面々は、僕を真っ直ぐ見つめる。
こんな子供の戯言を間に受ける必要なんてないだろうに、きっとこの人達は誠実なのだろう。そう思わせる瞳だった。
「分かった。そうなるともはや突破は諦めるしかない。メリナ様が結界を張る必要がある『何か』が起ころうとしているわけだ。」
団長は重々しい物言いで言った。
「総員!これよりカイまで全速力で撤退する。子供達を守りながら全速力でこの場を離れろ!」
「「「はっ」」」
卯月の面々と共に僕達は再び商業都市カイへと走り出す。
強気な言葉とは裏腹に、頬は涙で濡れ、聖騎士団に抱えられた子供達からも啜り泣く声が聞こえてくる。
あの結界は僕らを内側に閉じ込めて、外側から守るものではなかった。
それはすなわち、内側で何かが起きた時に外側にいる僕達を守る結界を意味する。
団長の言うことが本当ならなにが起ころうとしているのか。
大丈夫。きっと母さんなら何事もなかったようにまた笑って迎えてくれるはず。信じろ。ううん、信じてるよ母さん。無事でいてくれ。
涙を堪えて上を見上げる。
降り積もる雪の中、水面下で既に事は起き始めていた。