結界
「走れ!カイの街までもうすぐだ!」
僕は子供達を他の3人に託し、殿に控える。
くっそ。大厄災なんてそうそう起きてたまるもんかよ!空を睨みながら必死に山を駆け降りる。
どこまで降りただろうか、遠くに街明かりが見えてきた。
しかしこちらの都合通りにはいかないようで。数刻も経たないうちに死剣達は空から飛び降りてくる。
唖然としていた僕は、空に夢中で周囲への警戒を怠っていた。
突然に森の脇道から出てきた死剣に気付いたのは、子供達の悲鳴を聞いてからだった。
「危ないっっ」
声を聞いて振り向いた時には1番小さなガーベラを庇って血を流すツバキが倒れている。
しまった、すでに地上でも死剣は増殖していたのか。
「ひ...」
蒼白な顔と共に、子供たちは泣きじゃくる。
「フリージア!君はツバキの手当を。あいつの相手は僕とスイセンが引き受ける!」
咄嗟に出た言葉に僕も驚く。フリージアは震えながら頷くとツバキに駆け寄る。
「スイセン、2人だけどいけるな?」
そう言いつつ横を見るとそこには腰の引けたスイセンがいた。
「ぼ、僕は...僕は...」
「死にたいのか!しっかりしろ!僕ら以外に剣を握れる奴はいないんだぞ!」
僕の投げかけも虚しく、彼は完全に戦意喪失している。
やるしかないのか...
僕は愛刀を抜刀し構える、不思議と心は落ち着いている。母さんはこの日のために剣技を教えてくれたのかな、そう思うくらい手に馴染んだ刀を握りしめる。
作戦なんて立てている暇もない。相手の動きに合わせて一太刀で断ち切る。
そう決めた途端、背後から別の悲鳴が飛び交う。
まさかと思い振り向くと、どうやら死剣は一体ではなかったようで、僕らの周りを10体いやそれ以上の死剣が取り囲んでいた。
これはさすがに諦めるしかない。
いつもの投げやりな僕ならそう思っていただろう。
しかし、あの男の、そして母さんの言葉がよぎる。
何も倒す必要などない。ここにいる皆が守れればいい。一瞬だが心が軽くなる。
この刀が僕の剣能なのか、はたまたアルストロの剣なのかはまだ分からない。だがここは祈るしかないだろう。
「頼むぜ...僕の愛刀」
微かな可能性に全てを込めて、僕は一刀を放つ。
少しでいい。
ここの子供たちを守る結界を僕に与えてくれ。
「でろぉぉぉぉぉぉぉぉ」
らしくもなく大声をだしつつ地面に刀を刺す。
途端、刀を中心に半径5mほどの光の半球が僕たちを覆う。
「うっ...」
思ったより結界は体力を持っていかれるらしい。唐突な疲労感に僕は膝をつく。だがしかし気を失う訳にはいかない。一歩も引けないのだ。
「ユリ!大丈夫!?」
フリージアが駆け寄ってくる。
「た、多分大丈夫。少し気力を使うだけみたいだ」
僕の言葉にフリージアは胸を撫で下ろす。
「それよりツバキは?」
「すぐに止血したから大丈夫だと思う。今は気を失ってるわ。」
「それよりユリ。これってメリアさんの...」
「あぁ、そっか。家系の剣の遺伝は皆知らないのか。またあとで説明するよ。それより今は...」
周囲を見渡すと先ほどより死剣が増えてる気がする。
結界の中には入れないみたいだが、正直いつまで持つか心許ない。
ツバキを早くカイの街まで運ばないといけないし...
そんなことを考えていたところに、声が聞こえてくる。
「団長!2時方向に子供たちを発見。死剣に囲まれています」
何人かが途轍もない速度で駆け寄る音と共に、若い男の声が聞こえる。
「総員、抜刀!!」
野太い声とともに、団長とやらの声が聞こえる。
「殲滅っっ」
次の瞬間、目の前を覆うほどの死剣が塵となって宙に消え、その代わりに白いマントを靡かせた5人が取り囲んでいた。
「無事か!少年たち」
ニカっと笑う無骨な男の胸には、先刻目に焼き付けたアングレカムの紋章が浮かんでいた。