じーっ!!
ゴトゴトと、少し早めに馬車は走る。
静かに馬車に揺られるニーナと俺。
その静寂を断ったのは、ニーナの言葉だった。
「御手さんと、仲がよろしいのですね」
別にそういう訳ではない。でも、今後それなりに世話になると思うので
「ええ、まあ」
と言っておく。
馬車の走る速度が少し速くなるのがわかった。
ふん。モーリスの奴、喜んでやがるな。
怖い顔して意外とわかりやすい奴だなと鼻を鳴らして頬を緩めると、ニーナの頬も緩む。そして彼女から優しい声が発せられる。
「レべカ様は、群れない人ですし、私はずっと寡黙な方だなという印象を抱いていたんです。だから、ええと、レベカ様が普段何を考えてるのかとか、私には全く想像がつきませんでした」
……………ん?
レベカお嬢様は群れない人間で、寡黙な奴だったのか?
俺の想像していたレべカお嬢様とは全く真逆な像だったので大層驚いた。
宮殿の中では、普通に飯を食うだけで驚かれ、御手とコミュニケーションを取っただけで露骨に喜ばれるくらいに、お粗末な態度を取っていたであろうお嬢様だぞ?
そしてレべカお嬢様はシナリオ上、ヒロインのお前を陥れようとするような人間なのだが。
群れずにひとり堂々としているような奴が、他人を陥れようとするほど、人にそんなに興味があるのだろうか。俺は疑問に思った。
「だからそんなレべカ様がこうやって、御手さんとは楽しそうにお話するんだなと思ってその、なんだか私、微笑ましくって」
ニーナは口元に拳を作ってふふ、と笑う。
そして消え入るような声で、恐らくこう言った。はっきりとは聞こえなかったので、恐らく。
「私には、そういう人、いないですから…………」
そう嘆く、ニーナの表情はどこか寂しげだった。
でもすぐに表情をコロリと変えて、生き生きとした目をして俺に向かって少し身を乗り出す。
「だから、ですね!」
乗り出した身を引いて俺からまた遠ざかると、彼女は一旦落ち着き、話を続ける。
「すみません。話が逸れてしまいましたけれど。レべカ様が私のことを助けて下さったこと、そして今日一緒に通学したいと言ってくださったこと、私、とても嬉しくて」
そして花が咲いたかのような笑顔。眩しい。
日本には花咲か爺さんという昔話があってだな、その称号をお前に受け渡そう。爺さん、というのはちょっとかわいそうなので、そこは検討しなければいけないが。
と、どうでもいいことを考えていると、
モーリスの声が聞こえ、馬車が止まった。
門番に許可を取り、俺とモーリスはニーナを保健室らしき場所に運んだ。
保健室は一階にあり、階段を上らなくて済むのがありがたかった。
モーリスと別れて、俺は階段を上がり、昨日カズトに案内された教室へ向かう。
なんとか始業時間には間に合ったようである。
俺はすぐ近くの席に着き、鞄をガチャガチャやるのだった。
◇◇◇
授業が終わったので、階段を下り校舎の外に出ようとすると、出口の近くにニーナが立っていた。
「ああ!レベカ様!」
そう言ってニーナは俺を呼び止める。
俺は彼女の足首に目をやる。朝に比べて大分腫れは引いたようであるが。
「足の方は」
「はい、おかげさまで。足の腫れは大分落ち着きました。歩けるくらいには」
それは良かった。じゃあ俺はここで、と去ろうとしたところで、
「あの、本日のお礼をさせてください」
ニーナが、上目遣いで俺をじっと見つめて言った。
今回は頼まれてやったわけではなく、俺の自己満足、自らやったことだ。
なので、別に礼など、いらない。
なので俺はこう言う。
「お礼は結構です、わ。私が助けたくて助けたわけですから」
ニーナは、
「………不毛です。それはできません」
「だから結構ですから」
ニーナのつぶらな瞳が俺をじーっと見つめる。
こいつは頑固なところがあるのだろう。なかなか意志を曲げようとしない。
今朝、馬車に乗るうんぬんのところでもこんなやりとりをしたな。
世界が終わっても彼女はこのままこうし続けているのではないかというくらいピクリとも動かず、
ニーナの瞳は、じーっと俺を見つめ続ける。
花咲か爺さんの爺さん、という表現はかわいそうだと話したが、爺さんという響きは案外間違っていないのではないか、と俺は思った。花咲かじーさん。お前は今日から花咲かじーさんである。
じーっ。彼女の視線は動かない。
…………… だめだ。なかなか折れそうにない。はぁ、と俺はため息をつくとこう告げた。
「考えておきます、わ」
こう言っておけばこの場をしのげるだろうし、
ニーナの足が完全に治って、今後郊外での授業などがあった際、おぶってもらたりしてもらえたりするかもしれないので。俺は歩かなくて済む。
あの時の礼だ、といえばニーナは俺のことをおぶってくれるだろう。
その言葉に、ニーナは軽く微笑み、頭を下げた。
「わかり………ました。レべカ様、今日は本当に、ありがとうございました」
こうして俺たちは別れた。
校舎を出て、とぼとぼと中庭を歩きながら俺はため息をついた。
ああ。今日はエネルギー消費量が凄まじい日だった。と言ってもまだ昼間なのだが。
そしてさっき、ニーナに投げかけた言葉とそこに至るまでの考えを振り返る。
ただの自己満で自らやっただけなんだから、礼などいらん、な。
はは。俺はまだあの時と、何も、
「お嬢様ぁあああああああああ!!!!!!」
おお。びっくりした。
顔を上げると、モーリスが大きく手を振って正門前で待っていた。
労働条件がかなりブラックだったり、この世界はたしかにカズトのおっしゃる通り、あくまで乙女ゲームの世界だろ、一筋縄には行かない部分もある。
しっかし、登場人物は案外皆、チョロいというかなんというか。はは。
思わず笑みがこぼれるのがわかる。
俺は足の早さをほんの少し早めて馬車を目がけて歩いた。
◇◇◇
馬車から見える景色をぼんやり眺めていると、
突然、馬車を引くモーリスが信じられないような言葉を発した。
「お嬢様、今週の週末、私と出掛けませんか。お嬢様をお連れしたい場所があるのです」
目に入るモーリスのいかつい後ろ姿。
モーリスの信じられない発言と相まって、俺は冷や汗をかいた。
ももも、もしかしてモーリスには既にレベカご令嬢の中身が今、別人でありそれが男であると気付かれているのか?
男子たるもの筋肉だろう!!ハイ!サイドチェストー!!!!!と、
この世界における筋力トレーニングかなんかを俺にご教授するつもりか?この世界におけるジムみたいな所に連れていかれるか?俺は!
それは嫌だ。絶対に。
筋トレなんてしたらエネルギーの過大放出で温暖化し俺自身そしてこの世界が崩壊し兼ねないぞ。
恐ろしい妄想を繰り広げ、俺は肩を震わせる。
正面を向いているので、俺の様子など、全く見えていないであろうモーリスが続けた。
「宮殿の近くにある、私のお気に入りの場所なのですが。お嬢様にお見せしたいものがあって」
お見せしたいもの、か。
まあ、俺の考えすぎだろう。
モーリスは俺の正体に気付いている様子もなさそうだし、お見せしたいもの、ということなら、筋力トレーニングをするという下りにはならなそうだ。
休日に外出とは面倒でもあるが、こいつには、俺が行動として対価を払おうと決めているので、まあ、いいか。
俺はモーリスの背中に向かって、声を発した。
「ええ。よろしくてよ」
まだお嬢様口調には違和感があるが、
なかなかこなれてきたんじゃないか俺。
本日もお付き合いメルシィ!!!!!
読んでくれている諸君、感謝する!!!!
そして評価や誤字訂正などくれた諸君、どうもありがとう!!!!