対価!!
しかし一体、こんなところで何をしているのだろう。
今日は昨日よりも一段と朝食が豪華だったので、食べるのに時間が掛かってしまい予定よりも宮殿を出る時間が遅くなってしまった。
そのため、始業までもうあまり時間が無い。
故にこの道を通って通学している者もポツポツいるかいないかくらいだ。
こちらもそれなりに急いではいるので、あまり時間を割きたくない。
しかし、彼女は脚を押さえうつむいたままで、このままずっと立ち上がりそうにない。
あとあと、授業担当が「おや、今日はニーナ・フォーゲルがお休みかね?」と言い放ち、
俺がつい昨日の誰かさんに託したように、ニーナ・フォーゲルを緑道で見た、
と言ったならば緑道のどこかなど他の皆は知らない可能性が高いので、
「じゃあレベカ・アントゥルナ、様子を見てきてくれないかね?」などと言われまたここまで引き返すことになったら面倒だ。
………… 仕方が無い。
俺はモーリスを呼び止める。
「あそこにいる少女の横で馬車を止めてくださるかしら、モーリス。あの子は私のクラスメイトなので」
そう言って俺は、目先のニーナを指指す。
「承知致しました、お嬢様」
モーリスの表情は見えなかったが、なんだか少し嬉しそうな、優しい声が聞こえた。
馬車が少し動き、ニーナの隣で停車したので、俺はうつむくニーナに声を掛ける。
「おい」
し。しまった!焦っていたのか無意識の内にマコトモードが発動してしまった。
俺はおい、に続く言葉を脳内で必死になって探す。おい、おい、おい…………
「おい…………スターソースに限りますわよね!ソースは!」
ああ。何を言っているんだ俺は。だがすまん、咄嗟に頭に出てきたワードがこれだった。
俺から意味のわからない言葉を掛けられたニーナはと言うと、
下を向いていた顔を上げ、ちょこんと首を傾げた。
「オイスターソース、お好きなんですか?」
俺を見つめる彼女の瞳は、とてつもなく大きい。
瞳が怖いものを見て、許して下さい、許して下さい、と乞うように瞳が潤んでいる。
俺のこと、すなわちレベカご令嬢のことを怖がっているのだろうか。
オイスターソースの件は、食堂に並べられていたオイスターソースが今朝、目につき、俺のさっきの思考はそれに毒されていてしまっていただけで。だから、別に好物とかそういう類いではない。でも別に嫌いではないので、
「え、ええ」
俺はそう言って口元で拳を作り、咳払いをすると、話を切り出す。
「ニーナ・フォーゲルさんよね、あなた。同じクラスの。こんなところでしゃがみ込んでどうしたの?脚、怪我でもされたのですか」
ニーナは驚いたような顔を見せたが、少し間を置いてコクリと頷いた。
そしてうつむきながら力なく彼女は言う。
「はい。歩いていたら、右足首を捻ってしまいまして」
俺は彼女の右足首に目をやる。
かなり盛大に捻ったようで、赤く大きく腫れあがっている。
たしかに、これは歩くのが困難な状態だろう。
「私の馬車に乗って学校へ向かいましょう」
俺の言葉にニーナは大層驚いた表情を見せた。
「え。よろしいの……… ですか?」
ニーナの大きな瞳が俺の瞳を見つめる。
「ええ。もちろん」
なぜそんなに驚いている。
さすがにこの俺も、怪我人を積極的に歩かせるほど非道な人間ではない。
「でも………」
いいからお言葉に甘えろ、このままでは遅刻するのだが。
こうやって遠慮され続けるのも面倒なので、俺はこう言ってみた。
「気になさらないで下さい。馬車には余裕がありますし、その、ええと、私もニーナ様と一緒に通学がしたいのです」
「レ、レベカ様…………!」
ニーナの顔がパァアアアアアと明るくなるのが目に見えてわかった。
「それでしたら、言葉に甘えさせて頂きます。ありがとうございます。レべカ様。私、嬉しいです」
本当に、さぞ嬉しいのだろう。お花が彼女の周りに咲き始めたかのようなそんな錯覚を受けるほどに、ホワーンとした笑顔が眩しい。これがヒロインの力というものか。
まあともかく、俺の言葉が効いて良かった。
とりあえず、「仲良くなりたい」と言っておけば、完全に何もしないよりも
国外追放に陥ってしまう可能性をもっと低くできるのではないか、と考えて発した言葉だったが、
ニーナは俺に対して怯えたような態度を見せていたので、レベカお嬢様とはあまり交流がないのではないかということは察しがついたのだ。
「馬車まですぐすこだけど、歩けそうか。か、かしら」
グイッと彼女をひっぱりあげ立たせると俺は聞いたが、立っているのも辛いのだろう。
彼女は途端にまた座り込んでしまい、
「ごめんなさい。難しそうです…………」
と申し訳なさそうにかぶりを振った。
俺がこいつを馬車まで運ぶしかないのか。朝から疲れそうだ、人を担ぐなんてと思った
一連の流れを察したのか、モーリスがこちらに駆け寄ってくる。
「お嬢様、わたくしがこの方を馬車までお運びいたしましょうか」
考えてみれば、いかつい体をしたモーリスからしたら、
小柄なニーナを馬車に運ぶのなんて朝飯前といったところだろう。
俺は労力を掛けなくて済むので楽だ、ああモーリスよ。感謝する、アーメン!
と言いたいところだが、そういう訳にはいかない。
これは本来、モーリスが任された労働では無いからだ。
時間外労働、いや違うな。労働過多ということになり兼ねないだろうか。
俺は、自分だけがエネルギー消費最小限でウハウハしたいわけではない。決して。
自分が本心から望んでいないことにエネルギーを消費してくれる人がいるならば、その人にはそのエネルギー消費と同等の対価が与えられるべきだと考えている。
実は昨日、俺は見てしまった。
宮殿に仕えるメイドや料理人、そして御手その他もろもろの給与明細を。俺の部屋、レベカお嬢様の部屋で。なぜかはわからないが、ベッドの横のサイドテーブルに置かれていた。
そして御手の給与は他の職種に比べて格段に低かった。
一日ほぼ俺に着きっきりのメイドや、朝昼晩の3食を毎日こしらえる料理人と違って俺の送迎だけがメインの仕事になるからだろうか。拘束時間が少ないと。
しかしだな。
レべカお嬢様がどこかに出掛けるとなった時は出動命令が出るし、俺の送迎だけでなくお客様の送迎を任される場合もある。下手したら一日何度も宮殿と目的地を行き来することもあり得る。
御手に関しては月給ではなく、完全歩合制にするのが良いのではないかと思うのだが。
昨日カズトが乙女ゲームの世界といっても僕たちプレイヤーが見ている世界はその世界のほんの一部にすぎないのだと話していたが、まさか華やかな世界の裏側ではこんなことが起こっていたのかと驚いたものだ。言葉の信憑性が増したな。
給与の詳細は俺が、というかレベカお嬢様が決めているわけではないと思うので、申し訳ないがどうにもできない。この宮殿にはいないようだが、父親や母親とかと相談しないといけないだろうからな。
なので俺は、行動として、モーリスに対価を払いたい。
俺はモーリスに微笑んでみた。
「モーリス。お気遣いありがとう。でも、知っていました?2人で運ぶのが一番楽、なのですよ」
「レ、レベカお嬢様ぁああああああ……………!」
モーリスのお堅い面が緩み、神からお恵みを頂戴したかのような声が発せられる。
それを見たニーナがふふ、と微笑んだ。
「じゃあ、行きますわよ」
俺とモーリスはせーの!ヨイショー!と、ニーナを持ち上げる。
そして馬車の中へと彼女を運んだ。
モーリスが何か言いたげな顔でこちらを見たが、もう始業まで時間がないのでまた後でな。
モーリスもそれに気付いたのか、軽く頭を下げると
「では。すぐに出発致しますので」
と言い、小走りで運転席に向かった。
そんなこんなで俺は怪我をしたヒロインを引き連れて、学校へ向かうのであった。
なんだかんだでかなりの労力を欠いたが、まだ、朝なのか。
勘弁してくれ。
本日もお付き合い頂きありがとうござ、いもいもいもいも芋羊羹!!!!!!食べたい!!!!