毎日が短縮授業!!
さてと。
席に着いた俺は、しっかりと丈夫に閉じられた金属部分をガチャガチャといじり鞄を開く。
中には細長いコンパクトなペンケースと、小さなお財布。そして少し分厚い3冊程の教科書っぽいものが入っていた。教科書というよりも本に近いような。
もっと薄いものが複数入っているといると思っていたが、案外少ないな。そして分厚い。
俺はその中から取り敢えず1冊を取り出し、ぺらぺらとめくる。
これは幾何かなんかの教材だろうか。
この世界がよくわからない世界と言えど、言語は普通に理解ができていたので、あまりそこは心配していなかった。
しかし、俺は教材に書かれている文字が馴染み深い文字だったことに安心した。
古代文字ですか、とつっこみたくなるような展開が待ち受けていたらさすがに動揺するからな。
そしてもう2冊、俺は中を確認した。
ひとつは国語、というか言語文法。そしてもうひとつは天文学っぽい内容。
俺は教材から目を離し、顔を上げて黒板を見つめる。そして先生の話に耳を傾けた。
この時間、1時限目の講義は天文学のようだ。俺は星座なんぞにハッキリ言って微塵も興味がないのだが、聞かないとあとあともっと面倒なことになりかねない。話を聞いてメモを取っておこう。
授業中に話をしっかりと聞いて理解してしまうことこそが、最終的に労力を最小限に押さえることになると俺は知っている。
紙とかノートっぽいものは鞄には入っていなかったし、
周りの連中の手元を見てみると、どうやら皆教材に書き記しているようだ。
日本では少数派だが、それがここでは大多数ということなのだろう。俺はペンケースから、鉛筆を手に取り、教科書に直で先生の言葉を書き記した。
授業は、天文学、言語文法、そして幾何学と続いた。
この学校は、80分ほどの授業が毎日3限ほどあり正午過ぎくらいに講義が終わるようだ。
チャイムが鳴り、先生が出て行くと皆ぞろぞろと教室を出て行く。
食堂のような場所がこの学校にあるのかはわからないが、昼飯は各自でということなのだろうか。
それにしても、午前で学校が終わるというのは非常に良い。
女に姿が変わってしまっているし、とんでもない世界に来てしまったわけだが、エネルギー消費最小限希望の俺にとってはやはりこの世界、この上ない環境だな。
日本の学校でいうと、毎日が短縮授業。あまりにも甘美な響きなのでもう一度、毎日が短縮授業。
ーーーーーーー お。おっと。びっくりした。
急に誰かの手によって俺の背中がポンと叩かれ、俺は我に帰った。
「レべカお嬢様」
椅子に座って短縮授業の喜びにふけっている俺の背後に立っていたのは、カズト。
すなわち金髪青目の美青年、マルク・リュカスだった。
カズトは周りを確認すると、小声で俺に言う。
「今日はこれから君の宮殿に連れていってもらうからね。そこで詳しい話をしよう」
これは許可せざるを得ない。
学校内で、というか今ここで手短に話を済ませられれば、それが一番良い。
しかし、誰かに聞かれてしまうかもしれないというリスクがある。
あの馬車には俺以外にもう3人は収容できそうだし、こいつをこいつの新しい住まいに送り届けるのも俺ではなく、御手の仕事だろう。
余計な労力を欠いてもらうことになる、御手には申し訳ないが………
「そうするしかないな。今、迎えを呼ぶ」
そう言って俺は、鞄にしまうのが面倒でスカートの右のポケットに入れていた例のオカリナのような笛を取り出し、吹こうとする。
そこで俺は今朝の失態を思い出し、カズトに忠告した。
うるさいかもしれないので、耳を塞いでおけ、と。
教室にはもう俺たち以外誰もいないので、カズトにだけでいいだろう。
今度こそ俺は笛に口をつけ、吹く。そして低い音が響く。
この音で俺の合図が伝わるとは、この笛は一体どのような仕組みになっているんだろうな。と、
ふと疑問に思い、口から離した笛をまじまじと見つめる俺を見てカズトが笑った。
「いや、マコトの笛は随分と低い音がするんだね。僕の笛はもう少し軽い音がするよ」
どうやらカズトも笛を所持しているらしい。
「じゃ、校舎の出口へ向かおうか」
「そうだな」
俺が鞄を手に取って椅子から立ち上がろうとすると、カズトが手を差し出す。
そしてまたキザったらしく、
「お手をどうぞ。レべカお嬢様」
「いらん」
俺は素っ気なく言い、こいつを置いてスタスタと足早に教室を出た。
キザったらしいことは勝手にやってもらって構わん。むしろ、どんどんやれ!と思うが、俺を巻き込むのはやめていただけないか。相手をするのが面倒だ。
「ひどいなレべカお嬢様ったら!」
教室の中からすっとんきょうな声とこっちに向かって歩く足音が聞こえてきた。
校舎の昇降口、そして噴水のある中庭を抜けた正門まで歩くともう既に馬車が到着していた。
「お迎えにあがりました。お嬢様」
いかつい御手が頭を下げる。
俺も礼をしないといけないが、この御手の名前を俺は知らなかった、そう言えば。
俺は言う。それっぽく。
「ありがとう。あ、ええとごめんなさい。名前は何といったかしら」
俺の言葉に御手は頭を上げると、優しい笑みを浮かべて言った。
「まさか名前を聞かれる日が来るとは思っていませんでした。モーリスです」
いかつい強面な男だが、その笑みはなんだかかわいらしい。
俺はちょっと微笑んでみて、言った。きっと今の俺の笑顔はとてもぎこちない。
「ありがとう、モーリス。今日は、お、お友達をお家に招待したいの。お願いしても大丈夫かしら?」
モーリスはもちろんですお嬢様、と再度微笑むと中にどうぞ、と手で合図をした。
カズトを先に馬車に入れ、俺もそれに続く。
「それでは、出発致します」
御手のモーリスの言葉と共に、馬車が動き出した。
モーリスに会話が聞かれては困るので、カズトと俺は言葉を交わさなかった。
緑豊かな穏やかな風景を眺めながら、2人、いやモーリスも含めた3人で俺の宮殿へと向かうのであった。
本日もお付き合い頂きありがとうございますたんぐ!!!!