救世主!!!
始業時間を知らせるチャイムが鳴り、どのくらい経っただろうか。
恐らく20分くらい経過したその時だったーーーーー。
「どうされたのですか、レべカご令嬢」
なんとも麗しい声が背後から聞こえてきた。
来た、来たぞ。救世主様が!俺の賭けは成功したようである。
階段から足音も立てずに降りてきた、その麗しい声の持ち主の方を俺は振り向く。
………… おお。これは。そこに立っていたのはキラリーン!と輝くような金髪に、俺と同じ青く透き通った瞳をした、細身の美青年だった。
俺は目下を向いてをこする。
驚くと下を向いて目をこする癖が俺にはあるのだそうだ、姉貴がこの間俺にそう言った。
俺としては無意識なのだが、結構印象的な仕草なのだそうだ。
目をこすり終えて、もう一度顔を上げると、その金髪の美青年が目を見開いて驚いたような顔をしてこちらを見ていた。ど、どうしたんだ?と俺が首を傾げると、その美青年が俺の肩を急にガシッと掴む。
そして、
「マ……ママママ!マコトかい?もしかして、マコトなのかい??」
と迫真の顔で言い放ったのである。
おお。そんなに驚かなくても。おっしゃる通り、俺はマコトであるが。
ここはよくわからない世界で、今まで見た来た日本の世界と何一つ違う。
なので、こいつが誰なのか全く察しがつかない。なぜ俺の名前を知っている。
でも悪人ではなさそうだし、むしろ俺のことを知っている人がいるのならば、今後この世界そして俺自身レべカお嬢様のことを知る上で大きなアドバンテージになるのではないだろうか。
そう考え、俺は頷く。
すると美青年、
「あああ。いや、これは驚いたよ!マコトのその下を向いてこする癖、それでわかったよ」
そんなに珍しい仕草か、これ。
俺は、慣れている言葉を自由に使えることにありがたさを感じながら美青年に聞く。
「で、お前は誰だ」
美青年は肩をすくめた。
「なんだい、もうてっきり気付いているのかと思っていたよ。言葉使いから気付かないかい?カズトだよ。君の数少ない友達」
数少ない友達、とは余計な言葉だが返す言葉もない。
ーーーー 大和田和人。俺の数少ない友達、というかただの腐れ縁だ。
こいつは俗に言うオタクという人種である。レべカお嬢様をどこかで見たことのあるお姿だと思った要因のライトノベルもこいつから勧められたものだった。
「お前、どうしてここにいるんだ。そして俺はどうしてここにいる」
俺が疑問をカズトに投げかけると、カズトは苦笑して言った。
「そんなことを聞かれても僕にもわからないよ。僕も今朝、目が覚めたらこの世界にいたんだ」
こいつも俺と同じで今朝目が覚めたら、よくわからん世界に飛ばされていたわけか。
「お前、名前はなんて言うんだ」
「なんだい、マコト。僕のフルネームを忘れてしまったって言うのかい!」
大げさな。そんなわけあるか。
「違う。こっちの世界での名前のことを聞いているんだ」
俺が怪訝そうに発した言葉にカズトは驚くような素振りを見せた。こいつは言動がいちいち大げさなのだ。
「まさか、マコト。この世界が一体何の世界なのか気付いていないのかい?」
「は?何を言っているんだ」
こいつはこの世界について何か知っているというのか。
しばらくの沈黙の後、カズトが口を開いた。
「マコトはどうやら、この世界のことを理解していないようだね。わかった、そのことについては後でゆっくり話そう。取り敢えず教室に戻ろう、マコト。先生が待っているからね」
そして、俺の手をグイッと引っ張って、体育座りをしていた俺を立たせた。
カズトは淡々とした声で続ける。
「僕の名前は、マルク・リュカス。そして、君の名前は………」
どうやらカズトはこの世界のこと、それから俺のフルネームすらも知っているらしい。これはありがたい。こんな呑気なことを考える俺に、カズトはこの世の終わりのような迫真迫った顔でこう言い放った。
「君の名前は、レべカ・アントゥルナ。悪役令嬢だよ」
…………… ア、アクヤクレイジョウ?
よくわからない単語が唐突に登場したので俺は聞いた途端、なにがなんだかわからなかった。
というか、俺の名前はレべカ・アントゥルナというんだな。ちょっとおいしそうな名前だ。
カズトに手を引かれながら、階段を上る最中、俺は冷静になって考える。
………… アクヤク、あくやくれいじょう。令嬢。悪役と令嬢の組み合わせか。
なんだ、悪役の令嬢って。物語か何かの世界の話じゃないのか?それ。
俺がカズトに声を掛けようとし口を開こうとした瞬間、カズトが俺の唇に人差し指を近づけ、シッ!というよな素振りを見せた。
なんだこいつ、かっこいいと思ってそれをやっているのか。
こいつは根っからのオタクだという話は先ほどしたと思うが、厨二病という病も患っている。
日本にいた時、キザな台詞に憧れを抱いているという話をよく聞かされていたものだ。
カズトの新たな姿、すなわちマルク・リュカスの姿は非常に美麗なものであるので、そのようなキザな台詞が似合うしサマになる。日本にいた時カズトは、キザな台詞を表立って言うことはなかった。
別に憧れを抱いているならば、恥じずにそれを実行してもよいのではないかと俺は思うのだが、カズトはそうは思わないらしい。
だからこそ、今までとは違う世界に来て、マルクのキザが似合う外見を手に入れた本人もそれを存分に楽しんでいるのだろうか。
そんなどうでもいいことを考る俺の唇から長く美しい形の人差し指を離し、声を潜めてカズトは言った。
「ここが僕たちの教室だよ。マコ……いや、レべカ」
おっと。どうやらもう教室の前に到着していたようだ。
俺の声や令嬢らしさが微塵もない話し方が聞こえてはいけないと思って、カズトはさっきはあのような素振りをみせたのか。ただの好奇心ではなく。
「詳しいことはあとで話すから。とりあえず、good luck(無駄に発音良く)。レべカお嬢様」
前言撤回。やはりこいつは今の姿を非常に楽しんでいる。
グッドラック、と普通に言えばいいものを。絶妙に腹の立つ言い方をするな。
でもいいぞ。似合う。何よりカズトが今まで押し殺していたものを放出できる機会なのだがら。存分にどうぞ楽しめ。
頷く俺を横目にカズトは、満足げな表情を浮かべて、教室の扉を開いた。
「お帰りなさいマルク。そして、レべカ。どうしました、体調が優れないのですか?」
これまた派手派手なドレスを身に纏った女教師が教壇の前に立っていた。
ここで具合が悪いです、と言えば日本でいう保健室らしき場所に連れていかれるだろう。ベッドの上で休んでいられるのもいいが、また保健室に向かうというのは面倒くさい。それに、ここで逃げてしまえばあとあと面倒なことになり兼ねない。保健室に行くほどでもないが体調は優れない、というのは面倒ごとを避け、効率を重視するのにはこの上ない口実になり得る。これを利用する他ない。体調が優れないということを伝えておけば、じゃあレべカ。ここの答えは?などと当てられることもないだろう。当てられる心配などないこの隙に、開けるのにも一苦労する億劫な鞄の中身とその内容について確認しておくのだ。そう考え俺は教師にこう告げた。
「ご心配ありがとうございます、先生。ええ、たしかに少しお腹が痛かったり、気持ち悪かったりしますが、そこまでではありません。体調は優れませんが、授業は受けられる範囲内かと」
すると先生は
「よろしい。何かあれば手を挙げて知らせなさい」
と言って、生徒席の方を向き、教科書をめくり始めた。
生徒席の方は日本の高等学校のような、1人1机という感じではなく、
長い机に椅子が複数個並べられているという形だった。生徒数は恐らく50人くらい。
どうやら席は自由席のようだが、空いている椅子は少ない。
その中から、俺はこの場所から近いかつ、できるだけ他の生徒から目につかなそうな場所を選んで座った。
今回もお付き合い頂きありがとうございました!!!
厨二に当たりが強くてごめんなさい。