俺は噴水か!!
馬車からの眺めは素晴らしかった。
中世ヨーロッパっぽい印象を受ける雰囲気なのだが、民家っぽいものはあまり多くはなく、その分緑が多い。なんとも、穏やかな風景だ。
風景に夢中になっていると、馬を操縦する運転手のような人、たしか御者と言ったか。
御者のいかつい男が俺に声を掛けた。
「お嬢様。到着致しました」
…………… ほう、ここが。
俺は馬車を降りて、緑豊かな中庭を覆うようにしてそびえ立つ、立派な茶色い建物を見つめた。
レトロな雰囲気の漂う校舎。
どうやらここが俺が通うことになる学校のようだ。
「では、失礼致します。お嬢様。お帰りの際は、こちらでお呼び下さい。お迎えに参りますので」
そう言って御者は、オカリナのような笛、なのか?これは。
まあともかく、両手にすっぽりと収まるくらいの笛らしきものを俺は御者から手渡された。
笛なのか確かめるべく、俺はそれを吹いてみる。
ブーーーーーーーーーーッ
…………おお。思ったよりもはるかに低く響くような音が鳴った。
急に大きな音を出してしまったからか、周りの校舎に入るであろう連中が一斉にこちらを見る。
すまん、うるさかったか。
「レ、レべカ様。必要な時以外は使用をお控え下さい……」
と、御者も困ったような顔をしている。だから、すまん。悪かった。
俺に御者に頭を下げて謝った後、言う。
「それでは行って、参ります、、わ」
……… はあ。慣れない言葉遣いを駆使するのは、やはり恥ずかしい。というか難しいな。
俺の発する言葉に、御者は一瞬驚いたがすぐになんとも嬉しそうな顔を見せた。
そして俺に頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ、レべカ様」
やはりレべカご令嬢、御者様に対してもお粗末な態度を取っていたのではないかと推測できる。
エネルギー消費は最小限に抑えたい気持ちは非常によくわかるが、過去のレべカご令嬢よ、
感謝の気持ちを忘れるのは、良くないことではないか。
そんなこんなで学校に到着したわけだが………
さて、俺はどうしたらいい。
とりあえず、正門らしきものを周りの連中と同様に、通過する。
正門を抜けると、広く開放感のある中庭が広がる。
中心には大きな噴水が位置していて、周囲には色とりどりの花が咲き乱れている。
おれはその噴水を横目に、俺はスッスッと優雅に校舎の入口を目指して歩く。
美しい光景であるはずなのに、なんだろう。
笛を吹いて以来、俺はなんだかものすごい違和感を感じているのだ。
その違和感の正体は恐らく、周りから視線、だな。
そんなにさっきの笛の音がうるさかったのだろうか。
たしかに中には、寝起きが悪くまだ完全に目が覚めきっていないような連中がいたかもしれない。
そんな連中が、低くうるさい音を間近で聞かされたら機嫌を損ねるだろう。いや、寝起き関係なく、朝からそんな音を聞かせられては嫌な気持ちになるな。すまなかった、それは謝りたい。
でもそこまで、俺のことをみんなして見なくても良いのではないか?
周りのちょっとチクりとするような視線を感じながらも、そんなこんなで俺は、校舎の入り口にたどり着いた。
日本の学校には、ここに下駄箱なるものが存在していて、ここで靴を履き替えるわけだが………
どうやらこの世界の学校には存在しない、しきたりらしい。
………… まあ。そうなるよな。
宮殿の中も基本は下足っぽかったので、なんとなく察しはついていた。
ただ、ここで自分の名前を確認して、教室に入ることができるかもしれないという希望は失われてしまった。
さて、どうするか。
できるだけ労力は欠きたくない水野真。
……… やはりこれしかないな。
俺が取るべき行動は、この一択だった。
そう、この入口を入ってすぐ広がる広い大広間。
その大広間の中心に、ポツリとひとり、座り続けるのだ。ただじっとーーーー。
立っていてもいいが、座っている方が楽なので、こっちを選んだ。
始業時間が過ぎても、ここに座り続けていれば、
レべカご令嬢のクラスの授業担当者が
「出席を取るぞーー。おお、なんだ今日はレべカお嬢様はお休みであるか」
と放った際に、誰かしらが
「先生。レべカお嬢様は学校には恐らく来ています。校舎の入口を出た大広間でひとり、ポツンと座っていたのを私、見ましたから」
と主張してくれるのではなかろうか。と、俺は考えたのだ。
他にも労力を欠けば色々途方法はあるのだろうが、面倒だ。
エネルギー効率は最小限に収めておきたい俺は、その希望に賭けるしかない。
生徒の主張のあと、きっと授業担当者はこう告げる。いや、告げてくれ。頼む。
「ななな!なんだね?レべカくんは一体どうしてしまったのだね?ううむ……。誰かレべカくんの様子を見てきてやってくれないかね」
あれ、なんかさっきと授業担当者のキャラが変わってないか?まあいい。
そして、俺は様子を見に来てくれた生徒に教室に連れていってもらえるだろう。
俺のために、労力を欠いて頂くことになる生徒には、感謝をする。
その埋め合わせはいつかしよう。同等の労力程度に。
俺は入り口を離れ、
奥に広い階段のある大広間の真ん中にスタスタと歩いて行き、ヨイショと体育座りをした。
さっき通り過ぎた、中心部に堂々と位置する噴水のように。
ここは体育座りよりも正座とかのほうが、サマになるだろうか。
でも正座は下手したら立っているよりも疲れる。だったらこれでいい。
入口を出て、教室に行くには、恐らく奥にある広い階段を上らないといけないのだろう、
みんな階段を目がけて、ぞろぞろと歩いて行く。
その入口と階段の等間隔に俺はいて、膝を手で抱えている。ボーッとした目つきで。
みんな俺を横目で、汚物でもみるかのような眼差しを向けては去り、また去って行く。
ーーーー さっき笛を吹いてから感じていた刺されるような視線とは違う視線。
汚物でも見るかのような眼差し、というのは少し言葉が悪かったかもしれん。
でも決して、ああ、疲れているんだね。といった優しい眼差しではなく、
かといってトゲトゲしい眼差しでもない。何こいつ(呆れ)、というような冷たい眼差しだ。
俺はあまり人の目を気にするたちではないので、視線は感じていても、それに気が滅入ったりすることはなかった。……… というかこれで全く相手にされないのはむしろ怖いぞ。
階段を目がけて通り過ぎていく、華麗な衣服を身に包んだ生徒たちをぼんやりと眺めながら、俺は時間を潰すのであった。ここに偶然、文庫本なんかが落ちていたら退屈はしなかったのだが。そんなことがあるはずもなく。
自分の背に立てかけておいた鞄から教科書などを取り出して内容を確認しておくか、と思ったがそれすらも面倒だった。あの鞄は盗難なんかを避けるためだろう。かなり作りがしっかりとしていて、鞄を開けるのにも一苦労しそうな鞄なのだ。開けるのは本当に必要な時だけにしておきたい。
なので、ただ刻一刻と過ぎてゆく時間を俺はただただ膝を手で抱えて過ごすしかなかった。
そしてとうとう、チャイムが始業時間を告げた。
さあ。俺の賭けが始まる。
頼むぞ、授業担当。そして俺を呼びに来てくれる誰かさんよ。
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