誘い!!
………そもそもこれって料理なのだろうか。
黙って膝の上に広げられたものを見る俺に、ニーナは首を傾げた。
「どうしましたか?レベカ様」
「い、いえ。どうして、オイスターソース、なのかと」
「レべカ様がオイスターソースが好きだとおっしゃっていたので!もしかして私の聞き間違い、でしたか?」
あの時、ソースといえばオイスターソースであると言い切ってしまったのは俺自身だし、
ここで色々と訂正するのも面倒なので、俺は諦めてにんじんにオイスターソースをディップして食べた。
「……どう、ですか?」
恥じらいながら俺の顔をのぞき込んでニーナが聞く。
お前がやったのは野菜や肉を切って容器に詰めただけだろうが、と思いながら
「普通においしいです」
と答えておく。
そして、続けてこう告げておいた。
「ですが、今度はしっかりあなたがこしらえた料理を食べたいです」
また、料理をつくってきたと言われてオイスターソースパーリーが開かれても困るので。
俺の一言にニーナはポワッと嬉しそうな顔を見せた。
「はい!レベカ様」
「……それから」
俺は切り出す。
「私のことは、レべカと呼んで下さい、に、ニーナ」
俺が貴族令嬢だから様呼びされているのだと思うが、
やはり学校の同級生から様呼びされるというのはものすごい違和感があるからな。
俺の言葉に案の定ニーナは、すごく、ものすごく嬉しそうな表情を見せるのだった。
「は、はい!ありがとうございます、ええっと、レベカ様!ではなく、レ、レベカ」
こうして俺たちは互いに名前を名前を呼び捨てし合うまでの仲になったのである……
って、早すぎないか。
いや、俺が普段そこに至るまで遅すぎるだけで、普通はこんなもんなのだろうか。
◇◇◇
ニーナは、あの日以来ニーナは朝、俺におはようございますと挨拶をするようになった。
「おはようございます、レベカ」
と。
ニーナは頑固で面倒くさいところがあるが、俺に対してしつこく話かけたりくっついてきたりすることはなく、挨拶程度の関わりしかない。
こいつに付き合うと、碌な事が無い。それはどういうことかというと、あの大きな瞳。
あの美しい瞳で俺の目をを頑なにじーっと見つめ続け、俺にエネルギー消費を促す呪いをかける。
国外追放は避けたいので、こいつとはそれなりに仲良くしておきたいが、労力を欠かないためにも距離は取っておきたい相手だ。
だから、この程度の距離感が一番ありがたかった。
の、だが………
それは週末休暇に入る前日のことだった。
「今週末、明日か明後日ですね。私のお家に来ませんか?」
朝、挨拶があった後にこのようなお誘いがニーナからあった。
今週末はモーリスからの先約がある。明日ではなく、日本で言う日曜日、明後日を予定しているとのことだった。
明日、土曜日は空いてはいるが……面倒だ。
大体こいつの家に行って何をやるというのだろう。
断るが、嘘をつくのは気が引けるので、こう言っておく。
「ええと、今週末は少し忙しいのだけれど」
曖昧にぼやかせたはずだ。
するとニーナは残念そうに
「そう……ですか。レべカと一緒にお菓子を作りたかったのですが……」
ほう、お菓子作りか。作って出してくれるというならまだしも、
一緒に作るとなると、凄まじいエネルギー消費が待ちうけているぞ。
前にも話したかと思うが、俺の家庭は父子家庭で、料理や家事は俺と姉貴が毎日分担してやっていた。だから俺はあっちの世界ではそれなりに料理をしていたし、姉の作る酷い料理に比べて幾分か自分の手料理の味はマシというか、割とそれなりにうまい方だと自負している。
しかし、この世界に来て何もせずともうまい料理が食えるようになって、今ではそれすらも面倒に思えてくるようになってしまったのである。
あっちの世界にいた頃の俺なら、まだ許可する可能性があったかもな、すまんな、と思いながら
俺は鞄を開ける。
そして、1時限目の修辞学の教材を取り出そうとしたその時、
修辞学の教材の中から、ぽすっと紙ペラが落ちた。
「……?」
その紙ペラが落ちた先は、椅子の横に立っていたニーナの足下だった。
そして彼女がそれを拾う。
その紙はたしか、昨日モーリスから受け取ったメモだ。
週末のお出かけについてですが、日曜日にしましょう、という旨の。
そして土曜日はお出かけ場所の下見に行きたいから、馬車が出せないという、旨の。
あっ……
「……土曜日、お時間ありますね?」
そのモーリスからのメモを目にしたニーナが、俺の目をじっと見つめる。
ああ。始まった。例の俺に呪いを掛ける儀式が。
「えっと、そ、それは……」
なんとか俺は言い訳して逃れようとする。
「てっきり私は、レべカにご予定があると思っていたんです。今週末、両日。でも!このメモの内容からお察ししますと、土曜日は出掛けるご予定はありません、よね?」
大体どうしてメモがこんなところに入っていたんだろう。
俺、こんなところに挟んだ覚えは無いのだが。そして俺はどう言い逃れをしたらいいのであろう。
嘘はつきたくない。嘘はつきたくないが……
必死になって曖昧な言い逃れを探そうとする。
この間も、ニーナのエメラルドの瞳は俺の瞳をずっと、じっと見つめたまま。
ええと、ええと……だめだ、思い浮かばん。
「私は、私は、レベカと一緒にお料理がしたいです!一緒に!」
一緒に!
………俺は一緒、という言葉が大嫌いだ。それは、別に誰かに話すようなことでもないので詳しい話はしないが、俺の嫌な思い出を彷彿とさせるからだ。
俺はそれをまた思い出し、思わずニーナに冷たく鋭い視線を向けてしまう。
でも、ニーナの大きな瞳は俺の瞳からそらされない。まっすぐ、俺の瞳をただじっと見つめ続ける。
そして、俺は今回も彼女の呪いにかかったしまった。
「わかり、ました。明日……ですね。あなたのお家にお伺いします」
「ありがとうございます!レべカ!私、嬉しいです!」
ニーナの表情が一瞬にして、ほわんとした笑顔に変わる。
はあ。やはりこいつの瞳には魔力でも宿っているのだろうか。
凄まじい力である。
そこで俺は重要なことを思い出す。
明日、土曜日はモーリスが馬車を出せないと言っていた。
ま、待て……!俺は歩いてニーナの家に向かうことになるということか?
「では、お昼頃にレべカのお家までお迎えにあがりますね」
ニーナがそう言って胸元でパンッと手を合わせる。
「なにで、ですか?」
おお!馬車など引き連れてきてくれるのか、気の利く奴だ、と希望を込めて聞く俺に、
ニーナが申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんなさい、私はレベカのように馬車を所有していないので、徒歩でになります」
……まあ、そうだよな。
馬車生活に慣れてきた今、歩くのも面倒になってきてしまっているのだが仕方が無いか。
そして俺はここで、彼女に考えておく、といった礼を提案する。
「この間、考えておくと言った礼について、なのですが」
「お決まりになられたのですね!な、なんでしょう?」
ニーナが嬉しそうに身を乗り出してくる。こいつは本当に表情がコロコロとよく変わるな。
そんな表情豊かなニーナに対し、仏頂面で俺は言う。
「土曜日、パイシートを用意しておいてください」
「……パイ、シート?」
本日もお付き合い頂きありがとうございました!!!!!!




