俺は自堕落高校生、水野真!目が覚めると……女の姿に変わってしまっていた!
「おはようございます、レベカ様。朝食の用意ができました」
「………」
俺の名前は、水野真。………だった、というのが正しいのだろうか。
勉学にもスポーツにも色恋沙汰にも興味を示すことなく、
自堕落な生活を望んで送っていた廃れた高校生。
それがある日目が覚めると、レべカ様なんていう女に姿が変わってしまっているのだから俺は酷く困惑している。
「どう致しましたか。体調が優れないのでしょうか、レべカ様」
恐らく開いたドアの外で、手を腹の前で重ねて俺に話しかけているのはメイド、というか召使いだろう。
服装がよく見るメイドのそれだ。
とりあえずそれっぽく返事をしておく。
「あ、え、ええ。大丈夫よ」
声はもちろん従来の俺のものとは違っていた。
ものすごい違和感である。
俺はベッドから降り、メイドの後ろをついて歩く。
俺は唖然とした。部屋の内装や、呼ばれ方でなんとなく察しはついていたが……
恐らくここは宮殿で、俺はご令嬢かなんかだ。多分。
俺たちが今歩いている長い廊下には肖像画なんかが飾られている。
なんかの夢なのだろうか。自堕落な生活を送るあまり幻覚まで見るようになってしまったのだろうか。
そんなことを考え、俺は頬をつねるが痛いだけで何も起こらない。
長い廊下が終わったと思うと、目の前には螺旋階段があり、それを下る。
そしてくねくねと曲がったそれを下り終えると、
天井の高い大きな円形のスペースが広がっていた。
いくつか扉が等間隔に存在しているが、螺旋階段の目の前に一際大きな扉があり、
きっとこれが宮殿の中と外界を隔てる出入り口だ。
メイド様は歩く速さを変えることなく、出入り口と思われる扉の隣の茶色い扉に手を掛けた。
そして、その扉を開く。
目の前に広がるのは長いテーブルとテーブルに沿って一直線に沢山並べられた椅子たち。
そして天井には煌びやかなシャンデリア。
ここは食堂、というのか。なんだこういう時はなんていう言葉を使うんだ?
俺が案内された、日本で言うお誕生日席の目の前には、
これまた豪華な料理が並べられていた。
おいしそうな香りが漂う。
「た…… 食べていいのか。これ」
思わず今まで通りの喋り方が出てしまい、一瞬ヒヤリとしたが、
小さな呟き声だったのか、メイド様には聞こえてはいないようだった。
俺は咳払いをして同じ言葉を今度はそれっぽく繰り返す。
「食べてよろしいの、ですか?」
メイドさんはきょとんとして、首を傾げる。
「やはり、レべカ様。今日はどこか様子がおかしいように感じられますが、お体にお変わりありませんか?」
食べても良い、とのことなのだろう。
俺の家は父子家庭だ。いや、だった。父は仕事で家にいることは少なかった。
父の他に、5歳上の姉貴がいた。なので、料理や掃除は姉貴と交互に分担していた。
なのでこう、こんなに豪華な料理がなんの労力もなしに出てくるというのは良いな。非常に。
俺は席に着いて、手を合わせ「いただきます」と唱える。
そしてフォークを手に取り、まずオムレツっぽいものに取りかかった。
うまい。
料理は下手な方ではなかったと思うが、自分の作るものよりも何倍もうまい。
そして姉貴の作るものより何千倍も。姉貴の料理は本当にひどかった。
ふとメイドの方を見ると、メイドが驚いたような顔をしてこちらを見ている。
どうかしたのだろうか、と首を傾げてみるとメイドはこう言った。
「本当に今日はどうなさったのですか。レべカ様。普段は席に着き、何も言わずにお食事を始めていましたのに」
今俺のいる世界ではそのようなそのような習慣はないのかもしれない。
やってしまったか、と思ったが、でも食事に感謝するのは悪いことではないだろう。
俺は温かい食事に再度手を付ける。
どれも素晴らしい。
モリモリとフォークを口に運ぶ俺になぜか驚くメイド様を横目に、
それをあっという間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした」と手を合わせると、
メイド様がなぜか目に涙を浮かべながら手を胸の前で合わせて、俺に言った。
「レべカ様、感激、致しました。お野菜を克服なさったのですね。普段はお野菜を残されるので我々共々、心配していたのです。それにお食事に感謝…… いいえ、何でもありません」
どうやらお野菜嫌いの令嬢様だったようだ。
さっきから俺の行動ひとつひとつにメイド様は大層驚いていらっしゃるようだが、
そんなに俺の前の魂が宿っていたご令嬢様はお粗末な人間だったのだろうか。
「ではレべカお嬢様、身だしなみを整えさせて頂きますのでこちらへ」
メイドさんが表情をキリッと変え、俺を案内する。
そうか。片付けもしてもらえるんだな。ありがとう、ここは最高の環境だ。
身だしなみ……… そう言えば、目が覚めてから俺は自分の姿を見ていなかったことに気付く。
食堂を出て、隣の扉の先にある部屋、大きな鏡のある部屋に俺は案内された。
大きな全身鏡に映る自分の姿を見て、俺は思わずポカンと口を開く。
ここが日本でないことはもちろん察しがついていた。
でも誰でも驚くだろう、今まで日本で見てきた人間のそれとは見た目が全く違っていたら。
手入れの行き届いた亜麻色の長い髪に、青い瞳。
顔つきは端正でありながら、なんだろう。目は若干つり上がっていてどこかキツい印象を受ける。
「ただいま髪のセットを致しますので」
俺を起こしに来たメイドとはまた違うメイドが現れ、俺の髪をブラシで整え結い始めた。
すごいな。身だしなみまで他人の手で整えてもらえるのか。
髪をいじれらていると、なんだか眠くなってくるな。
ウトウトしながら俺は思想にふけった。
俺の体に、というか脳に、というのが正しいのか。一体何が起こっている?
どうして俺はこんな姿になっているのだろう。そしてこの世界に来てしまったのだろう。
この世界について俺はまったくわからないし、それ以前に、今の俺自身についても全くわからん。
貴族の令嬢?で名前がレべカだということは察しがつくが、姓はなんだ。
それに、俺がこの体を享受する前のレべカ様はどんな人間だったんだ。
少々お粗末で、野菜嫌いな奴だったっぽいが……。
これだけでは情報が不十分すぎる。
今まで極力の面倒ごとは避けてきた水野真。
面倒ごとはごめんだが、誰かに聞かないと後々もっと面倒なことになるのではないだろうか。
でも誰にどうやって聞けば良いのだろう。
……… それか正直に話すか。
いや、それはそれはいかん。もっと面倒なことになるぞ。
まだ目が覚めてから1時間も経っていないが、既にわかる。ここでの生活は非常に良い。
できればバレることなく、このまま自堕落な生活を送り続けたいのだ。俺は。
あんなにうまい料理が待っているだけで食えて、身だしなみもこうやってぼーっとしている間に整えてもらえる。
エネルギー消費は最小限に収めたい水野真にとってこの上ない環境だぞ。
なぜか体は女性のものなのだが、この際気にならない。
「…………べカ様」
ああ。思想にふけっていて聞こえていなかったようだ。メイド様が俺を呼んでいる。
な、なんだ。と顔を上げる。
おお。どうやら身だしなみが整ったようである。
俺の新しい髪は黒いリボンを使ってツインテールに結われている。
俺自身はあまりそういう方面に詳しいわけではないのだが、
友人の勧めで読んだライトノベルに出てきた、
「かっ!勘違いしないでよね!」とか言ってそうな感じのお嬢様が出来上がっていた。
「それではお洋服に着替えましょう」
俺は服を引き剥がされる。
お、ちょ!ちょ!
着替えまで手伝ってもらっているのかレべカご令嬢。
今までの俺の身体にはなかった胸元の大きなそれに思わず目を取られる。
そして、いつの間にか青いドレスっぽいもので俺の身体は包まれていた。
なんだか動きにくそうな格好だ。
ドレスなんかに身を包んで、俺はこれからどこに連れて行かれるのだろう。
それとも、なんだ。ご令嬢様は一日中ドレスを着用する義務でもあるのだろうか。
「さあ、レべカ様。準備ができました。そろそろ学校へ向かうのに丁度良いお時間ですね」
どうやら俺はこちらの世界でも学校に通っているらしい。
と、なると……… 見た目も考慮して,今この世界の俺の年齢は日本にいた頃の俺と同じくらいか。
「こちらを」
と、革で作られた上質な鞄が手渡される。
学校の教材などが入ったものだろう。準備をして下さるのは非常にありがたい。
「ど、どうも」
俺は鞄を受け取る。少し重い。
そして次の瞬間、また俺は唖然とすることになる。
そう。扉を開けると俺を待っていたのは馬車だったからだ。
馬車ですか。
いくらエネルギー消費を最小限に抑えたい俺であっても、
タクシーを使って学校へ通うほど俺の財布は潤っていなかったし、
さすがに誰かにおぶって学校へ連れて行ってもらうわけにもいかなかったので、歩いて登校していた。
いや。なので、馬車を使わせて頂けるなんて素晴らしい。
「行ってらっしゃいませ」
と、メイドさんに見送られ、俺は馬車に乗って優雅に学校へと向かった。
すごい。素晴らしい世界だ。
この環境は自堕落な生活を送りたい俺にとって最高の環境である。
前述した通り、
このまま、このような生活が何にも脅かされることなく続けばどんなにいいだろう………
そんなことを考えながら、
俺は学校へ向かうのであった。
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