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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第一巻
8/67

依頼

 翌日。七瀬は家の近くにはいなかった。

 学園までの道中で会うということもなく、A組の前にいるということもない。

 俺の生活はようやくいつも通りのテンポを取り戻していた。

 こちらからあれだけ突き放しておいて、七瀬が今日も待っているんじゃないか……という希望を持ってはいなかったが、少し物寂しさを覚える。

 それは、一年前に七瀬と関係を断った後にも感じたものだった。

 時間の流れと共に枯れていたのに、ここ数日の交流が俺の中の情緒を揺さぶったことで再び湧き上がってしまったのだろう。

 昼休みを過ぎての英文法の授業を前に集中力は壊滅し、散り散りになった思考の赴くままスマホを眺めるが、通知はゼロ。

 今日は一度も七瀬からのメッセージがきていなかった。

 おそらく七瀬は今、俺が連絡を拒否するかどうかを分ける境界がどこにあるのかわからなくて困っている。

 不器用で、力加減が上手くできない奴だから。

 とはいえ、学園に入ってからは打って変わって器用に立ち回ってるように見えたんだけどな。


「――おっと」


 肘をついてぼーっとしていたところ、何かが顔に向かって飛んできて、思わず声が漏れた。

 とっさにそれを掴んでよくよく見ると、ルーズリーフを丸めたもののようだ。


『七瀬さんになんかあった?』


 開くやいなや、送り主の目星がついた。

 簡潔に『なんで?』とだけ書き、再び丸めて隣の席の瀬戸の顔に向けて投げる。

 瀬戸は、前を見たまま器用に紙ボールをキャッチする。さてはこいつやり慣れているな。

 というか、そもそもスマホで連絡してくればいいのに、何故わざわざこんな回りくどい手を使うのかが疑問だ。

 瀬戸は素早く何かを書き、こちらに投げて寄越した。

 このスピード感は、下手をすればアプリでの会話以上かもしれない。


『昼休みに保健室行ってたらしいよ』


 そこからは、シャトルランもびっくりの高速往復になった。


『保健室ぐらい普通に行くだろ』

『でもスクールカウンセラーの人となんか話してたって』

『悩みの一つや二つ、誰にでもあるもんじゃないのか』

『心当たりないの?』


 ない。と、すぐに書こうとしてペン先が止まった。

 頭をよぎるのは、昨日の朝に見た七瀬の悲しそうな表情。

 夕方に見た、七瀬からのメッセージ。

 もしかして俺のことなんじゃないかと、自惚れた考えが鎌首をもたげてくる。


『ない』


 そんな考えは、自意識過剰で自己中心的な空想に過ぎないと、即座に投げ捨てる。

 今の七瀬なら、告白してきた相手がしつこくて困ってるとか、友達同士が喧嘩をしてどうしたらいいか途方に暮れているとか、そうした悩みである可能性がずっと高い。

 それこそ、趣味の「本」の話相手が見つからなくて困ってるというのが本命だろう。

 あるいは、ストーカーの件でトラウマを抱えているのかもしれない。

 いずれにせよ、俺には関係のない話だ。


『気にならないの?』


 あまりにも自然なはずのその質問に、俺は答えることができなかった。

 気になる? 気になるってなんだ?

 七瀬が今なにを考えているのかについて、全く気にならないといえば嘘になる。

 しかし、積極的に知りたいかといえば、そちらもまた嘘だ。

 正直に言えば、俺は七瀬の考えがわからなくたって構わない。

 俺に求められている役割は、あくまで七瀬が安心して元の生活に戻るための保険であって、七瀬が何を考えていようが関係ない。

 せいぜい七瀬に親しい男子ができるか、一足飛びで彼氏ができるかまでの繋ぎの安心毛布。

 本当の意味で肌に合うものが見つかるまで、ゴミに出される寸前のボロ毛布が押し入れから見守ってるという、ただそれだけのこと。

 そのように長考していると、こちらの番が終わっていないというのに、瀬戸から追加の紙ボールが投げ込まれてきた。


『聞いてみよっか?』


 困ったな。「気になるか?」と「聞いてみるか?」はだいぶ違う。

 返答の難易度は下がりに下がり、たった一言で目的が達成されてしまう。

 その容易さは出来心を引き連れて、抑えていた欲望をあっという間に引きずり出してしまいがちだ。

 それは、俺も例外ではなかった。


『頼む』


 最初から最後まで瀬戸のコミュニケーション能力におんぶにだっこなまま、俺は最後の紙を投げ返した。

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