今話
「そろそろ喧嘩の話、しちゃう?」
「ははは、いいよ」
「桜井くんって、本当にいじわるだったよね」
「ごめんごめん」
「桜井くんに、肩を触ってもらえたの、嬉しかったよ」
「カーディガン、まだ持っててくれたのも嬉しかった」
「でも、受け取ったらもう終わっちゃうのかと思って」
「焦っちゃったなあ」
「そうだったんだ」
「桜井くん、どうして、自分のカーディガン持ってきたの?」
「え、そりゃ持ってくるだろ」
「持ってこなければ、一緒のカーディガンで温め合えたのに」
「カップルみたいだな」
「だって、したかったんだもん」
「桜井くんに触れたかったから、手を繋ごうとしたんだし」
「友達だと思ってるって言ったのに、友達じゃないって言われちゃうし」
「ストーカーが嘘だって正直に話したのに、友達になってくれないし」
「ひどいよね。桜井くんのためなら全部諦めちゃってもよかったのに」
「紗花って、重いんだな」
「やっと気づいた?」
「うん」
「結構自覚あったんだよ?」
「そうなんだ」
「桜井くんが怒ってくれて、嬉しかったな」
「おかしくない?」
「おかしくないよ」
「え、なんで?」
「だって、ようやく私の方を向いてくれたでしょ?」
「まあ、そうかも」
「目と目も、合ったしね」
「目と目が合うとさ」
「うん」
「気持ちって、伝わるものなのか?」
「うーん、わかんないなあ」
「そっか」
「でも、桜井くんの目を見てると」
「なんだか、この世界に二人だけしかいないみたいだった」
「だけど、最後のは効いたなぁ」
「あー」
「いじめられてた奴に優しくしてやってるな」
「モノマネしないでよ」
「あはは。だって、毎日思い出しちゃったもん」
「ごめん」
「これだけは、許してあーげない」
「わかった」
「桜井くんと喧嘩して、帰ってからさ」
「うん」
「なんだかぐわああぐわああって、頭がパニックになっちゃって」
「うん」
「髪の毛、自分でバッサリ切っちゃった」
「ごめんね」
「どうして、謝るんだ?」
「桜井くんのための、髪だったから」
「そういうの、よくわからないな」
「いいよ」
「わからないままで、いて欲しい」
「私、一週間、休んでたでしょ?」
「うん」
「心配、してくれた?」
「心配した」
「嬉しい」
「髪の毛切ったらね、やっぱり、お母さんとお父さんに心配されちゃって」
「念のため休みなさいって、言われちゃった」
「そっか」
「でも、休んで正解だったかも」
「なんにも手につかなかったし」
「毎日桜井くんのこと考えて」
「毎日、第二ボタンを眺めて」
「毎日、スマホをチェックしてたよ」
「どうして?」
「桜井くんに、またブロックされちゃうかなって」
「ああ」
「されなかったけどね」
「でも、一日に百回は確認しちゃったかな」
「夜になるたびに、なんだかすごく寂しくって」
「桜井くんのカーディガン、抱いて寝てたの」
「ははは」
「なーに?」
「いや、女の子もそんなことするんだなと思って」
「そりゃあするよー」
「そうなんだ」
「つい最近、俺もしてた」
「金曜日の夕方になったら、ちょっと落ち着いてさ」
「少し、外の空気を吸おうと思ったんだ」
「そうだったのか」
「それで、スマホを眺めながら」
「桜井くん、あの約束覚えてくれてるかなって、思ったの」
「覚えてたよ」
「嬉しかったな」
「用もないのに使ったら、やっぱり怒られちゃうかなと思って」
「送信ボタンが、どうしても押せなかったんだよね」
「そこに、たまたま村上くんが来て」
「桜井くん、やめたほうがいいんじゃないかって言うからさ」
「なんか、カチンときちゃった」
「なんでだよ」
「だって、憧れの人を馬鹿にされたら、悔しいでしょ?」
「そうなのか」
「そうなの」
「私にとっては、憧れの人だったの」
「それでね。わーわー怒ってたら、ボタン押しちゃってた」
「送信ボタンのこと?」
「そう」
「走って、すぐに駆けつけてくれたよね」
「まあな」
「びっくりして腰抜けちゃってたから、ちょっと恥ずかしかったかも」
「俺が引っ張りあげても、すぐに動かなかったしな」
「ああ、あれは」
「桜井くんの手の感触に、浸ってたんだ」
「桜井くん、警察に行ったでしょ?」
「うん」
「お話、聞かれたよね?」
「うん」
「私も聞かれたんだ」
「そりゃあな」
「でも、早く終わった」
「だけど、桜井くんにもう一度会いたくて」
「お父さんの車の中で、待ってたの」
「桜井くん、お腹空いてるかもなと思って」
「コンビニで、おにぎりとお茶を買ってきてね」
「そうだったんだ」
「でも、気づかず帰ろうとしちゃうんだもんなー」
「いや、気づかないって」
「ほんと、鈍感だよね」
「そうか?」
「そうだよ」
「だから、雪玉、投げてみた」
「桜井くん、怒らなかったね」
「まあ、怒るほどのことじゃないしな」
「そういう優しいところ、好きだったよ」
「一番安全な場所って、言ったでしょ?」
「言ってたね」
「桜井くんの隣が、私にとって一番安全な場所だったんだ」
「どうして?」
「だって、近くにいると安心できるから」
「困ったら、いつだって助けてくれるしね」
「公園でね。話しかける勇気がなくて」
「滑り台、何回も滑っちゃった」
「そうなんだ」
「桜井くん、私のお家に電話してたでしょ?」
「え、なんでわかったの?」
「話し方でわかるよ」
「そうなんだ」
「桜井くんなら、そうしてくれるかなって思ってたし」
「やっぱり、桜井くんは変わってなかったね」
「それで、ちょっと勇気出て、話しかけてみた」
「そのあとすぐに、無言でおにぎり食べてたけどな」
「あれ、どうしてツナマヨと緑茶を選んだと思う?」
「え、なんで?」
「半分ぐらい、桜井くんに嫌がらせしたかったから」
「ははは」
「俺がツナマヨとほうじ茶好きなの、知ってたんだ?」
「当たり前だよ」
「だから、買ったんだしね」
「本当はゆっくり話そうと思ってたんだけどね」
「桜井くん、食べるの早すぎだよ」
「紗花が遅いんだよ」
「えー、そうかなあ」
「早く食べたら、一緒にいる時間も減っちゃうでしょ?」
「そうなんだ」
「そうなの」
「だから、いつもゆっくり食べてたの」
「もう、私がカーディガン返そうとした理由、わかるよね?」
「うん」
「じゃあ、言って欲しいな」
「俺に、忘れて欲しくなかったから」
「ぴんぽーん」
「ははは」
「正解です。六十点」
「あとは、返してもらうのを口実にしてまた会えるかなって、思ってた」
「でも、桜井くんの背中がね」
「なんだか、すごく遠くに行っちゃうように、見えたんだ」
「だから、今しかないのかな、明日からじゃもう無理かもなって、思った」
「そっか」
「それで、告白したの」
「上手く、いかなかったけどね」
「ごめん」
「いいよ、もう」
「桜井くんのこと、誰よりも知ることができて、嬉しかったし」
「ストーカーになるって言葉の意味、わかってくれた?」
「俺の呪いを解くってこと?」
「うーん、ちょっと抽象的かなあ」
「そっか」
「桜井くんが、誰かに愛されるような素敵な人なんだって、わかって欲しかったんだ」
「ものわかり、悪かったけどな」
「ふふ。そうだね」
「やっぱり桜井くんは鈍感だったよね」
「あんなに私がアピールしてたのに、わかってくれないんだもん」
「学園に戻ったらさ」
「うん」
「なんか、思ったよりも大きな事件と思われちゃってたみたいで」
「そうだな」
「これは神様が与えてくれたチャンスなんだなって、思ったの」
「どうして?」
「だって、気にしてますってフリをしたら、配慮してもらえそうじゃない?」
「ひどいやつだな」
「そうなの。ひどいやつなの」
「それで、桜井くんのクラスに入れてもらったの」
「後ろの席になれたのは、ラッキーだったね」
「毎日、桜井くんのこと、好きなだけ見れたから」
「そのせいで、成績、落ちちゃったけど」
「そういうことだったのか」
「なにが?」
「いや、夏休みの宿題を聞いてきたからさ」
「ああ、あれはね」
「わざと、やらなかったの」
「桜井くんに、頼りたくて」
「なんとか桜井くんの呪いを解こうと思ったんだけどね」
「ありがとう」
「でも、やっぱり桜井くんと一緒にいられるのが嬉しくて、わがままばっかりしちゃったな」
「いいよ、別に」
「ありがとう」
「そういうところが、好きだったの」
「毎日、お弁当を食べてくれてありがとう」
「毎日、送り迎えをしてくれてありがとう」
「毎日、通話に付き合ってくれてありがとう」
「私、ちょっとウザかったでしょ?」
「まあ、否定はしないかな」
「ふふ。ひどいなー」
「でも、自覚あるだろ?」
「もちろん、あるよ」
「それでも、桜井くんといっぱいお話したかったんだ」
「桜井くんが、私の彼氏だって言われてた時、あったよね?」
「あったね」
「あれ、嬉しかったな」
「そっか」
「でも、桜井くんは迷惑だったでしょ?」
「まあ、少しはね」
「だから、あれを既成事実にしちゃうのは、抵抗あってね」
「それでも、やっぱり嬉しかったから、否定しなかったの」
「でも、告白された時に否定してたんじゃなかったのか?」
「ああ、あれはただの噂だよ?」
「え、そうだったんだ」
「そうだよ」
「すっごく嬉しいのに、わざわざ否定するわけないもんね」
「桜井くんに、彼女ができても困るしね」
「怖いなあ、紗花は」
「ふふ。手段は選んでられませんからね」
「だって、せっかくの初恋なんだし」
「愛美ちゃんと、お昼に一緒に食べてたこと、あったでしょ」
「あった」
「あの時ね、お弁当がいらないのはわかってたけどさ」
「まさか、一緒に食べられないなんて、思わなかったな」
「ごめん」
「愛美ちゃん、すぐに謝ってくれたけどね」
「でも、仲間外れにされたから嫌だったわけじゃないんだよ?」
「そういえば、そんなこと言ってたね」
「うん」
「一度でも一緒にいられなかったら、桜井くんが遠くに行っちゃいそうで」
「私なんかのこと、忘れちゃいそうで、怖かったんだ」
「そんなこと、ないんだけどな」
「よく言うよね」
「ずっとずっと、私の気持ちに気づいてくれなかったくせに」
「ごめん」
「いいよ、もう」
「こうして今、聞いてくれてるだけで、いいの」
「桜井くんが謝ってくれて」
「桜井くんは、まだ私のこと意識してくれてるんだって、嬉しくなったんだ」
「そっか」
「だからね、スタンプ送ったの」
「あのスタンプ、結局なんだったんだ?」
「あれはね」
「告白用のスタンプだったんだ」
「え、そんなのあるのか」
「反応してくれないから、恥ずかしくてすぐ誤魔化しちゃったけどね」
「そうだったんだ」
「ふふ。桜井くん、ほんとこういうの鈍いよね」
「可愛いなって送られてきた時、自分に言われたのかと思ってドキッとしちゃった」
「愛美ちゃんと、一緒にお出かけしてたこと、あったよね?」
「あった」
「それで、たまたま会っちゃってさ」
「愛美ちゃんはなんだか、私に気を遣ってくれてたみたいだけど」
「別にいいんだけどなって、思ってた」
「桜井くんが私のことを覚えててくれてるのは、もうわかってたしね」
「そっか」
「でも、ちょっとあったのは」
「桜井くんのことは私が一番よくわかってるもんなって、思ってたよ」
「あとで、みんなから聞いたんだけど」
「桜井くん、変な噂を気にしてたんだよね?」
「そうだね」
「ごめんね」
「どうして?」
「だって全部、私が桜井くんを好きなせいだったから」
「また桜井くんと友達になりたくて」
「また桜井くんと一緒に遊びたくて」
「また桜井くんとお話しをしたくて」
「桜井くんとお付き合いしたかった」
「そのせいで、色々とこじれちゃったよね」
「だから、悪いことしたなぁって、あとからすごく思ったんだ」
「気にしなくてもいいのに」
「どうして?」
「だって、元はと言えば俺が紗花の気持ちに気づけなかったせいだから」
「ふふ」
「そういうところ、ほんとにズルいと思うな」
「桜井くんが、愛美ちゃんと喧嘩してさ」
「学園、サボっちゃったでしょ?」
「そんなつもり、なかったんだけどな」
「ふふ」
「これはチャンスだなって思ったの」
「なんの?」
「合鍵で、桜井くんの家に行けるなって」
「ああ」
「そのまま同棲でもしちゃおっかなって思ってたんだけどね」
「でも、桜井くんは優しかったから、できなかったね」
「さすがにな」
「私は、よかったんだけどね」
「いっそ何か起こっちゃえばいいのにって、思ってた」
「着替えを持っていったのも、お風呂に入ったのも、狙ってたんだけどなあ」
「そうだったのか」
「ベッドで隣に座ったのもそうだよ?」
「まあ、ちょっと危なかった」
「え、本当に?」
「うん」
「そっか」
「なんか、すごく嬉しいかも」
「でも、やっぱり桜井くんは鈍感だったよね」
「そうらしい」
「カーディガンにも気づいてくれないし」
「第二ボタンも、気づいてくれなかったよね」
「宝物って、なんだったんだ?」
「ふふ。あれはね」
「桜井くんにフラれちゃっても、良い思い出にしたかったんだ」
「桜井くんが、やっと紗花って呼んでくれたの、すごく嬉しかったな」
「ごめん」
「ふふ。これも許してあーげない」
「そっか」
「あとね」
「名前で呼べば私が言うこと聞くって、やっぱり思ってたの?」
「いや、思ってなかった」
「そうなんだ」
「結構気にしてたのに、なんだかすごく損しちゃった気分だなぁ」
「ごめん」
「いいよ、もう」
「たくさん呼んでもらえて嬉しかったのには、変わりないしね」
「だから、私もちょっと調子に乗っちゃってね」
「桜井くんのこと、はじめて名前で呼んじゃった」
「友一って?」
「うん」
「桜井くん、やっぱり自分の名前、嫌いなの?」
「まあ、そうだな」
「どうして?」
「だって、友達を一番にって書くだろ?」
「うん」
「俺って、すぐ友達と喧嘩しちゃうからさ」
「なんだか、真逆の名前だなって」
「そんなことないよ」
「そうかな」
「うん」
「だって、いつも私のこと、優先してくれてたもんね」
「嬉しかったよ。いつも」
「いつも見てくれて」
「いつも助けてくれて」
「いつも気にかけてくれて」
「だから、桜井くんの、本当の一番になりたかったな」
「本当の一番って?」
「えー。わからないの?」
「恋人ってこと」
「あ、でもそしたら恋一になっちゃうかな」
「ははは」
「でも、意外と悪くないかもね」
「桜井くんは、桜井くんだしね」
「うん」
「私は、私だし」
「うん」
「何も変わらないよ。名前ぐらいじゃ」
「そっか」
「ありがとう」
「うん」
「さすがの桜井くんも、抱き着けばいけるかなって思ったんだけどなー」
「なにがだよ」
「桜井くん、全然反応してくれないんだもんね」
「ちょっと、自信なくなっちゃった」
「実はさ」
「うん」
「ちょっと、危なかった」
「え、本当に?」
「本当に」
「紗花からなんだか良い匂いがしてさ」
「でも、よくないことだから」
「頑張って、耐えてたんだ」
「そうだったんだ」
「惜しかったな~」
「なにがだよ」
「あと三分ぐらい粘ってればよかったかも」
「まあ、それは本当に危なかったかもしれない」
「私もね」
「桜井くん、なんか良い匂いするなって思ってたんだ」




