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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
最終巻
53/67

上着


 婦人服の店というのはわりと数多いもので、前に瀬戸と来たのとは別の店に俺は連れ込まれてしまっていた。

 そして、これまた試着室の目の前のソファに座らされている。そのせいで、やっぱり三回ぐらいは店員に話しかけられる羽目になった。

 彼氏さんですか? じゃねーんだよ。そんなわけあるかよ。こっちは保護者みたいなもんだっての。

 せめてお兄さんですか、とかにしてくれ。本当にそうであってくれたら何よりも良かったけど。


「あの…………」


 試着室のカーテンが内側から開けられて、商品を試着した紗花が出てくる。

 とりあえずでさっさと決めればいいのに、女子というのは本当に面倒なもので、こんな時ですらピッタリなものを探したいらしい。

 そのせいで、さっきから十回は試着に付き合わされている気がする。

 いや、本当は十回目ぐらいから数えるのを諦めたので、二十回かもしれないし三十回かもしれない。

 五感と心をボロボロにされて気分が悪いので、さっさと終わって欲しいという気持ちしかない。


「どう、でしょうか……」


 紗花が着ているのは、まあ普通のトレンチコート。

 似合ってるかどうかなんて、俺にはよくわからない。

 ただまあ、彼氏ができると女性の趣味は変わるんだなとは思った。

 前はカーディガンをよく着ていたのに、今じゃ大人びたトレンチコートだもんな。

 いいんじゃねーの。お似合いでしょ、浜田と。


「まあいいんじゃないですか」


 どうでもいい。さっさと決めてくれ。

 もうあまり見る気もしない。


「……じゃあ、別のにする」

「はあ?」


 めんどくせーわがまま姫だなこいつは。

 彼氏でもない男を散々くだらない買い物に付き合わせてちょっとは申し訳ないと思わないわけ?

 振り回すなら彼氏にしろよ彼氏に。俺はお前の彼氏じゃないし親でもねーっての。


「わかったわかった」

「…………」

「可愛い。似合ってる」

「……えへへ」


 とりあえずの瀬戸直伝テンプレートトークで、紗花は何故か喜んでくれる。

 その表情を見ながら、自分にはここまでしか見せてくれないけど、浜田にはもっと色んな表情を見せてるんだよなぁと思うと、やっぱり嫌な気分になった。

 こんな言葉、浜田にたくさん言われてんだろうなぁ。

 言われるの当たり前になってんだろうなぁ、もはや。

 はぁ。

 最悪。最悪だ。最悪の気分。早く帰りたい。


「じゃあ、これにしようかな」

「はいはい」


 ああ、もしかして彼氏へのサプライズか?

 だったら納得いくな。あれだろ、瀬戸と同じで「男の意見が聞きたい」ってやつだろ。

 はいはい。さっさと買えよ。俺はゲームで忙しいんだ。


「…………」

「…………」

「これに、しようかな」

「…………」

「これに……しようかな……」

「え、なに?」

「これ、買おうと思うんだけど」

「あっそ。さっさと買えば?」

「……立たないの?」

「なんで?」

「いや……だって、レジに……」

「行けばいいじゃねーか。一人で」

「……いなくならないよね?」

「はあ?」

「私が買物してる間に、いなくならないよね?」

「なんでわざわざそんなことするんだよ」

「……約束してくれないと、レジに行かないから」

「なに言ってんだ。めんどくせーな、お前」

「…………」

「…………」

「…………」

「……あー」

「…………」

「わかったわかった。待ってればいいんだろ?」

「……うん! じゃあ、行ってくるから」

「はぁ……」


 俺を都合の良い安全基地か何かだと思ってんのか? めんどくせーやつ。

 束縛するなら彼氏の浜田にしとけよ。あいつ、よくこんな奴と付き合ってられるな。

 ああ……もしかして、俺を利用してるだけなのか? 危ねぇ。ほんのわずかに勘違いしそうだった。

 まあ、この隙に帰ろうと思ってたのは本当なんだけど。


「ん……」


 新しいスマホが鳴る。村上からのメールだった。

 頭の良い村上にしては意外なことに、「ごめん」としか書いてなかった。

 もっと語彙力を総動員して言い訳してくれれば、その粗を突いて憂さ晴らしできたんだけどな。


「はぁ……」


 まあ、そうだな。もういいよ。

 どうせ村上と瀬戸は良かれと思ってやってるんだろうっていうのは、わかってるし。

 二人を恨んだってしょうがない。もう紗花とは再会してしまったわけで。

 何より、どうせこんな無期懲役を食らってるのも、紗花をないがしろにし続けた俺のせいだもんな。

 いいよ。受けるよ。ただまあ、今日っきりにして欲しい。

 さすがに間違いだらけの人生だけど、俺だって学習する。

 もう二度と、誰のお誘いにも乗らないことにするからさ。


「あの…………」

「え……なに?」

「買ってきた……よ……?」

「ああ、そう……」


 なんでこいつはわざわざ隣に座ってくるんだよ。

 あとは帰るだけだろ。座る必要なんてないだろ。

 やめてくれよ。喧嘩した日しか思い出せねぇよ。

 何もかも取り返しがつかないってことしか感じられねーんだからさ。

 俺をいじめて遊んでんのか? 最悪だな、お前。


「あの、その…………」

「なに? さっさと言えよ」

「あー……」

「…………」

「…………」

「……お食事」

「……は?」

「お食事に、しませんか?」

「はぁ」


 スマホをよく見ると、確かに時間は昼飯時になっていた。

 最悪だ。適当に理由をつけて一時間ぐらいでさっさと帰りたかったのに、こいつが試着に手間取ったせいで二時間経ってる。

 これがデートだったら、男は好きな女に振り回されて嬉しいんだろうけどな。

 俺は全く嬉しくないんだよ。男になんか生まれなきゃ良かったわ。


「で、どこ?」

「え…………」

「どこだよ」

「……いい、の?」

「何言ってんだお前。自分で言ったんだろ」

「……それは……そうだけど……」

「さっさと案内してくれ」

「うん! じゃあ――」


 空腹に耐えかねていた俺は、これで最後にしようと思って紗花の申し出に応じる。

 俺に向けられた紗花の笑顔はやっぱり可愛く感じられてしまって、自分が惨めなことを再確認させられた。



 ああ。浜田が羨ましいなぁ。


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