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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第二巻
40/67

静謐


「お、きたきた」


 婦人服の店で目と鼻と耳と心を償却した俺は、そのまま料理店に連れ込まれていた。

 たくさんある定食屋やチェーン店ではなく、それなりに見た目の良いイタリア料理店だ。

 昔に読んだエッセイが頭をチラつき、あそこに書いてあったようにメニューを開いた時点でそのあまりの価格設定に自分は絶句してしまうのではないかと思ったが、意外にもそんなことはなかった。

 冷静に考えてみれば、瀬戸はそんなに金持ち風ではないし、ここでそんな無茶ぶりをしてくるほどに気遣いのできない奴じゃない。

 とはいえ、奢らされるぐらいはあるかもしれない。


「はい、桜井の分」

「ありがとう」


 瀬戸が店員から料理を直接受け取り、俺の前まで寄せてくれる。

 何の変哲もないトマトソースのパスタ。名前は……何だったかな。

 どれもこれも不思議な語感だったから、よく覚えていない。


「桜井ってさ」

「うん」

「意外と子どもっぽいの頼むんだね」

「そうか?」


 そう言う瀬戸の手元には、クリームソースのパスタがある。

 どうやら瀬戸の中では、同じパスタでもクリームソースの方がトマトソースより大人っぽいという認識らしい。

 まあ、確かにクリームソースの方がちょっとお洒落な感じがあるかもな。


「ごめん、怒った?」

「いや、別に」


 子どもっぽいと言われようが、トマトソースが嫌いになるわけでもなければ、クリームソースが憎くなるわけでもない。

 単に、幼少期から蓄積してきた食生活の基本として、「パスタはトマトソース」という刷り込みがあるだけだ。

 そこには何のプライドもなく、張り合ったり怒ったりする必要性も感じられない。


「トマトソースだと口の周りについた時に恥ずかしくない?」

「そうかもな」


 別についたところで拭けばいいだけだし、口を大きめに開ければいいだけだし、俺としては気にならない。

 でも、女子は口を大きく開けて歯を剥き出しにするのは恥ずかしいかもしれないな。

 だから、とりあえず否定したり異論を当てることもなく、話を合わせておく。


「このあいだ紗花とも来たんだけどさ」

「この店?」

「そうそう」


 七瀬と瀬戸が一緒に出かけて食事をするほどの仲になっていることに、思わず微笑ましくなってくる。

 俺としてはそんなに悪くない味だと思っているが、調理ができる七瀬や瀬戸としては、この店の評価はどうなんだろうか。

 まあ、俺はすぐにカップラーメンやコンビニ飯で済ませてしまうぐらいには、自分が貧乏舌なのを自覚しているから。


「それでさ。紗花もトマトソース頼んでたんだよね」

「へぇ」


 確かに、二年ぐらい前に二人でレストランに入った時はそんなものを頼んでいた気がする。

 特に興味がなかったので、言われるまで思い出すこともなかった。

 今思い出したところで、特に興味が惹かれる話題でもない。


「あんまり口開けないもんだから、口の周りにたくさんついちゃっててさ」

「そうなんだ」

「言ったら、すっごい恥ずかしがるもんだから爆笑しちゃった」


 瀬戸が思い出し笑いするものだから、つられて俺も少し笑ってしまう。

 思い出せば、七瀬は俺と食べてる時もさながら小動物のように小さな口で咀嚼していた気がしなくもない。


「子どもみたいだねってからかったら、桜井くんには言わないでーって言うんだよね」

「それで、どうして今俺に言ってるんだよ」

「あはは」

「酷い奴だな」


 まあ、友達同士のやらかしなんてこんなもんだろう。

 言わないでくれと言ったところで勝手に伝達していって、気づいた頃には周りからイジられるネタになってしまう。

 もしかしたら、七瀬は二度とパスタを食べられないかもしれない。

 まあでも、俺と外食をする機会なんてないだろうから、関係ないか。

 そもそも、友達ですらない。


「桜井は食べないの?」

「え……」


 食べてるんだけど、と言おうとして、瀬戸の手元にある二等辺三角形の物体を視認し、その言葉の意味が理解できた。

 瀬戸は、自分のパスタとは別にピザを注文していた。

 よく食べる奴だなと思っていたけれど、あれは俺とシェアするつもりだったらしい。

 もしかしたら、一切れ二切れ食べたいだけで、残りを俺に押し付けるつもりなのかも。


「じゃあ、もらうわ」

「うん」


 瀬戸の勧めに従い、俺はピザを指で挟み取る。

 オーソドックスなマルゲリータ。何故名前を知っているのかといえば、たまの贅沢で宅配ピザを注文することがあるからだ。

 そんな贅沢の先端を、口の中に運んでいく。


「美味しい?」

「美味いな」


 ピザというものは、よっぽど奇抜なものでなければ大体美味い。

 だから、正直に言えばこんなやり取りに本質的意味は存在しないな、と思ったりもする。

 ただのコミュニケーションだ。


「次は桜井の番だよ」

「……は?」

「何か話してよ」


 何か話して、というフリほど困るものはない。

 あまりに大雑把すぎて頭の中で次の情報が連想できないし、ずっと聞き役だったから発話回路が全く暖まってない。

 だから、うめき声をあげることしかできそうにない。


「うーん…………」

「なんかないの?」

「…………そうだな、この間の英語の小テストだけど」

「あーっ! あーっ!」


 瀬戸は両手で耳を抑えるフリをして、唸り声をあげて俺の発話を妨害してきた。

 学生らしく、とりあえず勉強のネタを振って誤魔化そうと思ったが、瀬戸には逆効果だったようだ。

 よりにもよって瀬戸の苦手な英語だからな。そりゃあそうか。


「こんな時にフツー勉強の話する?」

「他にネタが思いつかなかったからな」

「はぁー」


 瀬戸が深いため息を吐く。

 いざ相手にため息を吐かれると結構困るもんなんだなと思ったので、これからは少し気を付けてみようと思った。

 とはいえ、振り回され続ける日常において、ため息を吐かない自信はないのだけれど。


「もうちょっとプライベートな話、してよ」

「そんなこと言われてもな……」

「あるでしょ? 一つや二つは」

「うーん……」


 当然のように言われるが、俺は勉強とゲームと通話とメッセージのやり取り以外、ろくに何もやっていない。

 滝川や村上、瀬戸は友達だと思うけど、普段から外で遊ぶわけでもないし。

 三人みたいにドラマを見るわけでもなければ、ファッションに興味があるわけでもない。

 静謐が好きだから、今の生活に不満があるということもない。

 だから、さも非日常的な出来事があるでしょとばかりに導火線を引かれても、着火することができない。


「あー、じゃあもういいからさ」


 なかなか返せない俺に対して業を煮やしたように、瀬戸が自分の髪の毛先を少し弄った。


「紗花の話なら、できるでしょ? 何かないの?」

「えぇ?」


 急にそんなことを言われてもなぁ。何かあったっけか。

 お互い本を読んだり勉強したりした記憶しかほとんどないぞ。

 じゃあ、とりあえずそれでいいか。


「七瀬は恋愛小説が好きだ」

「それは知ってる」

「数学が苦手だ」

「それも知ってる」

「家庭科が得意なのも予想つくよな?」

「うん」

「…………じゃあ、もうないな……」

「いやいや」


 思いつく限りの弾を撃ち尽くして諦めてしまったところで、瀬戸が静止してくる。


「だから、もっとプライベートな話」

「……はぁ?」

「なんかないの?」


 急にそんなこと言われてもなぁ。何かあったっけか。

 だから、お互い本を読んだり勉強したりした記憶しかないんだって。


「何かあるでしょ? 何か」

「いや、特には」

「えー、それだとおかしいって」

「なんで?」


 瀬戸がなかなか納得してくれない理由がわからず、ただ質問することしかできない。

 そんな俺の質問を保留したまま、瀬戸は二切れ目のピザを平らげてしまう。


「何もないなら、なんで紗花はあんなに桜井に懐いてるの?」

「懐いてる……?」


 まるで動物のような表現に、思わず笑ってしまう。

 まあ、食事してる時の姿は小動物か草食動物みたいだなとは思ったけど。


「懐いてるでしょ?」

「そうなのか?」

「え、好き好きーってオーラ出てるじゃん」

「いや、だからそれがわからないんだって」

「うわあ」


 また引かれてしまった。でも、わからないもんはしょうがない。

 俺は、出会った時から今まで、七瀬があまり変化していないように見えてるからな。


「あれはもう懐いてるっていうか依存してるレベルだよ?」

「はあ?」

「いやいや、ホントだって」


 そんなこと言われてもな。思い当ろうとすれば、その節を見つけられなくもないけれど、瀬戸と同じ結論には達せそうにない。

 一番古い友達だったから変にこだわっているだけで、別に俺なんかがいなくたって上手くやると思う。

 実際に、元は俺の一方的な約束だったかもしれないけど、一年生の頃は俺と関わらなくとも上手くやっていたわけで。

 依存とか、そんな大層な言葉を使うほどに、七瀬の人生に俺の存在が必要とは思えない。


「おっかしいなー。絶対何かあるはずだと思うんだけど」

「前からそれ言ってるよな」

「前から?」

「いや、俺と七瀬に何かあるだとか付き合ってるとか言ってただろ」

「あー」


 春先の頃のことだが、さすがに俺も覚えてる。

 瀬戸は、俺と七瀬の関係を最初から勘ぐっていた。

 むしろ、七瀬を無視しようとした俺を瀬戸が強引に止めたせいで、こんなことになっている気さえする。

 瀬戸もきちんと覚えがあるようで、思い当たる節を頭の中で探しているようだ。


「だって、そう見えたからなぁ」

「どこがだよ」


 村上にも似たようなことを言われたが、外から俺と七瀬がどう見えるかなんてものは、渦中の俺にはさっぱりわからない。

 まあ、「何かある」というのは真実なんだけど。それにしたって一、二回ほど目が合っただけで、会話もしていないのにそんなことわかるものなんだろうか。

 でも、「付き合ってる」の方は間違いだったしな。精度は五〇パーセントってところか。


「紗花って、あれで何でも卒なくこなすんだよね」

「……えぇ?」

「ほんとほんと」


 あんなにどんくさいのに? 卒なく? 何でも?


「いつも愛想良くて笑顔だし。そりゃあモテるってもんよ」

「そうか」

「でも、桜井の前ではすぐ泣きそうになるじゃん」


 実際に、今も昔も俺の中では七瀬の基本イメージは泣き顔になっている。

 だから、いつも笑顔とか言われても、さっぱりイメージが湧いてこない。

 わけのわからないことだってしてくるから、愛想が良いというのも実感がない。


「一年の頃は、周りに勉強教えてたんだよ?」

「……マジで?」

「マジだって。数学も教えてたらしいよ」

「嘘だろ……」


 こればかりはさすがに信じられない。じゃあなんで夏休みの宿題で俺に泣きついてきたんだよ。

 二年になってから急にやる気なくしたのか? 極端すぎるだろ。

 再来年には大学受験もあるんだから、もうちょっとしっかりした方がいいと思う。

 いや……受験するとは限らないのか。もしかしたら就職組かもしれない。

 まあ、それは七瀬の人生選択であって、俺には関係のないことだ。

 知る必要はないし、興味もない。


「桜井と話すようになってから、紗花はダメになっちゃったんだよなー」

「…………おかしいな」

「え、何が?」

「いや、こっちの話」


 むしろ俺が背中を押して七瀬が学園デビューしたんだから逆なんだけど、と思うものの、話が無駄に発展して面倒なことになりそうだから言うことはない。

 ひとまずは、外からどう見えているのかがわかったので、収穫はあった。

 客観的には、やはり俺は七瀬を邪魔する悪い虫ということらしい。


「あ、桜井」


 ちょうどトマトソーススパゲッティを食べ終わったところで、瀬戸もクリームソーススパゲッティを食べ終わっていたようだ。

 そして、瀬戸は半分以上残ったピザを指で示す。


「残りよろしく」

「そんなことだろうと思った」


 瀬戸は、俺の胃による償却をお望みらしい。

 これこそ滝川に頼んで欲しいが、とりあえず頑張ってみるとしよう。


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