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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第一巻
4/67

趣味


 学園が終わって自室に戻った俺は、一日の終わりを感じながら、真っ先にシャワーを浴びた。

 今日は、七瀬に振り回されてすごく気疲れした。しかも七瀬に悪意がないのが悪質だ。

 七瀬は、昔からどうも人目に対して鈍感なところがある。

 わかってはいたが、こうなってしまうとは思わなかった。

 一年の頃はお互い上手く不干渉を貫けていたのに、一体急にどうしてこうなってしまったのか。

 俺と七瀬の付き合いはなんだかんだ一年程度のものだから、さっぱりわからない。

 そうした気持ちを一旦全部洗い流し、風呂場を出る。

 そして、あーなんか嫌な予感がするなぁと思いながら、自室に戻った。

 すると案の定、俺のスマホは机の上から床に墜落していた。


「……あー、はいはい」


 慣れた手つきでスマホを拾い上げる。

 なんせこの光景は昔に何度か見たことがあるからだ。原因は見当がついている。

 大量の通知を無視し、つい今日七瀬専用ではなくなったアプリを押す。

 そこに乱舞する「もう帰ってる頃だよね?」「かけていい?」「ねぇ」「返事してよ」「無視しないで」「かけるよ」といったメッセージを無視し、通話開始ボタンを押す。

 そしてわずか2コールで相手――七瀬は通話に出た。


『桜井くん! おかえり!』


 絶対に「大量の通知の振動で俺のスマホを破壊する気か」と文句を言ってやろうと思ってたのに、こんなに明るい声を聞いたら、そんな気持ちも霧散してしまった。

 何より、そんな自分自身が笑えてしまって、どうにもネガティブな言葉が口をついて出てこない。


「ははは。おかえりってなんだよ」

『え? 放課後に通話する時はいつもおかえりだったよね?』

「あれ、そうだっけ?」

『そうだよー…………まだ?』

「何が?」


 とっさに疑問を口に出してから、すぐに気づく。


「あー、なるほど」

『まだかなー』

「……おかえり、七瀬さん」


 自分で思ったよりは、ずっとするりとその言葉は喉を通って出てきた。

 イマイチ記憶にはないが、本当に馴染みの挨拶だったらしい。


『うーん、40点』

「なんの採点だよ」

『七瀬さんじゃなくて紗花だったら100点だったんだけどなー』

「点数配分おかしいだろ」

『あはは』


 なんだか笑えてきてしまって、懐かしい気分だ。

 でも、昔はこんな漫才みたいなやり取りなんてしていなかった。

 お互いにだらだらと話しているだけだった。話の内容よりも、話すことに意味があった。

 お互い、変わってしまった。お互い、話が上手くなった。

 そして、一緒に遊ぶことももうない。


『ねぇ、桜井くん』

「なに?」

『今でも本読んでる?』

「あー」


 俺たちはどこか気恥ずかしくて「本」と言っているが、ようはライトノベルのことだ。

 純文学も読めないことはないが、俺と七瀬はどちらも得意ではない。

 これが俺たちの共通の趣味。

 俺はファンタジー要素が、七瀬は物語内の恋愛要素がそれぞれ好きで、たまたまお互いの趣味を知って意気投合した。


「読んでるよ。勉強もあるから、昔ほどじゃないけどな」

『そうなんだ! じゃあ、田中先生の新作は!?」


 ……趣味の話になると本当に楽しそうだな、こいつは。


「読んでないなー。たぶん面白いんだろうけど、田中だからなぁ」

『あはは』

「どうせ風呂敷広げるだけ広げて畳めないでしょっていう」

『そうだね~』


 共通するお気に入りの作者を皮切りに、それからいくつもの話をした。

 なにぶん一年は話していないわけで、話し始めると案外色んな作品が出てくる。

 まさか、七瀬がこんなインドア趣味を今でも持っているとは思っていなかったけれど、趣味の話をするのは相変わらず楽しいもんだ。

 とはいえ、楽しそうでありすぎる七瀬の様子が気がかりではあった。


「――なぁ、七瀬」

『え!? あっ、その、はい』

「お前、ラノベの話をする友達いないのか?」

『それは、その……』

「いないんだな」

『……うん』


 七瀬の挙動がおかしい理由がこれでわかった。

 上手くやってると思ってたが、そんなところにフラストレーションがあるとは思ってもみなかった。


「七瀬が俺にやたら連絡取ろうとした意味がわかったよ」

『え!? うそ、ほんとに?』

「趣味の話する相手が欲しかったんだよな」

『…………うーん、それは、まあ……そうかな……』

「さっきほとんど白状してたようなもんだろ。今さら恥ずかしがるなよ」

『あはは………………はぁ』


 七瀬のため息を聞きながら、俺は考えを巡らせていた。

 七瀬に頼まれたストーカーの件。七瀬が趣味の話ができる友達を探していること。

 そして、七瀬の今の立場を守るためにはどうすればいいか。

 結局のところ、解決方法はシンプルだった。

 でも、これで本当にいいのかは、どうにもわからない。


『まあでも、さん付けがなくなってちょっとは進歩したしね……』

「――なぁ、七瀬」

『ひゃい!?』

「おいおい大丈夫か? 舌噛んだか?」

『だ、大丈夫だから……』

「考えたんだけどさ。七瀬が趣味の友達見つけるまでは俺が話し相手になるよ」

『本当!?』


 七瀬はまた、嬉しそうな声をあげる。


「ああ。だからクラスにはもう来ないでくれ」

『え……』

「瀬戸が勘付いてる。これ以上くると変な噂が流れるかも」

『……私は噂が流れても大丈夫だよ?』

「そこで変な勇気を発揮しないでくれ。それは蛮勇だ」

『それとも……』

「ん?」


 言いよどんでいるのか、かなりの間が空いてから、七瀬は話し出した。


『それとも、瀬戸さんに勘違いされるのが嫌、とか?』

「は? なんでそういう話になるんだ?」

『桜井くんが瀬戸さんのことを好きで、誤解されると困るとか』

「え?」


 俺が瀬戸を好きとか、そんなこと考えたこともなかった。

 そもそも俺は、瀬戸に限らず女子をそういう目で見ていないし、見ようとも思っていない。

 より正確には、そういう目で見ないようにしている。

 トラブルになるのも面倒だから、自分に禁じているわけだ。

 そもそも、俺には永遠に縁のないものだから。


『どう、なの?』

「そりゃないな。そりゃあ他の男子女子はそういうことを考えているのかもしれないけど、俺はそういうのはあんまり」

『そう、なんだ……』

「ああ。だから、さっきのは単に七瀬が心配なだけだ」

『そっか、ありがとう』


 柔らかい息を含みながら、安堵の声が聞こえてくる。

 七瀬の誤解が解けたようで一安心だな。

 昔の七瀬はこんな色恋沙汰を聞いてこなかったのだが、色んな友達に囲まれるうちに、すっかり今風の感性を身に着けてしまったのかもしれない。

 そう考えると、置いていかれたような、物言えぬ寂しさが心の中を吹き抜ける。

 全て自分で選んだこととはいえ、稚拙な心は何も感じなくなってはくれない。


「ああ、ところでさ」

『なに?』

「昼休みってどこで食べてるんだ?」


 今日、七瀬のストーカー問題を考えている時に最初にぶつかったのが、その疑問だった。

 俺は、今の七瀬の活動パターンを一切知らない。

 だから、見守ろうにもどこに行けばいいのかがわからない。


『中庭だねー』

「ああ、中庭か。雰囲気いいよな、うちの中庭」

『そうそう。……桜井くんも一緒に食べる?』

「それじゃあ意味ないだろ。俺は遠くから見てるよ」

『えー』

「というか女子のグループで食べてるんだろ? 俺が入ったら気まずさで胃もたれしそうだ」

『あはは、そうかも』


 深刻に言ったつもりだったんだが、七瀬の笑いのツボはいまいちわからない。

 ふと、部屋の窓に目を向けると、もう夜の帳が降りてきていた。


「そろそろ切らなきゃ」

『えー、もう?』

「七瀬と違って俺は飯の準備をしなきゃいけないからな」

『あ……そっか、ごめん』

「ご配慮助かる。じゃあな」

『うん。また明日、学園で』


 七瀬のわけのわからない挨拶を聞きながら、通話を切る。

 また明日学園でって、もう面と向かって話すこともないだろ。


「あー、眠いわ」


 胃が少しばかりの空腹を訴えてはいるものの、久しぶりの通話で疲れ果てた俺は、ベッドの上でそのまま睡魔に身を委ねることにした。


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