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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第二巻
39/67

服屋

 瀬戸の後を追っていた俺は、街中でも特に一番来たくない場所の、一番いたくないソファに座っていた。

 何の変哲もない婦人服の店なのだが、「婦人服の店」というのが俺にとって困りものなわけだ。


「はぁ……」


 本日四度目の深いため息。

 良くてお茶をするか、悪くてもカラオケに行くぐらいのものだと思っていたのに、まさかこんなところに連れて来られてしまうとは思わなかった。

 婦人服の店なんていうものは、母親か七瀬としか来たことはない。

 いや、正確にはレディースと言ったり女性服と言ったりするんだったか。

 その辺りの定義はよくわからない。とりあえず、俺の中では全部「婦人服の店」ということにしておく。


「お客様ー」


 明らかに男性ではない声と共に、目の前にある試着室のカーテンが開かれる。

 中から出てくるのは、店員さんというわけではなく、商品を試着中の瀬戸だ。

 さっきから十回ぐらい試着に付き合わされている気がするのだけれど、二回目あたりで俺が店員に話しかけられてしまい、それを三回ほどあしらっていると瀬戸が真似し始めてしまった。

 七瀬といい、もしかしたら女子は一度ハマったネタを繰り返す習性があるのかもしれない。

 いや、むしろそれは男子かな。


「どうでしょうか?」

「まあいいんじゃないですか」

「いやいや、いやいや」


 うんざりして流れ作業になりつつある俺の返答を、瀬戸はお気に召さなかったらしい。


「さっき言ったよね?」

「……何を?」

「こういう時はなんて言うんだっけ?」


 遠回しな言い方で今日も社交性を試されてしまうが、さすがにここまでヒントを出されるとわかってくる。

 こんなのは空欄問題ですらなく、本文から関連する一文を書き抜く国語の問題のようなものだな。


「可愛い。似合ってる」

「よし」


 もはや空手の型を繰り出しているようなものなのだが、それでも瀬戸は満足してくれたらしい。

 これは、完全に定型化した儀式の域に入っているな。

 雨乞いをしていた昔の人達もこんな気持ちだったんだろうか。


「それで、さっきのとどっちが良かった?」

「……はぁ」


 ファッションセンスゼロの俺にそんなことを聞かれても困る。

 そもそも、今の服装の一つ前に瀬戸が着ていた服装の輪郭すら、記憶の中では朧気だ。

 どちらも布がやけにだらだらと長い服装にしか見えない。

 とはいえ、記憶を辿りつつ、目の前の光景を照合すると……


「さっきの方が、良かったかな」

「ほんとに?」

「さあ。わからない」

「なにそれ」


 瀬戸が可笑しそうに笑う。

 まあ、笑われたところで、俺の意見がより洗練されたものになるわけでもない。


「そもそも、なんで俺の意見が必要なんだ?」

「え?」

「ファッションは自分のためにするもんだって言ってただろ」


 まさに瀬戸は先ほどそう言っていた。

 だから、俺の意見なんてどうでもいいんじゃないかと思う。

 自分が着たい服を着ればいい。


「あー」


 瀬戸が気まずそうに目を泳がせている。

 俺を傷つけない表現を考えてくれているのか、はたまた俺の言葉が意図せず嫌がらせになってしまったのか。

 ただ、今回ばかりは「それは嫌味だ」と怒られても困ってしまうな。

 つい先ほど聞いたばかりの言葉なんだから、さすがにその論理的整合性が気になってしまうのはおかしくないだろう。

 別に矛盾してるんじゃないかとかそういうことが言いたいわけじゃなくて、純粋に気になるだけだ。


「確かにそうなんだけど、男性からどう見えるかも気になるじゃん?」

「なるほど。そういうもんか」

「そうそう。そういうもんなの」


 それならますます女性の服装に興味がない俺は人選ミスだと思うのだが、さすがに話の腰を折るどころか複雑骨折させてしまいそうなので、言わない。

 否定を口には出さないが、よりよい案が思いつくので、それを提することぐらいはしておこうと思う。


「なら、滝川とかの方が良くないか?」

「え、滝川?」


 瀬戸は心底意外そうな表情をする。そんなにおかしいだろうか。

 滝川は俺よりも女性絡みの色恋に敏いし、一般男子の感覚に近いと思う。

 俺や村上は似たような服装で済ませてしまうけど、何度か会った滝川は毎回こまめに服を変えていた。

 ファッション雑誌とかも普通に読んでそうだよな。


「うーん……」


 瀬戸が悩み声を出すものだから、もしやと俺も思わざるを得なかった。


「もしかして、滝川のこと嫌いか?」

「え!? いやいや、そういうのじゃないよ」


 その言葉に、一安心する。

 瀬戸が、七瀬や俺に気をつかって嫌々ながらに滝川と付き合っているんだとしたら、それはすごく申し訳ない気持ちになってくる。

 普通に会話しているのは見ているから、嫌っていると思ったことは一度もなかったが、瀬戸はコミュニケーション能力が高いのだから、実は心の中では……という可能性が全くないわけではない。

 人は、わからないからな。


「まあ、なんていうかイメージ?」

「……ふむ」

「滝川にそういうのを頼むイメージが湧かないんだよね」


 確かに、そういうこともあるかもしれない。

 俺も瀬戸と婦人服の店に来るイメージは欠片も湧かなかった。

 しかし、俺と瀬戸、そして七瀬は最近だと特に一緒にいる時間が長いから、瀬戸としては頼みやすいグループに入れられていたのかもしれないな。

 男の意見を聞きたいとなると七瀬は該当しないし。


「そういうもんか」


 いい加減に座り疲れたので、ソファから立ち上がりながら、いつも通りの言葉を繰り出す。

 俺が立ち上がったことに瀬戸は少し驚いた目を見せていたが、すぐにいつもの調子に戻ってくれた。


「そういうもんなの」

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