謝罪
滝川と並びながら歩き、俺は中庭に着いた。
後ろに並ぶ七瀬と瀬戸の存在の質量を、今日ばかりはやけに重く感じる。
四人の足取りの方は明らかに重く、誰もが全く会話の糸口を掴めないままだった。
しかし、中庭に着いてしまえば話は別だ。
ここまで来れば、四人の選択肢はたった一つに収束され、「道中に会話で場を和ませる」という可能性は捨象される。
つまりは、不自由になることでかえって行動しやすくなるわけだ。
「桜井」
滝川の声も、今日ばかりはやけに鋭く聞こえてくる。
滝川が目で指し示しているのは、俯き気味に先を行く七瀬の背中だ。
追いかけろという意味なのは、さすがに俺にだってわかる。
ただ、追いかけたところで俺が今の七瀬に何ができるのか、何の言葉をかければいいのかは、わからない。
でも、追いかけなければいけないんだろうなというのは、俺自身も感じるところではあった。
「七瀬」
近づいて言葉をかけても、七瀬は少し身を固くしただけで、俺の方を見てもくれなかった。
昔はいつも気軽に慰めていたけど、それは他人のやったことだからであって、自分がやったこととなると話は別だ。
罪悪感だけが心に塗り尽くされ、とてもじゃないがポジティブな言葉を発想することができない。
「…………」
「…………」
そして何もできないまま、お互いに無言で「いつもの場所」に辿り着いてしまう。
七瀬が「いつもの場所」に座る。いつもだったらその隣に俺が座らせられていたが、さすがに今日は抵抗があった。
今の俺は、七瀬の近くにいていい存在じゃない。
だから、俺は人ひとり分のスペースを空けて、七瀬の隣の隣ぐらいの位置に座り込む。
ここにきて初めて七瀬は俺の方に顔を向け、茫然とした表情を見せてくる。
その表情の意味を理解できない俺を嘲笑うように、七瀬の表情が少しずつ泣き顔に変わっていく。
どうしようもない俺の心の中に、罪悪感だけが沈殿して溢れそうになる。
「桜井、詰めて」
今度は瀬戸の言葉が、俺を背後から鋭く突き刺した。
その刺痛から逃れるように、俺の身体は前に向かう。
社会的動物としての反射行動が、俺を七瀬の隣に座らせる。
「よし」
瀬戸は俺の姿を見て満足したようで、七瀬の逆の隣に座り込んだ。
そして、俺を逃がさないかのように、滝川が俺の隣に座ってくる。
結局はこうして、いつもの中途半端な形に収まってしまう。
俺と七瀬は、他人と上手く関われない人間だから。
「……あの、その……」
七瀬が不安を目に溜めながら、バッグに手を入れている。
この先の展開は、嫌でも嫌なほどに予想がついてしまう。
「これ、よかったら……」
七瀬の手には弁当箱。今日、俺が返却したのとは別の、新しいものだ。
それが俺に対して、差し向けられている。
俺の目の奥で瞬いた流星に向けた七瀬のお願い事は、厄介なことにまだ継続中らしい。
俺の手は、不自然なほど自然に、七瀬の弁当を受け取ってしまった。
「愛美ちゃんも……」
そのまま七瀬は、もう一つの弁当を瀬戸に差し出す。
一方の俺はというと、弁当を開けることすらできそうになかった。
今日の朝、七瀬がどんな気持ちでこれを作ったのかを考えるだけで、指が震える。
どうすればいいんだと嘆きたくもなるが、どうしようもないからこうなっている。
七瀬から上手く遠ざかることができないし、七瀬に近づくことは絶対にできない。
だからこんな中途半端な距離で、手に届かない七瀬の傍観者をやらされてしまう。
「――ごめん! 紗花」
俺なんかとは違って、瀬戸はきちんと動ける奴だったようだ。
七瀬の弁当を受け取るよりも先に、瀬戸は頭を下げていた。
俺たちの事情に置いていかれた滝川は、黙って事態を見守ってくれている。
周囲の人達も、今日ばかりは何かを感じ取って、こちらをあまり見ないようにしてくれているようだ。
「…………どうして?」
ただ、何故か当の七瀬だけがよくわかっていないようだった。
その言葉は皮肉でもなんでもなく、本心からのものだと、少なくとも俺にはわかった。
「え、いや……あの、その」
そのせいで、かえって瀬戸の方が困惑してしまう始末だ。
「紗花を……仲間外れにしちゃったから」
そして、瀬戸は本質を突きながらも可能な限り曖昧化した表現で、七瀬の疑問に応えようとする。
先日の七瀬といい、あまりにも人として正しすぎるその思いやりが、俺にはかえって辛かった。
何もかも俺のせいにしてくれた方が、気持ちはずっと楽だ。ネガティブ感情を向けられるのは慣れている。
俺は、その程度の存在だから。
「ええっと……」
紗花の目が、虚空に漂う答えを探して彷徨う。
「あ、そっか。私が仲間外れにされて落ち込んでると思ってたんだ?」
「…………え、違うの?」
瀬戸の疑問には同意する。俺も、てっきりそうだと思っていた。
「うーん、ちょっと違うかなぁ」
「え、そうなんだ……」
七瀬の明確な否定によって、瀬戸の謝意は行き場を失ってすっかり消沈してしまった。
結局、七瀬が何で落ち込んでいるのかは、俺たちにはよくわからないようだ。
ただ、とりあえず俺は言っておかなければいけないことがある。
「ごめん」
「え……?」
「俺が瀬戸に頼んだ」
「……何を?」
「七瀬と距離を取るのに協力してくれって、頼んだ」
天秤があれだけ傾いていたのに、結局俺は罪悪感に従って自白してしまう。
黙って墓まで持っていけばいいのに、それほどの心の強さを持てていない。
目の前の七瀬の沈んだ表情を消したくて、口先一つで何とかしようとしてしまう。
「……そっか、そうなんだ」
俺の一方的な言葉は、俺の想像以上に七瀬の気分を変えてしまった。
七瀬は沈んだ表情を消すどころか、何故だか笑顔を俺に向けてくる。
全く意味がわからない。俺には、七瀬の機微の境界が見えてこない。
「よかった~」
「……何が?」
「桜井くん、もう私なんかのこと忘れちゃってるのかなって思ってたから」
なんだそれ。忘れるってどういう意味だよ。
俺がお前のことを忘れられるわけないだろ。
だからこうやって無様に逃げ回ってるんだよ。
俺の気も知らないで、ニコニコと暢気に笑いやがって。
どうせ、あと二年もすれば村上のように遠くに行ってしまうクセに。
「まだ、私には勝ち目があるみたい」
そう言って、七瀬は真っすぐに俺の目を見てきた。
おそらくは、お互いに自分が最低な奴と思い知らせる勝負のことだと思うけど、俯いて目を逸らす。
手元の弁当に意識を集中させることで、七瀬との未来についてを視界から外す。
「――あはは、あはははは」
俺と七瀬のやり取りのどこが面白かったのかわからないが、たまらず瀬戸が笑いだしていた。
つられて笑ってやりたいところだが、原因が見えてこないので自分のツボを押せそうにない。
「いやー、紗花には敵わないな」
「……どういうこと?」
「紗花の懐、ホントに深すぎってこと」
「えへへ……そうかな?」
この頃になればもう、七瀬にはすっかり笑顔が戻っていた。
そして俺の手の中には、厄介なことに三日目の唐揚げが収まっている。
三日連続となるとさすがに胃もたれしそうだ。ただでさえ罪悪感で胃が傷ついているのに。
「じゃあ、食おうぜ」
ずっと見守ってくれていた滝川の言葉が鶴の一声となって、俺たちはいつも通りの光景を取り戻した。




