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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第二巻
34/67

反省


 いつものようにシャワーを浴びた俺は、ちっとも疲れが取れてない身体を引きずりながら、ベッドの上に座り込む。

 今日は、疲労感に任せて眠るということもできそうになかった。

 かろうじてスマホを操作し、メッセージを送って立ち上がり、古臭い勉強机に座り込む。

 机の上に鎮座する七瀬の弁当を開くと、そこには唐揚げばかりがひしめき合っていた。

 なんてめんどくさくて、嫌味な奴。


「……ん」


 スマホが震える。普段なら七瀬からのメッセージだが、今日に限ってはないだろう。

 ということは、おそらくは目的の人物からのメッセージということだ。


『紗花、落ち込んでた?』


 こちらからは説明を求めるメッセージを送ったのに、俺にとっては最悪の話に展開してしまったようだ。

 とりあえず席を立ち、自室を出ながらメッセージを返す。


『落ち込んでた』


 廊下を抜け、居間に行く。

 今ではすっかり生活感がなくなって埃だらけになってしまったが、これでも何とか生活できなくもない。

 たまには、自分で掃除もしている。


『どのぐらい?』

『今まで見たことないぐらいに』


 そのままキッチンに向かい、棚に置いてあるインスタントライスを掴み取る。

 七瀬の弁当にはライスが入っていなかったので、こうでもしないと食べられそうになかった。


『今日、電話かかってきた?』

『かかってこない』


 インスタントライスを電子レンジに入れてスイッチを押し、数分の待ち時間が発生する。

 今はあまり考え事をしたくないのに、状況は俺に思考停止を許してくれないらしい。


『やりすぎちゃったか……』

『そうみたいだな』

『桜井、怒ってる?』

『いや』

『怒ってるでしょ』

『怒る筋合いはない』

『嫌味?』

『そんなんじゃない』

『じゃあ、なに?』


 返信しようと思った時、ちょうどレンジが終了の合図を示した。

 鍋掴み代わりのタオルを取り出して、熱くなったインスタントライスをレンジから取り出す。


『今日の行動の意味を教えて欲しい』


 本日二度目の同文メッセージを送り、俺は自室に戻る。

 インスタントライスを弁当の横に置いて、表面のフィルムを捲る。

 よく出来た手作りのおかずと、既製品の主食という絵面が、俺の精神を打ちのめそうとしてくる。


『紗花を少し落ち込ませようっていうのは、ちょっとあった』

『なるほど』


 当たり障りのない返事を打って、弁当に備えてある箸を取り出す。

 よりによって七瀬の家で夕飯をもらった時に使った覚えのある箸で、食べる前から吐き気がする。


『怒らないの?』

『怒る筋合いがない』

『そっか』

『そもそも、それは俺の目的と合致するからな』


 瀬戸は、俺の望みである「七瀬に束縛される時間を減らす」という目的のために行動してくれたに過ぎない。

 そのために七瀬に対して線引きをし、近づきすぎて接着寸前だった状態から切り離そうとしたというのは、理解できる。

 だから、俺に瀬戸の行動をとやかく言う筋合いはない。

 そこに伴う感情の揺れ動きは、俺個人の問題だ。


『あとは、桜井が可哀想っていうのもあった』

『可哀想?』


 誰かに同情されるという経験はあまりないから、いまいちピンとこない。

 ピンとこないまま、とりあえず箸で唐揚げを口に放り込む。

 こんな時でも美味いもんは美味いな。


『紗花の彼氏扱いされて、迷惑してたでしょ?』

『まあ、それなりに』


 正直に言えば、瀬戸のこの言葉は意外だった。

 瀬戸には以前に七瀬との関係を疑われていて、否定はしたものの、この噂が流れてからはその辺りをきちんと話したことはない。

 だから、瀬戸の中では俺と七瀬が正式に恋人関係になったという認識になっていても、おかしくはなかった。

 毎朝一緒に登校しているし、毎夕実家まで送り届けているし、毎昼手作りの弁当をもらっている。

 これらの情報だけを見たら、恋人関係でないと思う方が無理があるかもしれない。

 実際は、その無理こそが真理なんだけどな。

 まあ、瀬戸のことだから、俺と七瀬のやり取りの隙間から真実を垣間見ることができていたのかもしれない。

 滝川はすっかり騙されていたようだけど。あれだけ問い詰めて否定したのに。


『紗花は悪い子じゃないけどさ』

『そうだな』

『ちょっと桜井を振り回しすぎ』

『そうかもな』


 瀬戸のメッセージに無難な返答をしているうちに、弁当の唐揚げも半分ぐらいまで減らせた。

 ライスの方が足りないかもな。まあいいか。


『それで、紗花と桜井が離れて行動してるのを見れば誤解も解けるかなって』

『なるほど』

『ちゃんと読んでる?』

『読んでるよ』


 瀬戸の言い分は大体わかったし、その論理性には特に粗がない。

 俺と七瀬がいつも一緒にいるから誤解されて噂が流れるのであって、昼休みぐらいは離れておけば、案外たいしたことないなと思ってもらえる可能性だってあるかもしれない。

 上手くいくかはわからないが、筋は通っている。だから、否定はできない。

 ただ、疑問な点がないと言えば嘘になる。


『それにしてもやりすぎじゃないのか?』

『なにが?』

『なにがって、ハンバーグを無理矢理食べさせてきたことだよ』

『あー』


 自分自身でもやりすぎたと言っていたはずなのに、瀬戸は今しがた気づいたかのように言ってくる。

 ハンバーグを突き付けてくる箸には鬼気迫るものすら感じそうになったが、冷静に考えると、その意味はよくわからない。

 単に屋上で一緒にご飯を食べるだけで済みそうなもんだ。


『桜井の想像以上に、桜井と紗花の関係は周知の事実なんだよね』

『はあ』

『心底嫌かもしれないけど』

『はあ』

『だから、あのぐらいのインパクトは必要かなって』

『ふむ』


 瀬戸の話の論理は相変わらずわかる。わかるのだが……やはり引っかかる部分がどうしても出てくる。

 七瀬と恋人関係であるという噂を消すために取った行動で、瀬戸と恋人関係にあるという噂が流れてしまいそうだから。


『ただ、これだと俺が七瀬を捨てた感じにならないか?』

『かもね』

『明日には学園で刺されているかもしれない』

『あはは、かもねー』


 笑いごとじゃないんだけど。わざわざメッセージで笑い声書いてきやがって。

 明日から昼休みのたびにどこかに消えようかな。怖いし。


『まあ、いざなれば滝川辺りがフォローしてくれるんじゃない?』

『どうだろう。あいつ、噂を信じ切ってたぞ』

『でも桜井はずっと否定してたでしょ?』

『まあ、そうだな』

『じゃあ大丈夫じゃない?』

『そういうもんか?』

『そういうもんなの』


 イマイチ納得しきれないところもあるが、大先輩の瀬戸が言うならそういうもんだと思いたい。

 まあ、それよりも心配なことが他にある。


『瀬戸の方は大丈夫なのか?』

『なにが?』

『俺と噂になったら困るだろ』


 瀬戸の返信が途絶えたので、残りわずかな唐揚げをさっさと口に放り込んでいく。

 ライスはとっくに食べきってしまった。口の中が油でいっぱいになりそうだ。

 たぶん、瀬戸は俺を傷つけない言い回しを考えてくれている。

 別にそんなところで気を回してもらわなくてもいいんだけど。


『んー、まあ何とかしとくよ』


 案の定、瀬戸は回りくどい言い回しで返信してきた。


『大丈夫か?』

『大丈夫大丈夫』

『何かあったら言ってくれ』

『桜井に言ったら余計にこじれるでしょ』

『確かに』


 この件に関しては、渦中の俺にできることは全くなさそうだ。

 俺が下手に動いたら、変に噂を裏付けてしまったり、尾ひれをつけてしまうかもしれない。

 要するに、静観しかないということ。


『じゃあ借り二つということで』

『え?』

『七瀬の件と、その二次災害への対処で借り二つだ』

『そういうの、自分から言う?』

『もう自分から言ってしまった』

『はいはい』

『何かあったら言ってくれ』

『うん』


 やり取りをしている間に最後の唐揚げを食べきってしまったので、弁当箱の蓋を閉める。

 いつもは食べ終わったらその場で七瀬に返していたが、今日みたいな時は洗って返したほうがいいんだろうか。

 その辺りの感覚はイマイチわからない。まあ、洗っておくに越したことはないか。


『じゃあまた明日、学園で』


 いつも通りになってしまった挨拶を送信し、返信を見ることもなく、俺は席を立ってキッチンに向かった。


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