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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第二巻
32/67

屋上


 瀬戸の言葉に世界規模の危機を感じていた俺は、気が気でない状態で午前中を過ごしていたが、結局何も起こらなかった。

 時刻はもう昼休み。変に身構えていたが、さすがに昨日の今日で実行ということはないか。

 そう思い、俺は抵抗を諦めて席を立つ。


「桜井。行こう」

「え?」


 隣の瀬戸が急に声をかけてきた。その目は、何か意味ありげに見える。

 これは………………今から実行ってことか?

 確か、とりあえず合わせればいいんだよな。

 任せろ。


「ああ、そうだな」

「えっ? 二人ともどこか行くの?」


 事情を知らない七瀬が、視線を俺と瀬戸で往復させながら尋ねてくる。

 答えてやりたいのは山々だが、実は俺も事情を全く知らない。

 もし本当に心が読めるのなら、事情を察してくれるとありがたい。


「ごめん紗花。ちょっとね」

「ちょっとな」

「えー……私だけ仲間外れ?」


 寂しそうな七瀬の表情を見ると少し胸が痛いが、ここで情に負けてしまっては台無しだ。

 こいつは悪女。こいつは悪女。こいつは悪女。こいつは悪女。

 よし。大丈夫だ。自己暗示は完了した。


「――あれ、どうしたんだ?」


 ちょうど滝川がやってきて、意外そうな声をかけてくる。

 俺が抵抗することなく立ち上がってることがそんなに不思議か?

 まあ、おそらくは今ここに流れてる微妙な雰囲気のことだと思うけど。


「あ-ごめん。今日は桜井と二人で食べるから」

「え、マジ?」


 滝川が驚いた目で俺を見てくる。

 俺が誰かと二人で飯を食べることがそんなに不思議か?

 いや、俺も今聞いたばかりで驚いてるから何も答えられないぞ。


「そうらしい」

「だから、紗花と滝川は今日は他の友達と食べてもらってもいい?」

「うん…………」

「……わかった」


 一度ご飯を共にしないだけでこんなにも雰囲気が重くなるなんて、知りたくはなかった。

 後ろ髪を引かれるように感じながらも、その場を離れたい一心で、俺は瀬戸に続いて教室を出る。

 これ以上あの場にいると共感のエコーチェンバーで頭と足がおかしくなりそうだ。


「――なあ、大丈夫なのか?」


 廊下を抜けてようやく階段前まで来たところで、俺はつい不安を口にしてしまった。

 つい最近まで一緒に昼食をとることもなかったのに、教室においてきた七瀬と滝川のことがどうにも気になってしまう。

 しかし、階段に足をかけて振り返った瀬戸は、俺とは違って平気な顔をしていた。


「大丈夫大丈夫」

「本当に?」

「よほど特殊なケースじゃなければね」


 どうにも引っかかる言い方だが、今の俺は瀬戸に合わせる他ない。

 まあ、やるだけやってみよう。


「――あ、ごめん」

「え?」


 俺より先に階段を上っていた瀬戸が、突然立ち止まる。


「階段は桜井が先だったね」

「え、なんだそれ」


 よくわからないが、瀬戸は動こうとしないので、そのまま俺は先に上ることになる。


「紗花がいつもやってるからさ」

「俺を弾避けにしてるだけじゃないのか?」

「あはは、そうかもね」


 瀬戸の笑い声を背中に受けながら、少しだけ階段を上る気持ち悪さが和らいでいた。

 とはいえ、作戦の考案者である瀬戸が先導してくれないと俺には目的地がわからない。


「これ、どこに向かってるんだ?」

「んーとね。屋上」


 なるほど、と納得する。

 年中開いている都合の良い屋上なんてものはなかなか現実にはなく、この学園では夏季限定解放だ。

 今年はしつこく暑さが残っているから、屋上を愛用する者にとっては嬉しいことに、例年より長く解放されている。

 まあ、俺は入学してから一度も行ったことはない。


「お、着いた着いた」


 瀬戸の声とほぼ同時に、長方形に切り取られた世界に詰め込まれた屋上が見えた。

 解放されている長方形のドアを通り過ぎ、ありのままの屋上に足を踏み入れる。

 これが青春の一ページなら、屋上には怪しい給水塔がありそうなものだが、そんなことはない。

 単にフェンスで四方八方を覆われた、箱庭の世界だった。


「――桜井、こっちこっち」


 瀬戸の手招きを受け、俺は屋上の一角に座ることになる。

 周囲を眺めてもみたが、この暑い日差しの中でも意外に多くの生徒が利用していて、あまりスペースは残されていない。

 そんな中でもすぐさま器用に隙間を見つける瀬戸に、思わず関心してしまう。


「よく使ってたのか?」

「屋上のこと?」

「うん」

「まあ、去年はぼちぼち使ってたかな」


 瀬戸は俺と同じで、以前はいつも自分の席で食べているイメージがあったから、正直意外だった。

 でも、想像できないというわけでもない。瀬戸は友達多そうだからな。

 二年になった時のクラス替えで、友達と時間を合わせ辛くなったりしたのかもしれない。


「はい、これ」


 そう言って、瀬戸は四角い包みを渡してくる。


「なんだこれ」

「お弁当」

「え?」


 包みを開けると、確かにそこにはコンビニで買うものではない、きちんとした弁当が入っていた。

 そのまま視線を瀬戸に向けると、瀬戸の手にも同じ弁当が収まっているのが見える。

 色々な情報が頭を駆け巡って複数の疑問を生み出し、どうにも理解が追い付かない。


「紗花のことなら大丈夫だよ」

「え?」

「昨日、寝る前に連絡しておいたから」

「……ああ」


 瀬戸が言っているのは、おそらく「紗花が作った弁当を無駄にしてしまったのではないか」と俺が懸念しているということだろう。

 それは実際その通りだったが、今の瀬戸の言葉で少し気が楽になった。

 俺と瀬戸が離れる時に七瀬が弁当を押し付けてこなかったことから、そもそも作ってきていないという可能性は考えていたが、可能性はあくまで可能性だ。

 裏を返せば、俺と瀬戸が押し切ったせいで七瀬が弁当を渡せなかったという可能性だってある。

 これらは観測しない限り重ね合わせの状態だから、瀬戸が事象を確定してくれたのはありがたかった。

 とはいえ、疑問はそれだけではない。


「この弁当なんだけど」

「なに?」

「誰が作ったんだ?」


 弁当の蓋を開けると、七瀬のとはまた違った彩りの調理品が並んでいる。

 あ、ハンバーグあるのか。ラッキー。


「え、私だけど」

「……マジで?」

「普通に失礼じゃない? それ」


 別に差別しているわけじゃないが、いつも昼食をパンで過ごしているパン友の瀬戸が調理をするというのは、とてもじゃないが想像するのが難しかった。

 てっきり瀬戸の母親辺りが本命だと思っていたのだが、まさか本人とはな……。

 俺の中の瀬戸像に大幅なアップデートが必要みたいだ。


「まあまあ、食べてみなさいな」

「……はい」


 とりあえず好物のハンバーグを箸で切り取り、口に運んでみる。

 …………普通においしいな。


「美味しい?」

「美味いな」

「ハンバーグ好きでしょ?」

「まあ」


 ハンバーグ嫌いな男子とかいるのか? と思うが、まあいいか。

 舌鼓を打つのもいいが、いい加減に瀬戸の意図が気になってきた。


「で、これに何の意味があるんだ?」

「しー」


 当然の疑問を口に出した俺に対して、瀬戸は人差し指を口元に当てて応えてくる。

 まだ終わってないから黙って合わせろということか。わかった。

 了解の意味を込め、瀬戸に向かって頷いて見せる。


「じゃあ、次はあーんね」

「……………………は?」


 とてもじゃないがおよそ現実で聞く機会がほとんどない言葉が聞こえた気がする。

 しかし、そんな俺のことを置いてけぼりに、瀬戸は自分の箸でハンバーグを切り取ってしまう。


「あーん」


 え、なにこれ。なんでこんなことしなきゃいけないの? なんで?

 目と首の反復運動で一生懸命に拒否の意志を示すが、瀬戸は巧みに箸でハンバーグを突きつけ続けてくる。

 つまり、このままだと箸を口に刺してでも突っ込まれそうな勢いということだ。


「……」

「あーん」

「…………」

「あーん」

「…………あ、あーん」


 抵抗できない大いなる流れを感じた俺は、その圧迫感から逃げたい一心で自分の意志を曲げることになった。

 半開きの口に箸が差し込まれ、無理矢理こじ開けられる。

 少しの痛みを感じた頃には、瀬戸の箸は俺から離れていて、口の中には肉の質感だけが取り残されていた。

 まあ、こんな時でも美味いもんは美味い。


「美味しい? 友一」

「――げほっげほっ」


 昨日の今日で名前を二度も呼ばれるとは思わず、むせてしまう。


「あちゃー、ごめんごめん」


 瀬戸がハンカチを取り出し、強引に俺の口に当ててくる。

 他人のハンカチとか緊張して逆に落ち着かないので勘弁して欲しい。

 何より、こんな恋人みたいなやり取りに何の意味があるのかわからない。


「げほっ……ふぅ……」

「落ち着いた?」

「まあ…………そう……だな」


 むせ返って痛んだ肺を深呼吸で落ち着けるので精一杯で、とてもじゃないが瀬戸に追及できない

 脳も酸欠気味で、どうにも思考が進まない。


「いやはや、調子に乗ってやりすぎちゃったか」

「…………わけがわからん」

「後でちゃんと説明するから」

「……わかった」


 もはや乗りかかった船どころか乗り上げた船になっていそうだが、今は瀬戸の言葉を信じるしかない。

 確かに、こんなことをするとわかっていたらあまりのプレッシャーで挙動不審になって、七瀬にすぐバレていたかもしれない。

 軽く想像しただけで、朝一緒に登校する時から変に瀬戸と距離を取ってしまって七瀬に不審がられる光景がありありと見える。


「残りも食べちゃって」

「ああ」


 その後は特に変なやり取りもなく、普通に談笑をしてお互いに箸を進め、きちんと二つの弁当箱を空にした。

 感謝の言葉と共に弁当箱を瀬戸に返し、二人とも立ち上がって臀部の埃を払ってから、屋上のドアに向かう。


「――あれ、滝川?」

「え?」


 俺よりも画素数の高い精緻なフィルターを持った瀬戸は、すぐにその存在に気づいたらしい。

 屋上から階段を数段下りてすぐのところに、滝川が壁を背にして立っていた。


「うっす」

「よくここがわかったな」

「まあ、中庭じゃなかったらここぐらいだからなー」


 確かに。教室で食事をしない奇特な人間が行き着く先はそのぐらいかもしれない。

 部活や委員活動がある生徒は別だが、俺と瀬戸は部活も委員活動もやっていない。

 いつも宿題を写してばかりの滝川とは思えない、非常に合理的な思考だ。

 いや、この表現は普通に失礼か。


「そんで、滝川はなんでここに?」

「あー……いや……」


 瀬戸の指摘を受けた滝川の目は数拍泳いで、そのまま明後日の方向に溺れていった。

 そして、俺にも瀬戸にも目を合わせることなく、滝川の手が俺の肩に乗せられる。


「なあ、桜井」

「……はい」

「ちゃんと七瀬さんにフォローしとけよ」


 なんだか俺まで溺れてしまいそうな気分になった。

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