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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第二巻
31/67

妙案

 シャワーを浴びてベッドに沈みながら、俺は真っ先にスマホを操作した。

 五人しか連絡先のないトークアプリは、難なく俺を目的の人物に辿り着かせてくれる。


『助けてくれ』


 簡潔すぎる文章。でも、疲れ切った今はこれで精一杯だ。

 あとは完全に相手の能力頼みだが、きっと大丈夫だろう。

 なんせ俺の知ってる中では最もコミュニケーション能力の高い人物だからな。


『紗花のこと?』


 案の定、瀬戸は一メッセのブレもなく、俺の言いたいことを正確に汲み取ってくれた。


『助けてくれ』


 しかし、一日かけて情緒を疲弊させられ、思考能力の低下した俺は同じ言葉を反復することしかできない。


『また長電話?』


 やはり、瀬戸は一メッセのブレもなく、俺の言いたいことを正確に汲み取ってくれる。


『そう』

『ずっと放っておいた桜井が悪い』

『なんで?』

『ただでさえお話好きな紗花が、一年放っておかれたらどうなると思う?』

『わからん』

『一年分すごくお喋りになるってこと』


 なんだそれ。蓄電池かよ。

 すぐに話題なんて尽きそうなものなのに、七瀬は毎日ほとんど同じ時間分、俺に話しかけてくる。

 もしかしたら、俺が気づかないうちに、過去に使った話題を再利用していることもあるかもしれない。

 いずれにせよ、減耗の気配が見えないほどの大容量バッテリーなのには変わりない。


『瀬戸が話し相手になってくれないか?』

『え、無理だよ』

『遠慮せずに。負担をシェアリングしよう』

『いや、そういうことじゃなくて』

『?』

『私じゃ無理ってこと』


 瀬戸にしては遠回しな言い方に、俺の理解はどうにも追いつかない。


『女子同士だろ?』

『だから?』

『男子相手より話弾まないか?』

『え、意味わかんない』


 コミュニケーション強者の瀬戸に対して、俺の意図が伝わらないだと……。

 なにか自分は大きな見当違いをしているのではないかと、嫌な汗が流れる気分だ。


『俺より瀬戸の方が話し相手に適任じゃないのか?』

『本気で言ってる?』

『本気で言ってる』

『冗談だよね?』

『冗談じゃない』

『はあ』

『はい』


 ほとんど漫才みたいなやり取りだが、俺はいたって本気だ。

 七瀬が話し相手を求めてるのなら、引き出しの多い瀬戸と話す方が絶対に楽しいと思う。

 ずっと交流のなかった俺と七瀬ができる話なんてものは、たかが知れているし。


『紗花は誰でもいいから話したいってわけじゃないよ』

『え?』

『桜井が悪いって言ったじゃん』

『いや、意味がわからない』

『嘘でしょ?』


 嘘じゃないんだが。嘘をよく吐くのは七瀬の方だろ。

 どうしてこんなにもディスコミュニケーションが起きてるんだ。

 何か俺が根本的に勘違いしているのか?


『いや、だから』


 いい加減に痺れを切らしたという雰囲気を漂わせながら、瀬戸のメッセージが飛んでくる。

 圧倒的なネガティブ感情の波動をひしひしと感じるので、俺は続く言葉を待つことしかできない。


『紗花が話したいのは桜井なんだって』

『え?』


 そんな可能性、考えたこともなかった。

 何も七瀬に限ったことではなく、自分なんかとわざわざ話したいという人間がいることを想定したこともなかった。

 言われてみると、瀬戸が言う仮説の根拠になりそうな出来事はいくつもあったが、頭の中では一切繋がっていなかった。

 みんないつもそんなこと考えてるのか? すごいな。

 俺はどうせ自惚れと思って切り捨ててしまいそうだ。


『本当に気づいてないの?』

『全く』

『嘘でしょ?』

『嘘じゃない』

『あれだけ好き好きオーラ出てても?』

『なんだそれ。俺には見えないけどな』

『うわあ』


 瀬戸の指摘があまりに抽象的なので、とてもじゃないが理解しきれない。

 しかしまあ、「目と目で話す」といい、みんな文学的表現を信じてるもんなんだな。

 生憎と、俺にはそういったロマンチックなことは全く感じ取れない。

 みんなは感じ取れるんだろうか。そう考えると、やはり孤独を感じる。


『本人だけが気づいてないのか』

『今度は仲間外れのいじめか?』

『その逆なんだけどなー』

『何にせよ、俺は困ってる』

『本気?』

『本気だ』


 別に七瀬が誰と話したくても、どうでもいい。七瀬の気分の問題だから。

 ただ、俺がそれに付き合う筋合いはない。俺と七瀬では勝利条件が異なる。

 七瀬から離れることを目的にしている俺が、わざわざ塩を送る必要はない。

 罪悪感と学園側からの圧力で多少は付き合うが、限度というものがある。

 さすがに朝起きてから寝る前まで拘束されるのは、俺の精神がもたない。


『うーん、まあ確かに紗花は束縛する方だからなぁ』

『それな』

『桜井の身がもたないってことでしょ?』

『その通り』


 ようやく円滑に成立したコミュニケーションが嬉しくて、笑みが口元に浮かんでしまう。

 ここにきて瀬戸は、俺の言いたいことを必要十分に察してくれている。


『紗花とはもう関わりたくないってことじゃないんだよね?』


 瀬戸からの返信に、思わず悩み込んでしまう。

 最終的に俺が七瀬から離れたいというのは、今でも変わらない。

 しかし同時に、七瀬に言ったように「少しは楽しんでる」というのは真実だ。

 この両天秤はとても繊細で面倒な釣り合いで、自分ですら何と答えていいのかよくわからなかった。


『紗花のこと、嫌い?』


 見かねた瀬戸は質問をズラし、俺が返答しやすいように誘導してくる。

 本当に気が付く奴で、本当に気が利く奴だなと思う。

 本当に気の置けない奴。


『嫌いじゃない』

『おっけ』


 これは、本心からの言葉だった。

 今の俺が気持ちを込められるのは、せいぜい「嫌い」と「嫌いじゃない」ぐらいなもの。

 七瀬がどちらかと問われれば、当然「嫌いじゃない」に決まってる。

 嫌いな相手と一年も一緒にいないし、嫌いな相手の頼み事なんて聞くはずがない。

 嫌いじゃないから友達だったし、嫌いじゃないから今もほどほどに付き合ってる。

 そもそも、嫌いな相手の弁当なんて絶対に食べたくないね。食あたりしそうだし。


『私に考えがある』

『ほう』


 まるで世界に危機が迫った時に唐突に出てくる知将のようなことを瀬戸が言うので、さすがに俺も期待してしまう。

 内容はさっぱり予想がつかないが、たぶん瀬戸なら上手くやってくれるだろう。

 こと人間関係に関しては、こいつは大先輩だ。


『桜井は私に合わせてくれればいいから』

『何をするんだ?』

『秘密』

『は?』

『桜井に話したら紗花にバレるでしょ』

『なんでだよ』

『紗花は桜井の心が読めるから』


 百歩譲って瀬戸の言葉が真実だとして、それならどうして七瀬は俺に対するいじめをやめてくれないんだ?

 あ、俺が嫌がってるのをわかってるからやってるのか…………。

 いやいや、でも心が読めるなんてあり得ないだろ。ドラマやラノベじゃないんだから。


『いいから、桜井は私に合わせて』

『はい』


 頭の上に浮かぶ疑問符は消えないが、さすがに俺も少しは空気が読めるので、了承の態度を示す。

 まあ瀬戸なら上手くやってくれるだろう。きっと。たぶん。メイビー。


『じゃあまた明日、学園で』


 まさかこんな挨拶を瀬戸とも交わすことになるなんて、少し前には思わなかったな。

 全部、七瀬のおかげだ。


『また明日、学園で』


 その言葉を最後に、俺はスマホの電源を切った。

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