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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第二巻
29/67

昼中


 授業中にも関わらず悪夢を思い出していた俺は、チャイムの音で現実に戻される。

 しかし、この後に続いている現実も、目を開いたまま見る悪い夢であることには変わりなかった。


「じゃ、行くとしますか」


 やけに気取ったことを言いながら、瀬戸が隣の席を立つ。


「行こ行こ」


 反復ぶりっ子で男を誑かそうとする邪悪な羊が、後ろの席を立つ。


「ほら、桜井も」

「ほらほら」


 やめてくれやめてくれ連行されたくないやだやだやだやだ。

 頼む! 俺は正気なんだ! おかしくない! 俺はおかしくないんだ!

 おかしいのは周りのみんななんだ! 俺は正常なんだ!

 みんな宇宙人に連行されて頭の中を改造されたんだよ!!

 きっとそうだ! 俺だけが正常なんだ! 俺だけが!

 ……などという現実逃避が通用するわけもなく。


「諦めろ、桜井」


 滝川が俺の目の前に立ち、慈愛の目をしながら俺の両脇に手を差し込んで、強引に立ち上がらせてくる。

 俺はすぐ喧嘩をするし、七瀬のトレーニングに付き合った時期もあるが、結局のところ運動部の継続的に鍛え抜かれたフィジカルの前には無力でしかない。

 この間の村上との喧嘩も、相手が滝川だったらおそらく初撃をみぞおちに喰らって吐きながら倒れていたと思う。

 俺はあくまで遺伝的に骨格が頑丈なだけで、実際はたいして喧嘩は強くない。

 親知らずの無鉄砲で、喧嘩っ早いだけだ。馬鹿だし。勝率低いし。阿保だし。馬鹿だし。


「はぁ…………」


 両隣を瀬戸と七瀬という女子二人に抑えられて下手に身動きが取れず、捕まった地球人となった俺は、後ろの滝川という執行人のもと、移動する羽目になる。

 前は反復だだっ子で対抗していたが、滝川という助っ人が呼ばれてしまったせいで俺は毎日処刑されている。

 まあ、処刑といっても階段は上るわけじゃなくて下りるんだけど。


「桜井も懲りないな~」

「ふふ」


 瀬戸が可哀想な子を見る目を俺に向ける中、七瀬がほくそ笑んでいる。

 いや、笑いどころじゃないんだけど。明らかないじめの現場だぞ。

 あ、お前いじめっ子だったわ。はいはいはいはい七瀬さんはいはい。

 もう二度と慰めてやらねーからな、こいつ。


「お、着いたぞ」


 滝川の声と共に、中庭が見えてきた。

 中庭は一階にあり、俺たちの教室がある三階からはわざわざ二階分も階段を下りなければいけない。

 しかも往復するわけだから、四階分の移動時間を浪費することになる。

 わざわざこんなところまで来て昼食を取る奴の気が知れない。

 あ、七瀬さんのことだったわ。


「早く早くー」


 先に定位置を確保した七瀬さんが、俺と滝川を呼んでいます。

 瀬戸はどこにいったのでしょうか? あ、もう座っていらしたんですね。

 ところで、定位置が当然のようにいつも空いているのですが、七瀬さんは聖人か何かなのでしょうか?

 俺にとっては悪人なんですけれども。

 やはりぶりっ子ぶりっ子して確保していらっしゃるんでしょうか?

 悪い女ですねぇ。


「ほらほら、座って座って」

「はい」


 七瀬さんに促されるまま、俺は七瀬さんの隣に座りました。座らされました。

 そのまま俺の隣に滝川が、七瀬さんの逆の隣には瀬戸が座る形となってます。

 いつもの光景ですね。大嫌いです。


「どうぞどうぞ」

「はい」

「お礼は?」

「はあ。ありがとうございます、七瀬さん」


 七瀬さんは何の役にも立たない家庭科の無駄な才能をご活用なさって、俺に弁当を渡してくださいました。

 誤解されるのでやめてくださりやがりますと幸いなのですが、何故かやめてくださりやがりません。

 本当の本当に不快でございますね。

 こんな状況を用意した大人達が大嫌いです。


「ふふ。美味しく召し上がれ、友一」

「は?」

「ひゅー、彼氏さん愛されてるねー」


 不快不快不快不快不快不快不快不快不快。滝川、黙ってくれ。

 たぶんこいつは俺が自分の名前を嫌っているのを勘付いて的確に攻撃してきているに違いない。

 他の男にはぶりっ子して良く見せておいて、裏では俺をいじめるとかなんて奴だ。

 こいつが学園のアイドルだって? 冗談じゃない。


「愛美ちゃんも」

「ありがと、紗花」


 瀬戸も、俺とほぼ同じ弁当を七瀬から受け取る。

 これが、俺と瀬戸が七瀬に付き合うことで得られるメリットだ。

 俺と瀬戸はいつもパンで済ませてしまっていたから、弁当にありつけるのは正直ありがたい。

 デメリットの方がでかすぎるけどな。

 いや……それを受けるのは主に俺か?


「じゃあ、食おうぜ」


 滝川の言葉を合図に、四人で手を合わせて決まりきった食前の儀式を行う。

 ちなみに滝川は自前の弁当がある。信じられないことに。

 早弁したのにまた食べるんだからこいつの胃袋は宇宙に繋がっていると思う。


「嬉しい?」

「なにが?」

「好きでしょ? 唐揚げ」


 いや、唐揚げ嫌いな男子とかいるのか? 滝川とか一日三回は食べてるだろ。

 俺はこんなもので餌付けされないからな。お前のいじめを許す気はない。

 まあでも村上は色々と細長いから、食べなさそうなイメージはあるな。


「いやー、美味しいねこれ」

「ありがとう、愛美ちゃん」


 瀬戸は一足先に唐揚げを食べていた。

 ちなみに俺と瀬戸の弁当の主な違いは、野菜の量だ。

 瀬戸の弁当は肉が少なく、野菜が多い。女子って感じだな。

 七瀬の弁当に至っては野菜が八割を超えているようにさえ見える。

 うっそだろ。こいつどれだけ燃費いいんだよ。

 昔はもっと肉食べてなかったか? もう忘れたけど。


「桜井くんは?」

「は?」

「感想」

「はあ……」


 七瀬は俺と目を合わせ、いつも通りに社交性を試してくる。

 いや、ここで不味いとか言える奴いるのか? 本当に?

 この会話の流れで、この場所で、周囲の視線を感じる中、不味いって言うのか?

 無理だろそんなの。世界からとんでもない圧力を感じるんだが。

 まあ、美味しいんだけど。


「美味しい……です」

「ふふ、良かった」


 もはや完全に言わされている人間の発言だが、七瀬は喜んでくれたらしい。

 その隣で、全ての文脈を理解している瀬戸はケラケラと笑っている。

 はあ。そうですか。楽しそうで何よりですね。

 俺はとても辛いです。


「桜井、俺にも一個くれない?」

「え…………さすがに七瀬に聞かないと」


 貰った物を無断で渡すわけにはいかないので、俺は七瀬の方を見る。

 七瀬が微笑みながら頷いてくれるので、俺は弁当を滝川に差し出した。


「ありがとー、七瀬さん」

「いえいえ」

「ほんとだ。美味いな、これ」


 もはや完全に七瀬の家庭科スキルを持ち上げる会になってしまった。

 こうやって味方を増やしていくんだな、こいつは。

 俺は屈しないぞ。絶対に。


「そいやさ」

「なに?」

「紗花と桜井ってどうやって知り合ったの?」


 二個目の唐揚げを咀嚼しながら、瀬戸が面倒なことを聞いてきた。

 正直に言えば、俺は話したくない。俺はな。

 でも、聞かれてるのは俺じゃない。瀬戸が見ているのは七瀬だ。


「んー、図書室かな」

「へー」

「なんか怖い人が話しかけてきたなって思って、それが桜井くんだった」

「は?」

「あはは、そういうのそういうの」


 いやいや、それはお前が男を苦手としてるからだろ? 俺は普通だろ。

 そうやっていつの間にか俺をいじめ加害者に仕立て上げようって魂胆か?

 女子って怖い。


「じゃあデートはどこでしてたの?」

「は?」

「それも図書室かな~」

「あー。やっぱりそうだったんだ」


 いや、デートしてないしそもそも付き合ってないし友達ですらないんだけど。

 そうやって噂を勝手に補強して勝手に伝播するのやめてくれないか?

 というかそうだったんだってなんだよ。やっぱりって何がわかってたんだよ。

 最悪だ。胃が痛くてさっき食べたばかりの物を吐き出しそう。


「桜井も隅に置けねーなー」

「なにがだよ」

「何で前に教えてくれなかったんだよ」

「いや、なにをだよ」


 滝川が言ってるのは前にコーヒーチェーンでした会話のことだと思うが、ニヤついた顔にイラっとするので答えたくない。

 そもそも、俺と七瀬が恋人関係であるという前提からして間違っているし。

 ただ、厄介なことに、この誤解を解消するのって大変なんだよな。

 俺は瀬戸と共に、七瀬の近くにいることを学園の大人に強要されている。

 その気になれば拒否することだってできるが、面倒な事になるのであまりやりたくはない。

 となれば、七瀬から離れられない以上、こうした噂を否定する決定的な根拠も用意できない。

 まあ、少しは七瀬も心配だしな。少し。少しだけ。


「あー、それはね」


 見かねた七瀬が割り込んでくる。


「恥ずかしいから隠してね、って私から頼んだの」

「ほほー」


 俺を見てくる滝川の鳴き声を聞きながら、表情は変えずに、俺は独りで罪悪感と戦っていた。

 七瀬は生来の優しさで俺を庇ってくれているが、むしろ今はそれが辛かった。

 結局のところ、俺と七瀬の関係が今の歪な形になっている原因は、全て俺にある。

 七瀬から俺を引き離したいがために、七瀬の意志を汲み取ろうともしなかったからだ。

 だからこの件を出されてしまうと、俺は七瀬に対して何も言えなくなってしまう。

 もし俺の罪悪感を計算に入れているのであれば、こいつは魔性の女子だな。


「あとさ」

「ん?」

「前から思ってたんだけど、滝川はなんでいるの?」


 え? 瀬戸が俺専属の処刑執行人として雇ったんじゃないのか?

 一週間につきジュース一本とか、そういう微妙な雇用条件で契約させられたものだと思っていた。

 瀬戸の疑問の言葉と目を受け、滝川は頭をポリポリと掻く。


「あー……俺がいたら駄目か?」

「いや、駄目ってわけじゃないけどさ」

「まあ、いつも部活の友達と食ってたもんな」


 滝川は野球に専念していることから、必然的に仲が良い友達はほとんどが野球部員だ。

 俺は宿題を見せているし、瀬戸は持ち前の明るさで交流を持っているが、基本的に俺たちと滝川には積極的に交流する理由はない。

 別にお互いに嫌っているとかいうわけでもなく、住んでいるエリアが違うというだけのことだ。


「いやー、俺も前からみんなと食べてみたくってさ」

「そうなんだ」

「そうなのか」


 まあ、そういうのもあるかもしれないな。滝川がそんな風に思ってくれているのは素直に嬉しい。

 隣をチラリと見ると、滝川と瀬戸と俺の会話を両目に、七瀬は野菜を食べる草食動物になっていた。

 周りにいる他の女友達にも手を振っている。気配りのできる奴だ。


「……なあ」

「なに?」

「どうしたんだ?」

「よくよく考えたら、滝川がいるんだったら俺いらなくないか?」


 あまりにも今さらだが、これは当然の疑問だ。

 七瀬が滝川のことを平気なんだったら、朝や放課後は滝川の野球部があるからまだしも、俺がわざわざ昼休みまで拘束されている意味がわからない。

 男子生徒の嫉妬の目と女子生徒の奇異の目に刺されながら食べるのは、ハッキリ言えば飯が不味くなる。

 まあ、美味いんだけど。


「……桜井さぁ」

「それ、本気で言ってるのか? 桜井」


 え? 何か変なこと言ったか?

 瀬戸と滝川の視線はそのまま七瀬に向かうので、俺も流れでそちらを見ると七瀬と目が合う。

 え? 何か悲しそうな目に見えるんだけど。


「桜井くんは……」

「……はい」

「私が作ったお弁当なんか食べたくないってこと……?」

「……はあ」


 なんでそうなるのかさっぱりわからないが、七瀬が悲しそうな顔をするので俺の共感回路は勝手に罪悪感を生み出す。

 別に食べたくないとか不味いとか言ってないんだけど、なんで俺は極刑を受けてるんだ。

 やはり女子の会話の展開はよくわからない。


「桜井」

「……はい」

「紗花はさ、紗花なりにお礼をしてくれてるわけよ」

「……はあ」


 お礼じゃなくて俺をいじめてる償いじゃないのか、それは。

 と言いたいところだが、さすがに俺も少しは空気が読めるので、口に出すことはない。

 まあ、毎日償ってはいじめるのを繰り返すのは中々ヤバイなとも思うけれど。


「だよね? 紗花」

「ふふ。そんなところかな」

「……はあ」


 もはや心の中では完全に正座をさせられている。

 たぶん、足の上には石が四段は積みあがっていると思う。

 とても痛い。拷問だ。生き地獄。


「だから、桜井くんにはこれからも食べてもらえると嬉しいな」


 そう言って、七瀬はなにかを期待するような目を俺に向けてくる。

 思わず目を逸らすと、右も左も滝川と瀬戸に抑えられていて、逃げ場がない。

 なんだこれ。これが噂の圧迫面接というやつか?

 え、どうしよう。正答が全く思い浮かばない。

 そんなに「わかるだろ?」「わかるでしょ?」って目を向けられても困るんだが。

 えっと…………そうだな……まあ、とりあえずは………………………………


「善処……します」

「ふふ。合格です」


 七瀬に口頭で内定をもらいながら、俺はパワーハラスメントの実感を得ていた。

 俺、社会人になるの無理かもしれない。

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