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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第二巻
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彼氏

 北雪学園に入ってすぐ。階段の前で七瀬は立ち止まる。

 そして七瀬が立ち止まってしまったせいで、それを中心にした人の輪はその形を崩して階段を登ることになる。

 これが最近のルーチンワーク。物凄く非効率的な気がするが、七瀬は止めてくれない。

 もはや俺と瀬戸は保護者のようなものだが、七瀬という子供はすぐに友達を引き寄せてギャングを作ってしまう。

 ハッキリ言って、こうなってしまえば俺と瀬戸がいる必要性は欠片も感じられなかった。

 でも、学園の大人達はそれをわかってくれないし、七瀬が何を言い出すかもわからないので、言うことはない。


「お先にどうぞ」


 ジェントルマンファーストを覚えた七瀬は、階段前で止まって必ず俺を先に登らせようとする。

 たぶん、七瀬は俺を弾避けかなんかだと思ってる。

 まあ、他二人が女子だから、確かにこれは俺の仕事かもしれない。

 飛んでくる弾は、およそ俺にとって最悪のものだが。


「はいはい」


 いつも通りに流しても、いつも通りに七瀬は悪戯をするような顔で、俺の後ろにつく。

 そして、瀬戸はそんな俺たちを見てケラケラと笑うだけで、いつも通りに何も助けてくれない。

 今日もいじめの現場が現在進行形で形成されている。誰でもいいから助けて欲しい。


「お、瀬戸じゃん。おはよう」

「おはよー滝川」


 階段を登って二階に到着したところで、友達でクラスメイトの滝川勇気が瀬戸に挨拶をしている。

 目と目を合わせる力とやらを試そうと、滝川に目配せしてみるが、やっぱり助けてはくれなかった。

 はいはい。七瀬なんかの言葉を信じてみようと思った俺が馬鹿でしたよー。はいはいはいはい。

 もう二度と信じねーからな、あいつ。


「いやー大変だね。彼氏さんは」

「はあ? 変なこと言うのはやめろ」


 滝川もいじめる側だったらしい。見損なったので金輪際ノートと宿題は見せないことにしたい。

 でも、親友の村上努と「滝川の面倒を見る」と約束しているので、結局は見せるしかないんだけど。

 後ろで聞こえる笑い声は実に不快なので、頼むから今度からは絶対に一人で教室に行って欲しいと思う。

 まあ、頼むことすらできないんだけど。大人の都合で。


「いいじゃんいいじゃん。光栄だろ? 言われて」

「俺には栄光を浴びる趣味はないから二度と言うなよ?」


 日に日に色気づいていく滝川を横目に、俺は教室に向かう。

 その後も「彼氏さん」とか「七瀬さんの」という単語が周りから聞こえるが、できれば無意味語であって欲しい。

 意味を理解したら頭がおかしくなりそうだから。


「じゃあ、またな」

「ばいばーい」


 滝川と瀬戸が教室に入る。少し遅れて、七瀬も何も言わずに教室に入ってくれる。

 みんなは俺の習性を知っているので、さすがにここだけは配慮してくれている。

 その調子で、集団的いじめも止めてくれるともっといいんだけどな。


「――お」


 廊下の先。D組の教室の前に、俺はいつも通りの人影を見つける。

 男子学生で、大切な親友の村上だ。

 ついこの間まで同じクラスにいたのに、今ではお互いに一番遠いクラスになってしまった。

 そして色々なしがらみのせいで、俺たちは満足に交流ができないでいる。

 唯一の救いは、瀬戸のコミュニケーション能力のおかげで、俺と村上はお互いの連絡先を交換できていたことだ。


「よお」


 いつものように片腕をあげると、村上はいつものように同じ動作で返してくれる。

 これが今の俺と村上の距離で、今の俺たちを繋ぐ確かな絆。

 俺の短い人生の中で、あれだけ殴り合いの喧嘩をしても、友達のままでいてくれたのは村上だけだった。

 だから、できる限りは大事にしたいと思っている。

 あと二年もすれば村上が大学受験で遠いところにいってしまうとしても。


「じゃあな」


 軽く手を振り合い、教室に入る。ここまでが今の俺たちの不文律。

 そのまま廊下側の席を後ろから一つぶん通り過ぎて、俺は自分の席に座る。

 これが定位置。連続いじめ事件の主な犯行現場だ。

 被害者はいつも俺だけどな。


「あー、朝一で英語はだるいなー」


 隣の瀬戸は一向に英語の学力があがらないようで、いつも通りに英語へのうめき声をあげている。

 おそらく瀬戸はヘルプミーすらわからないと思う。助けてくれないから。

 でも、国語と社会の成績は良さそうだな。長い物に巻かれているし。

 …………いや、それは俺も同じか?


「ねえ」


 七瀬はこんな時だけ学習能力が高く、俺が誤って一度反応しただけですぐに声帯模写をしてきた。

 その調子で勉強を頑張ってくれるとありがたい。主に数学。あと国語と英語と社会と理科も。

 家庭科が得意なのは知ってるけどな。あんなものは何の役にも立たないけど。


「ねえねえ」


 最近気づいたのだが、七瀬は困った時に同じ行動を繰り返す癖がある。

 たぶん、こいつは自分の魅力をわかっていて、ひたすらゴリ推せば何でも解決すると思っているに違いない。

 最低な奴だな。ぶりっ子ぶりっ子すれば男が全員自分に従ってくれるとでも思ってるのか?

 そんなのは俺じゃなくて、色気づいている滝川にやってくれ。

 まあ滝川はお前との可能性なんて考えてなかったから無意味だろうけど。


「ねえねえねえねえ」


 ああああああああああもううるさくてめんどくさくて本当にめんどくさくてめんどくさい奴。

 これで反応しなかったら次はなんだ? シャーペンチクチクか? それとも肩トントンか?

 めんどくさいめんどくさい本当にめんどくさいめんどくさくってどんくさい。

 お前は走り回ってネエネエ鳴く羊か? こんな時ばかりどんくささを失わないでくれ。

 そんなにいじめが楽しいのか? 俺はちっとも楽しくないんだよ。


「なんだよ」

「…………ふふ」


 振り返っても元凶は何も言わず、上目遣い気味に微笑んで、曖昧に俺と目を合わせてくる。

 その目からは相変わらず何も読み取れないが、どうせ次に吐く嘘でも考えているんだと思う。

 滝川で検証済みの俺には、お前の嘘はもう通用しないけどな。


「おはよう、彼氏さん」

「は?」


 七瀬の過去最悪な挨拶に、俺は思わず机を蹴りそうになっていた。

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