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俺に恋愛なんてあり得ない  作者: 詩野聡一郎
第一巻
24/67

呪い


 話すといっても、そうだなぁ。何から話せばいいかなぁ。

 何もかもがぐっちゃぐちゃで、自分でもよくわかってないからなぁ。

 うーん…………うん。まずはこれだな。


「結論から言うと、俺は唯一の家族である母親にすら嫌われたゴミクズだ」


 これだ。これが一番しっくりくる。


「え…………?」

「どうした」

「え……え……だって、あんな……え? 仲……良かった…………よね?」


 そんなことも、あったかな。

 俺の頭の中だけでは、だったけれど。

 七瀬は俺と母さんが今は別々に暮らしているのを知っているが、どうせ出張か何かだと思っていることだろう。

 俺と母さんの間に、何があったのか想像もできないだろう。

 でも、それについて話すためには、少しばかり回り道が必要だ。

 なるべく簡潔に話すけど、頼むから一度で理解してくれ。

 あまり、何度も話したいことじゃない。

 そうだな、次はこれだ。


「俺の父親の話なんだが」

「――――」


 七瀬は俺の父親の話を知るはずがない。知り得ない。

 だって、俺ですらおよそ一年前に知ったばかりで、未だに消化不良。

 これを他人に話すのは、七瀬がはじめてのことだ。

 知ってからすぐに、七瀬から自分を引き離してしまったし。


「簡単に言うと、俺の父親は、俺の母親に暴力を振るう人間だった」


 これは俺の一つ目の呪い。

 まあ、これぐらいは大したことじゃない。

 自分が喧嘩っ早い性分なのは、小学校の集団生活の時点で気づいていたし。

 だけど、まあ、そうだな。おかげ様で友達はすぐ失うようになっちゃったな。

 そして、そんな自分が心の底から大嫌いになった。


「で、次の話なんだけど」


 七瀬の顔はあまり見たくない。どうせ欠片も理解できていないだろうから。


「その人は、それに飽き足らず、なんと盗撮をしでかしたらしいんだよな」


 これは俺の二つ目の呪い。

 まあ、このぐらいは大したことじゃない。


「エスカレーターでカメラ使ってたらしいぜ。小さいやつを、靴に仕込んで」


 どうやって仕込んだのかは知らないし、できれば永遠に知りたくない。

 しかしまあ、おかげ様でエスカレーターを使う度に緊張するようにはなった。

 あとは階段も。近くに女性がいると、気分が悪くなってしょうがないんだよな。

 だから、日曜日は七瀬が常に一緒にいて、ハッキリ言って吐きそうだったよ。


「ははは、笑えるだろ」


 七瀬は笑ってくれない。


「当然バレてさ。でも自分で謝りに行けなかったらしいんだよな」


 七瀬は笑ってくれない。


「だから母さんが謝りに行くんだぜ? まだ俺の面倒もみないといけないのに」


 七瀬は笑ってくれない。


「俺のことをおんぶしたまま、許してくれって必死に土下座するんだぜ?」


 七瀬は笑ってくれない。


「馬鹿みたいだろ。ほんと、笑えるよな。どうして結婚まで行きついたんだか」


 俺も、本当は全く笑えない。

 心は笑えないんだけど、身体だけでも笑うしかない。

 じゃなきゃ、思春期の男子というものは到底やっていられない。


「それで傑作なのがさあ」


 でもまあ、次の話は少しはウケるかもしれない。


「なんと浮気もしてたらしいんだよな。どこまでやらかしてるんだよっていう」


 俺にとっては笑える話だが、七瀬にとっては笑い話にならなかったみたいだ。

 これは三つ目の呪い。

 まあ、こんぐらいは大したことじゃない。

 おかげ様で身勝手な欲望は大事なはずの人でも不幸にさせることを知ったよ。

 自分が生まれてきた性別を呪うぐらいには。


「――――でも、それは」


 七瀬が口を開いて、ノリにノってる俺のテンポを崩そうとしてくる。

 それに少しイラっとして、イラっとしてる自分にイラっとする。

 そしてそんな自分にも、イラっとする。イラっとして、イラっとして、イラ


「でもそれは……それは……桜井くんには…………関係ないでしょ」


 ははは。すっごく綺麗な綺麗事を言うんだな。

 どうせそんなことを言うと思ってた。お前なら。


「関係あるんだな、これが」


 もう最初に俺が言ったこと忘れたのかよ。

 あとは単純な合理な思考で簡潔に明瞭に結論が出るだろ。

 この上なく残酷に。


「俺は父親に何もかも似ているらしい。母さんがそう言ってた」


 これが最後の呪い。

 あの日から俺は父親に似ないために、必死で人間の真似事をしている。

 どれだけ皮膚を削り取っても中身は父親と同じケダモノのままだろうけど。

 まあ、見た目だけは、せめて、人間に見えるといいなと思っている。

 え? なに? 見た目じゃなくて中身が重要だって?

 ははは、本当に手厳しいなあ。社会ってやつは。

 そうやっていつも、俺のことを追い詰める。


「だから嫌いなんだってさ。父親に似てる俺のことが」


 そしてこれが、俺の人生で最も予測不可能だった不幸。

 別に母さんのことを憎んじゃいない。むしろ同情してる。

 俺は母さんのことが好きだったから。

 そうだな、例えばあれは小学生の頃かな。


 いつも夜遅くまで仕事して。でも、俺のご飯を用意してくれていて。

 俺の母さんはすごいな、カッコいいなって思ってた。

 しかも、俺の目にはこの世界で一番美人に見えて。

 授業参観の時に他の子の母親も見たけど、やっぱり母さんが一番だった。

 それを言ったら、母さんは、身びいきだって言ってたけど。

 でも、本当にそう思ったんだからしょうがない。

 母さんの長い黒髪は、綺麗で、とても良い匂いがした。

 だから、俺はよく母さんの背中にくっついていた。

 友達と喧嘩別れをしてしまった日でも、そうすると穏やかになれた。

 好きって言ったら、好きだよって返してくれて。

 背伸びして、愛してるって言ったら、愛してるよって返してくれて。

 それだけで幸せだった。親子喧嘩しても仲直りできると思えた。

 大きくなったら、俺が母さんを助けてあげたいな。

 なら、強くならないとな。誰かと喧嘩してでも母さんを守れるように。

 子供ながらにそんなことを考えて。そして――――




 そんなものは、結局ただの思い込みだったんだと、思い知らされた。

 母さんの好きも愛してるも、全部が全部、リップサービスだった。

 俺は勘違いして、思い上がって、顔も知らない父親に似てしまい、嫌われた。

 そして母さんは家を出て行ってしまって、今では金の繋がりしか残らない。

 誰もが臍帯を切られて生まれてくるけど、俺はもう一つのも切れてしまった。

 生まれた時からずっと、俺は何もかもわからず間違い続けて生きてきたんだ。


「ほらな、これでわかっただろ」


 要約すると、俺は犯罪者の子供で、犯罪者予備軍。

 みんながみんなそうではないだろうけど、俺は特に犯罪者似らしいから。

 きっと、すぐにろくでもないことをしでかしてしまうのだろう。

 今日みたいにな。


「俺はこの程度の存在だ」


 七瀬の顔を見たが、それが何の表情なのかはさっぱりよくわからなかった。

 まあ、たぶんドン引きしてるんじゃないかな。

 目の前の生物が、さぞ気持ち悪く見えることだろう。

 だから言いたくなかったんだよ。

 七瀬に迷惑をかけたくなかったけど、七瀬に嫌われたくもなかった。

 だけどそんな俺の身勝手な欲望で、やっぱり七瀬を傷つけてしまったもんな。


「――――でも」


 でも、なんだよ。生半可に優しく聞こえるだけの言葉はやめてくれよな。

 両親に溺愛されてる七瀬にどんな言葉をかけられたって、俺には響かない。

 七瀬の思索なんかが俺の心理に到達するなんて到底思えない。


「でも、桜井くんは…………何度も私のことを助けてくれた」

「はあ?」

「ヒーロー……そう、ヒーロー。ヒーローだった。ヒーロー」

「はあ?」


 何言ってんだか耳の中でゲシュタルト崩壊してよくわかんねーよ。

 お前の言葉の意味は絶賛飽和中で理解不能だ。

 そういうわけのわからないフォローになってないフォローをやめろっての。


「だから桜井くんは、その人に全然似てない…………と、思う」

「はあ?」


 はあはあ言うのも疲れてきた。

 似てるから俺はこんなに苦しんでいるんだけど、お前は何を言ってるわけ?

 理解できないのなら、自分は理解できないってちゃんと理解していてくれよ。


「私なんかが言っても、信じてもらえないかもしれないけど……」

「そうだな」


 それは、その通り。

 そんな優しいだけの気遣い、信じるつもりなんてサラサラない。

 どうせ心の支えにしたところで、サラサラ零れ落ちていくだけだろうし。

 はは、笑える。何の支えもない俺の人生に相応しいジョーク発見。

 こりゃ最高だ。最高。最高の気分。笑って帰ろう。


「じゃあ、もう俺行くから」

「好き」


 あああああああああああああああああああ。

 だからそれやめろ! 頼むからやめてくれ!

 信じない! 俺はそんなものは信じない!!

 そんな俺の気持ちを全く汲んでくれないお前なんか大っ嫌いだ。


「嫌い」

「好き」

「嫌い」

「好き」


 花占いやってんじゃねーぞこっちは頭がおかしくなりそうなんだ。

 俺の人生にはそんなものないんだって。普通の人の人生にしかないんだって。

 トラウマちゃんと教えただろ。トラウマ持ってる人には優しくしろよ。

 そんな薄っぺらい言葉で俺の精神を病ませてやろうって魂胆か?

 そんなんいじめだぞ、いじめ。いじめはやめろよ、いじめられっ子。


「めんどくさいわ、お前」


 最低限の社交的な義務は果たしたし、悪口の一つぐらいは言うからな。

 もういい加減に愛想も、わずかな情も尽き果てただろうし。


「愛してる」

「――――」


 そんな言葉、こんな世界で一番聞きたくない。一位タイで。

 そんな言葉を使う気も起きない。

 嫌いと嫌いじゃないにしか気持ちを込めたくない。

 俺はもうほとんど自分のネガティブ感情にしか真実味を感じられない。

 好きも愛してるも、言うのも言われるのも気持ちが悪くてしょうがない。

 どうせ勘違い。どうせ裏切られる。どうせ間違える。どうせ置き換わる。

 俺は、わからない。お前らが恋と愛に感じている真実味は、欠片も理解できない。

 欠片も感じられない。

 欠片も同定できない。

 そんな俺に恋愛なんてあり得ない。


「うーん…………やっぱり、現実って難しいな。本みたいに、上手くいってくれない」


 七瀬は、思い切り話の文脈を逸脱しながら、あまりにも当然のことを言った。

 そうだよ、現実はドラマやラノベみたいに少しも上手くいってくれやしない。

 何も上手くいかない。何も巻き戻せない。未来に希望なんか持てやしない。


「これでもかなり勉強したんだけどね。人気のは軒並み読んでみたし」


 そしていつも通りに、不十分な表現を使って俺の社交性を試してくる。

 ま、俺にはそんなもの生まれた時からないんだけどな。だから意味なんてわからない。


「だけど、どんな言葉も…………私を、桜井くんの心に寄り添わさせてくれない」


 俺とお前じゃ何もかもが違いすぎて、共有できる公約言語はたかが知れてる。

 だから、どれだけ頑張っても交信不可能なことを確認することしかできない。


「やっぱり、借り物の言葉じゃダメなのかな」


 逆だ、逆。お前の言葉の方がダメに決まってる。

 どうせ俺に届くはずがない。幸せな嘘つきの言葉なんて信じない。


「うん、決めた。私、桜井くんのストーカーになる」

「はあ? なんでだよ」


 なんなんだよお前は。どうしてそんなにタイミングが悪いんだよ。

 それだってどうせ嘘だろ。ストーカーなんていなかったんだから。

 まさか俺が狼少年の言うこと信じるタイプだと思ってんの?

 さすがに間違いだらけの人生でもちょっとは学習してるっての。


「桜井くんが、桜井くんの思ってるような人間じゃないって、私が教えてあげるよ」

「は? 頭おかしいんじゃないか?」

「そうだね。自分でも今ちょっと、おかしいんじゃないかなって思ってる」


 オブラートが溶けて剥き出しになった悪口を、七瀬は難なく飲み込んでしまう。

 なんだこいつは。表面上の言葉だけでも勝たないと気が済まないのか?

 開き直りは否定語に対するバリアーで、最強戦法だからな。


「でも、それが私だから」

「――――――――――」


 その言葉のせいで、村上にぶつけてしまった言葉が思い起こされた。

 結局のところ、あそこで村上に向けた感情は、七瀬への思いやりとかではない。

 その型を借りて、流し込んだのは、俺の感情と欲望でしかないのはわかっていた。



 生まれたかったわけじゃないこの世界で。

 俺が俺自身のことを肯定できなくて。

 誰かに俺を肯定してもらいたくて。

 誰かに好きになって欲しくて。

 誰かに愛してもらいたくて。

 人間扱いして欲しくて。

 見て欲しかった。



 でも、そんなものは手に入りっこないし、手に入っても偽物だろうと諦めている。

 だから、義憤という名目で怒り狂う代償行動で、憂さ晴らししているだけに過ぎない。

 そして、そんな程度の人間だから、友達にも、一番近くにいる人にも嫌われてしまう。


 七瀬は、こんなにも醜くて最低な俺のことをちっともわかってくれない。

 あれだけ俺が一生懸命話したのに、一番わかって欲しいことを致命的に見落としている。



「…………後悔させてやる」


 俺が心を開いて話したのにわからないことを、追いかけ回してわかるはずない。

 俺のことは俺が一番わかってるんだから、七瀬の言ってることが正しいわけがない。

 だから、七瀬の言ってる理解は全くの誤解で誤算でしかない。

 だから、七瀬にはさっさと諦めて欲しい。

 たかが昔の友達一人にこだわるなんて、無意味で無駄だってわかって欲しい。


「俺なんかに無駄な時間を使ったなって、後悔させてやる」


 七瀬と俺に恋愛なんてあり得ない。

 こんなに言葉でわかり合えないのに、目と目で話せるようになんてなり得ない。

 捻じ曲がった状態で何もかも巻き戻せない俺たちが、わかり合えるはずがない。


「絶対に、俺が最低な奴だって、見損なわせてやる」


 俺は精一杯の宣言で、絶対に返せない言葉で、表面上の言葉だけは勝とうとする。

 なのに、どうしても七瀬には敵わない。

 だって、七瀬はいつかみたいに暢気な表情をしているんだから。


「こっちこそ」



「絶対に、私が最低な奴だって、見直させてあげるから」



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