王子
俺たちは買取の手続きをするために闘技場へと向かっていた。
俺の異世界生活は一体どうなってしまうのだろう。
期待と不安が入り混じる。シャルルに買われるのは正しい判断だったのだろうか。永遠にこき使われたりしないよな?
考えれば考えるほど不安が大きくなった。
今更考えても仕方ないか。
そう思い、俺は考えるのをやめた。
街の大通りをぬけて、闘技場に差し掛かった時だった。
「いた! いたぞ!! ノザキヒロトだ!!!」
見覚えのないおじさんが俺を指差して叫んだ。
やっぱり抜け出したのはまずかったんだな。
どうしたものか・・・
俺が様々な言い訳を考えていると、闘技場の係員が汗だくになりながら、こちらに向かって走ってきた。
「やっと見つけた!!
探しましたよ! どこに行っていたんですか?」
息を弾ませながら係員は俺の腕を掴んだ。
「あなたを買いたいって人がきたんですよ!
ほら、早く行きますよ!!」
係員は強引に俺を引っ張って歩き出した。
えっ、そんなことってあるの?
じゃあ、俺はシャルルに買われなくて済むってこと??
急に目の前が輝きだした。
異世界も悪くないじゃないか!!!
「誰なのそれ?」
シャルルは係員の手を掴んで言った。
表情は笑顔だったが、目は笑っていなかった。
殺気がほとばしっている。
始め、係員はシャルルに手を掴まれて、少し頬を赤く染めた。シャルルの外見なら誰だってそうなるだろう。完全に詐欺である。
だが、シャルルの目を見た瞬間、係員の顔は真っ青になった。
「ア、アブドヘルムの、第一王子です」
係員の声は震えていた。
だが、シャルルはそれを聞いた途端、急に上機嫌になった。
「それなら大丈夫だわ!
さあ、行きましょう!!」
俺と係員は訳が分からずに顔を見合わせた。
・・・・・・
なぜこうなった??
今、シャルルとアブドヘルムとかいう国の王子はいい争いをしている。その内容は「バカ」「ブス」「ハゲ」という、実にレベルの低いものだった。
俺はこの2人のどちらかに買われるのか・・・
この先のことを考えるだけで、俺の胃は悲鳴を上げた。
・・・・・・
遡ること10分前。
俺たちは闘技場の応接室に案内された。
係員はシャルルが相当怖かったのだろう。俺たちを応接室の前まで連れてきた後、一目散に逃げていった。
「これで邪魔者も消えたわ」
というシャルルの満足そうな表情を見て、絶対に王子に買ってもらおうと俺は決意した。
応接室の扉を開けて中に入ると、そこには豪華な装飾品で身を包んだ20歳ぐらいの若い男性と、頑丈な鎧を身に纏った30歳ぐらいの男性がいた。若い男性は椅子に座っていたが、もう1人の男性は若い男性の側で立っていた。
「やっときたか。ノザキヒロ・・・」
「ごめんなさい!
この人、私に惚れてるみたいなの。
だから、あなたみたいな世間知らずのお坊ちゃまなんかに買われたくないんだって」
シャルルが若い男性の言葉を遮って笑顔で言った。
男性の顔が見る見るうちに赤くなった。
そして今である。
もう勘弁してくれ。
俺の思いはもちろん届かなかった。
若い男性はアブドヘルムという国の王子だそうだ。
王子は19歳らしく、横暴で自己中心的な態度の王子を見た王様が、王子に呆れて「もっと世界を見てこい!」と追い出したらしい。
妹を溺愛していて、夜な夜なたまに「妹よ〜」とか言って泣くんだって。
なぜ俺がこんなに王子のことを知ってるのかって?
それは王子の付き添いをしているこの人に教えてもらったからだ。
「俺は王子の付き添いをしているガルムというものだ。
よろしく!
いやーー、お前さんの試合は痺れたぜ。久々にいいものを見せてもらった」
ガルムは執事のような固い感じはなく、気さくに話しかけてくれた。
「うちの坊ちゃんも頑固だが、おたくの嬢ちゃんもすごいなぁ」
ガルムは笑って言った。
王子とシャルルの言い争いはなかなか収まらなかった。
「余があのものを買うのだ!」
「私はあいつから買ってください、お願いしますって頼まれたのよ! 土下座までされたわ!!
だから私に買う権利があるの!」
もちろん、そんなことしていない。
100%嘘だ。
「うるさい、うるさい! 余が買うのだ!!」
王子はついに癇癪を起こした。
その姿はまるで子供のようだった。
確かに、この姿を見れば王様が呆れたのも頷ける。
これは追い出されても仕方ないな。
俺の後ろにいたガルムさんは大きなため息を吐く。
どうやら、いつものことのようだ。ガルムさんも大変だな。
ガルムさんは王子を諌めながら、1つの提案をもちかけた。
「それでは決闘をするのはどうでしょうか?
勝った方がノザキヒロトを買う権利を得られるようにしましょう!!」
この王子が強そうには見えないけど、勝算はあるのか?
まずこんなこと、王子は受けないだろ?
「よし、そうしよう!!!」
王子は威勢良く言った。
・・・・・・
決闘は大通りの真ん中で行われた。
「余の勇姿を、平民にも見せてやらねば」
と王子が言ったので、ガルムはため息を吐きながら締罰隊に許可をとりにいったのだ。
王子とシャルルは大通りの真ん中で向かい合った。
決闘を聞きつけた人達が、王子とシャルルを囲んでいた。
ルールはガルムが決めた。
武器、魔法の使用禁止。
殺しはなし。
降参した方の負け。
また、気絶など戦闘不能になった場合も負け。
というルールだ。
魔法がありなら、シャルルの圧勝だと思っていたが、この場合はどうなんだろうか。いくらシャルルが強いからと言っても女性である。武器も魔法も無しでシャルルは戦えるのだろうか?
「余はこれでも3日も戦闘訓練をしたことがあるのだぞ!」
王子はでたらめな構えをとりながら自信満々に言った。
それって3日坊主ってことだろ。呆れてものも言えない。
シャルルも呆れた顔をしていた。
なんだか初めてシャルルと共感できた気がした。
「両者構えて!」
ガルムが2人に言った。
勝負は一瞬だった。
ガルムは両者が構えをとったことを確認して、右手を上げた。そして「始め!」という開始の合図とともに右手を振り下ろした。
王子は開始とともにシャルルに向かって突っ込んだ。戦い慣れしていないことはすぐに分かった。バタバタと走る王子の姿は実に滑稽だった。
シャルルは王子の攻撃と言えるか分からないものをひらりとかわし、そのまま王子に華麗な腹パンを決めた。
「おえっ」
王子はその場で倒れた。
どうやら一瞬で気を失ってしまったみたいだ。
「勝負あり!」
ガルムの声が響いた。
ガルムが王子に近づいていく。
「あーあ、伸びちまってるよ」
そう言いながらガルムは王子の頬をツンツンとつついた。
そして片手で王子を持ち上げた。
「戦ってくれてありがとよ。
ま、王子にとってはいい社会見学になったわ。
またどこかで会えるといいな、じゃあな!!」
そう言ってガルムは伸びた王子と共に去っていった。
「2度と私達の前に顔を見せないでよね!」
べーっと舌を出しながらシャルルは叫んだ。
周りにいた観衆は一瞬で終わってしまった決闘に「つまらなかったな」「あの男、しょぼすぎだろ」と不満を言いながら、ばらけていった。
戦っていた男が王子だと知ったら手のひらを返すんだろうな。そう思うと、少し気分が悪くなった。
「何ぼーっとしてるの? 早く行くわよ」
そう言ってシャルルが闘技場に向かって歩き始めた。
これで俺を買ってくれるのはシャルルに決定か。
不安が押し寄せてくる。
ま、なるようになるか!
せっかく異世界に来たんだ、楽しまないとな。
俺はネガティブな思考を振り払うように顔をあげた。
「なんで笑顔なの? 気持ち悪い。
あっ、もしかして私に買われるのがそんなに嬉しいの?」
ニヤニヤした顔で言うシャルル。
前言撤回。異世界は楽しめなさそうだ。
「どこ行ってたんですか? 王子もいなくなってるし。
怒られるのは僕なんですよ!!」
先程の係員がすごい形相でまくし立ててきた。
頭に1つ大きなたんこぶができている。どうやら既に怒られたらしい。もうシャルルにびびってはいなかった。
それでもシャルルはマイペースに行動するので、係員の怒りが収まることはなかった。




