第一章 01 オッサン・エンゲージ
《Α・ο 1220》
《〈南部辺境〉荒廃街道》
《主観:???》
『予定だと、そろそろ〈おっさん〉の小隊が来る頃だよな?』
『ああ、傍受した通信に間違いがなければ、だが』
『やれやれ、心配性なこって。アンタがミスする訳ないだろ』
『悲観的に想定する癖が出来ているだけだ。大体、私も絶対にミスをしない訳では……む、噂をすれば、というやつか。〈斥候ドローン〉が、移動する熱源を検知』
『お、来たな』
『では、配置に付く。『交渉』は任せたぞ』
『おう、任せとけ!』
『……今日はいつもとは違う。失敗しないように頼む』
『……おう。オレから頼んだ事だ、しっかりやるさ!』
□■□
《Α・ο 1230》
《〈南部辺境〉荒廃街道》
《主観:不明》
どこまでも続くと錯覚しそうな荒野。
目に入ってくるのは、所々取り残された灌木や砂になり切れない岩の塊。
生命の息吹はほとんど見受けられない、動くものも見えない不毛な荒野。
そんな荒れ果てた荒野の中を、砂煙を上げて疾走する複数の『モノ』があった。
疾走する複数の『モノ』。
それは、操縦席と荷台を分厚い装甲で覆った3台の〈装甲輸送車両〉と。
その先頭と最後尾を走る、〈重機関銃〉や〈対装甲ロケット弾〉を積んだ、2台の〈軽装甲戦闘車両〉で編成された、合計5両からなる〈輸送小隊〉だった。
「──小隊長! 〈δ1〉から通信!」
先頭の〈軽装甲戦闘車両〉の中で、ガタガタと五月蝿く響く走行音に負けないよう、通信手の伍長が小隊長に怒鳴った。
〈δ1〉とは後続の〈装甲輸送車両〉に割り当てられた番号であり、一両目は〈δ1〉。 以降〈δ2〉、〈δ3〉と続いている。
護衛の〈LCV〉の番号は、先頭の小隊長車両が〈α1〉、最後尾が〈α2〉だ。
「何だ!」
助手席に座り防塵ガラスから前方を見たまま、低い声で通信手に怒鳴り返したのは、ややくたびれた感のある砂色の野戦服の上から、防護アーマーを着込み。
インカム付きの防護ヘルメットと、鼻から下は防塵マスクを兼ねた薄い伸縮性素材の目出し帽を装着している為窺えないが、一部だけ覗いている防護グラス付近の肌は何度も日焼けしたであろう色合いをした、全体にガッチリした印象の男。
それが、この輸送小隊を率いる小隊長、『ガート・ツァルコー中尉』だ。
「〈δ1〉の〈エンジンラジエータ〉が注意温度! 喫緊ではないが、行進速度を少し落とせないか? との事!」
「出発前のミーティングで言った通りだ! この、ろくに掩体も遮蔽も無い〈危険地帯〉を抜けるまで、速度を落とさず進行する! しばらく何とか持たせるよう伝えろッ!」
通信手は復唱すると、聞いたままを無線に怒鳴る。〈δ1〉からの返事を待つ間、ツァルコー中尉は思わずといった風に一人ぼやいた。
「全く……『上』も無茶を言う……俺の小隊ばかりで、連続で単独輸送任務とは……ろくに整備の暇も無いぞ」
「まぁまぁ。それもこれも小隊長の有能さを見込んだから、こそでしょう?」
ツァルコー中尉の独り言に返したのは、操縦席でハンドルを押さえながら泰然とタバコをふかす部下の一人。今回の輸送任務の直前からこの部隊の配属になった、軍曹だった。
酷い騒音の中にもかかわらず、ツァルコー中尉のぼやきを聞き取ったらしい。
「本音を言えば、勘弁してくれ! と、叫びたいぜ……後な、こいつは見込まれてるんじゃなくて、良いように扱き使われてるって言うんだぞ? ……ったく」
ぼやくと、ズリズリと座席をずり下がって防護ヘルメットを上から押さえて深く被る。その姿を、チラリと防護グラス越しに見ながら、軍曹は苦笑を漏らす。
「まぁ、自分なんかはラッキーだと思いましたがね。『無損失』のツァルコー中尉の下に配属されるなんて」
「ハッ! 『あんな噂』信じてるのか軍曹! あれは、『上』が流した適当そのもののガセだぞ?」
ずり下がったままの姿勢を変えず、ツァルコー中尉は鼻で笑うと、言葉を続ける。
「大体、長距離輸送して『無損失』で済む訳が無いだろうが。 タイヤは磨り減る、燃料は食う、故障はする! 何かしらの『損失』は出るんだ」
「ですが、他の部隊ならば頻繁にある、輸送物品の損失が──」
「そんなモン、無くて当たり前だ!」
軍曹の言葉を遮って、勢い良く起き上がったガート中尉。
一瞬、防塵ガラスの外へ視線を向けて異常が無い事を確認すると、横目で軍曹を見ながら言う。
「『輸送必着』! 俺達は物運んでナンボの部隊だろう? オレに言わせれば『他』が要領が悪いんだ! いや……『一部』は逆に要領が良いのかも知れんが、な」
「まぁ、建前はそうなんでしょうけどね。でも実際この『南部辺境』では、ある程度の損失は仕方が無い事、てのが共通認識のはずなんですが……」
「……その内『分かる』さ」
再度苦笑する軍曹に一言だけ返すと、ガート中尉が後ろを振り返った。
「おい! 〈δ1〉は何か言ってきたか?」
「いえ、応答ありません! 後、若干ではあるのですが……『通信障害』の予兆があります!」
その答えに、ツァルコー中尉は再度頭に手をやりうな垂れる。 ハンドルを握る軍曹も、苦笑していた。
通常ならば〈δ1〉は即座に応答をするだろうし、何らかの通信不良が発生した場合でも反応は見せる また、応答が無いならば無いで通信手は再呼び出しをしていたはずだし、〈通信障害〉の予兆があったのなら即座に報告すべきだった。そこに気が回らないほど、部隊全体が疲労していた。
「これだからな……おい、後2回呼び出せ。それでも反応が無かったら……いや、おい! 射撃手!」
〈LCV〉の車両中央部に設けられた、一段高い座席。 銃手席から外に顔を出している射撃手に、ガート中尉は呼び掛けた。
「何スか、小隊チョー!」
周囲を警戒しつつも、どこか気楽なガンナーの返答に、思わず力が抜けるガート中尉。 しかし、ひとまず気を取り直し、指示を出す。
「〈δ1〉の様子を見てくれ! 可能なら、通信を寄越すように手信号!」
「リョーカーイッ!」
やはり何処か気の抜けた返答だったが、動作自身は機敏に後方を確認する射撃手。ややあって、もう一度射撃手から報告が来る。
「〈δ1〉特に異常ナーシ! 手信号にも反応、連絡寄越すそうッス! あ、さっきの通信は〈感無し〉ッス!」
「良し! 引き続き周囲の警戒頼むぞ!」
「アイサーッ!」
喋り方はともかく、疲れた部隊の中では比較的反応の良い射撃手に、気を良くしたツァルコー中尉だった……が、しかし。
次の瞬間には、自分の置かれた立場を含めた『一連の出来事』に対して、考えに耽ってしまう。
〈中央〉程、治安が良くない各辺境群。中でも、特に治安の悪いとされる〈南部辺境〉へ繰り返し行われる、〈極秘〉の単独輸送任務。
今まであまり無かった、比較的短期間でのこの任務が意味するのは、一体どういう事だろうか。
「──オレ達ぁ、一体『何』を運んでるのかね……」
ふと漏れ出た、自身でも無意識の小さなの呟きに、ツァルコー中尉の背筋に悪寒が走った。
……同時に、自分自身もミスを犯している事に気付く。
(『通信障害』……ッ! しまった!)
「おい、通信──」
ツァルコー中尉が、もう一度通信手に呼びかけようとした瞬間だった。
「小隊長! 〈δ1〉から緊急レーザー通信! 『未確認』接近! 1時!」
「小隊チョー! 1時に土煙! 詳細不明! 距離……約三千!」
通信手と射撃手から、同時に非常事態を告げる報告が上がったのだ。
「クソッ! 1時──〈α2〉に〈δ3〉の右後方に付くよう通信! 主警戒方向以外にも気を抜くなと伝えろ! その後、全体に分散隊形を指示! おい、軍曹! 先行だ!」
「アイ・サー! しっかり掴まってて下さいよ!」
矢継ぎ早に指示を出すと、復唱しながら通信機に叫ぶ通信手を尻目に、運転手である軍曹に車両を接近してくる〈何者か〉の方向に向かわせる。
装甲が施されているとは言え、輸送車両は輸送車両。狙われれば、基本的に逃げるしかないのだ。
〈α1〉は滑らかに加速すると、隊形を変えつつある輸送車両〈δ1〉を引き離し位置に付いた。
「良し! 軍曹、維持しろ! 俺が目視する!」
「アイ・サー! ころばないで下さいよ!」
立ち上がったツァルコー中尉は、座席真上の装甲板を押し開いた。 装甲のせいで視界が悪いのをカバーする為に作られた、装甲車両用の機構だ。
もっとも、下手に使えば狙撃の良い的になるので、そう頻繁に使われるものではなかったが。
手に持った〈電子双眼鏡〉で土煙の立つ方向を確認するツァルコー中尉。悪路を走る揺れのせいで、なかなか確認出来なかったが『相手』が近づいている事もあり、やがてはっきりと確認できた。
──『ソレ』は遠目にはゴツイ鎧を着込んだ『人間』、に見えない事も無いシルエットをしており。『ソレ』が後ろに盛大に土煙を上げながら、輸送小隊へと迫ってきていた。
直接確認すると、ツァルコー中尉は装甲板を閉め、車内に戻り呟いた。
「チッ……〈MD〉って事は、『アイツ』か」
「──ええッ!? 何ですって!? な、何でこんな所に〈ナイト〉がッ!?」
「えらく慌てるな……いや、まぁ仕方ないか」