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櫻、そのすべて  作者: 涼楓堂
壱幕「偶然でも必然で在っても其処に在るのは出会ってしまったという事実」
6/11

壱幕之五「覚悟(かくご)」

「――では、そちらの方でも、今日は特に収穫はなかったのですね」


 菊姫が残念そうな声で云う。夜の報告会で、清澄きよすみ殿は新たな神隠しが発生し、現場に向かった事は報告したが、鬼眼五櫻きがんごおうの事を伝えなかった。

 私と一葉かずは殿も、約束通り何も云わない。清澄きよすみ殿は、私と一葉かずは殿の三人で、玄眼角端げんがんのかくたんを見つけ出し、事件の解決を図ろうとしている。

 そして、私はその案に賛同した。つまりはこれ以上、菊姫も危険に巻き込まないという事になるからだ。

 ただ、清澄きよすみ殿は、最終的に靑眼聳孤せいがんのしょうこについては、佐久夜さくや殿に任せるつもりのようだ。ならば何故、こんな回りくどい事をしているのかと云うと、玄眼角端げんがんのかくたん佐久夜さくや殿を接触させたくないからだと云う。

 玄眼角端げんがんのかくたん――鬼眼五櫻きがんごおうの中でも、最も情報の少ない――というよりも情報がないのだという。他の四体は、少ないなりにも情報はあるが、玄眼角端げんがんのかくたんには"神宮かみのみや"の人間でさえ、今まで遭遇もした事がないそうだ。

 さらに清澄きよすみ殿は「何となく、自分に似てる気がするんです」と云い、こう推測した。恐らく、玄眼角端げんがんのかくたんは、戦闘能力の高い武術家ではなく、智謀を巡らし、搦手からめてを得意とする策略家であり術師である、と。

 はっきり云って、佐久夜さくや殿は一族史上でも最強で、相手が武術家であれば、まず負ける事はない。が、条件さえ整えば、確実に殺せるようなわざを持つ術師が相手の場合、これまで、その圧倒的な力で押し切ってきた佐久夜さくや殿では、戦いの駆け引き次第では危ういのだ。

 だからこそ、玄眼角端げんがんのかくたんを、同じような術師である清澄きよすみ殿が抑えている間に、靑眼聳孤せいがんのしょうこと、佐久夜さくや殿が真正面から戦えるように場を整えたい、というのが清澄きよすみ殿の考えだ。


「――では、今日の報告会はこれで終わりでしょうか」


 そう云った清澄きよすみ殿に、菊姫が、珍しく落ち着かない様子で問いかける。


「はい。ただ、その――個人的に聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか」


 清澄きよすみ殿は驚いた顔をして、菊姫の後ろに控えていた私を見たが、私は首を横に振る。全くもって心当たりはない。

 例の何とも言えない表情になって、清澄きよすみ殿は恐る恐る「はい。何でしょう?」と返事をした。


「あの――申し訳りません。大した事ではないのですが――皆様は"神宮かみのみや"から来られたのですよね? しかし、清澄きよすみ様は"神園流時空術かみのそのりゅうじくじゅつ"を遣って、私を助けてくださいました。ですが、佐久夜さくや様も一葉かずは様も、同じような術は遣わないようですし、流派が何故、"神宮かみのみや"ではないのかが気になってしまって――」


 なるほど。確かにそうだと思いながら、清澄きよすみ殿をみると、ほっとしたような顔で、顎に手をあてている。これはどうも彼の癖のようだ。


「ああ――そうですね。隠す事でもないですが、わざわざお話するような事でもなかったので――それでは、いい機会なので、"神宮かみのみや"と"神園かみのその"、そして"神龍かみのりょう"も含めた"神使三眷族かみのつかいのさんけんぞく"について、説明しましょうか。では、その前にまず、改めて自己紹介をしますね」


 そう云うと、清澄きよすみ殿は姿勢を正して菊姫に向かい合った。


「私は、第七代神園かみのその当主"嶺時れいじ"が一子。神園清澄かみのそのきよすみと申します。そして、第八代神宮かみのみや当主"佐久夜さくや"様の許婿いいなずけでもあるのです。正式な婚儀はまだなのですが、これから"神宮かみのみや"の人間になる予定です」

「なるほど。それで――」


 菊姫はそう云うと俯いた。私の居る場所からでは表情は読み取れない――だが、これは――

 そう云えば、今回もまた、佐久夜さくや殿が居ない。隣の部屋から感じる気配――これが佐久夜さくや殿だと思うのだが、何故こちらに出て来ないのだろう。もう誰も話題にしないので、正直なところ聞きにくい――私のそんな思考を、清澄きよすみ殿の声が遮った。


「では、私達の一族ですが、"神宮かみのみや"と"神園かみのその"、そして"神龍かみのりょう"。この三つの一族を総じて"神使三眷族かみのつかいのさんけんぞく"と云います。"三眷族さんけんぞく"の使命はたったひとつ。"異界の妖魔"を殲滅する事です」

「"異界の妖魔"――妖怪ではなくて?」


 菊姫が当然の質問をする。清澄きよすみ殿も、待っていたかのように頷きながら答える。


「そうです。今の妖怪等とは比較にならないほど、強力な力を持った異形の者達です。この世とは別の世界から"門"を通って現れたと云います。長く永く続いたその戦いを、我我われわれは"妖魔大戦"と呼んでいます。ですが、その"妖魔大戦"も、今から四十七年前に終結しました。多大な犠牲を払って――」


 ここで清澄きよすみ殿は一旦話を切った。これまで全く手を付けていなかったお茶を少しすすると、再び語り始める。


「"三眷族さんけんぞく"にはそれぞれ特徴がありました。守護の"神宮かみのみや"、時空の"神園かみのその"、戦闘の"神龍かみのりょう"です。"神宮かみのみや"が防ぎ癒し、"神龍かみのりょう"が攻めて、妖魔を"門"まで押し返し、"神園かみのその"が"門"を閉じる。そうやって、"三眷族さんけんぞく"は戦い続けました。気の遠くなるよな昔から、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと戦い続けて、ようやくく全ての妖魔をこの世から殲滅しました。ですが、"妖魔大戦"が終結した時には、最前線で戦っていた"神龍かみのりょう"の一族は、当主を残して全員が還らぬ人となり、"神龍かみのりょう"の一族は滅びました。そして、再び異界との"門"が開かぬようになのか、"神園かみのその"の力も徐々に弱まっていて、このまま"神龍かみのりょう"と同じように、滅んでいくのだと思います」


 "神龍かみのりょう"――私は、たぶん、"神龍かみのりょう"を知っている。清澄きよすみ殿の話は続く。


「ですが、"神宮かみのみや"だけは力を失いませんでした。その理由はすぐにわかりました。鬼眼五櫻きがんごおうが現れ、それに呼応するように、妖怪が、鬼が現れたからです。それからは、"神宮かみのみや"と鬼眼五櫻きがんごおうや妖怪、鬼との戦いでした。ですが、大きな問題がありました。"神宮かみのみや"に伝わる"神宮流護神術かみのみやりゅうごしんじゅつ"は守護の力、守り癒す力です。妖怪や鬼は問題ありませんが、鬼眼五櫻きがんごおうを倒す事は出来ませんでした」


 "神園かみのその"は時空術じくうじゅつ、"神宮かみのみや"は護神術ごしんじゅつ、ならば"神龍かみのりょう"は――

 私は清澄きよすみ殿の話が途切れた時に、問いかけてみた。


「――少しよろしいでしょうか。もしかして、"神龍かみのりょう"は武闘術ぶとうじゅつを遣うのではないですか?」

「ええ。何故それを――今は唯一生き残った、第九代神龍かみのりょう当主"千樹せんじゅ"様しか遣えないわざです」


 清澄きよすみ殿は驚きを隠せない顔で私を見た。


「やはり、そうですか。私はその"神龍かみのりょう"の生き残った当主に会った事があります。というよりも、何年か一緒に旅をしていました。私の――恩人です。あの人は、千樹せんじゅと云う名だったのですね。私達は"セン人"様と呼んでいました」

「それでは、貴方あなたはまさか、乳母捨山うばすてやまの生き残りの――」


 そう云って、清澄きよすみ殿は、教えていないはずの私の名を呼んだ。


 ********


「――清澄きよすみ様は、嘘が下手すぎますね。あれで、私達を騙せているつもりですよ。菊姫様」


 佐久夜さくや様はそう云うと、心底、可笑しそうに微笑んだ。

 あの三人が、何かを隠している事はすぐにわかったけど、私と佐久夜様は騙された振りをする事に決めた。それは、それぞれお互いの仲間を信頼しているから。

 きっと、私達の為にと、考えてくれているのだから、無理に追及する必要はない。こちらはこちらで、やれる事をやるだけだ。

 でも、()()()が私に隠し事をするなんて、百年は早い。後できっちりと締め上げておかないと駄目ね。まあ、清澄きよすみ様の指示でしょうけど――

 そうだ、()()()と云えば――


「不躾な質問で申し訳ありませんが――佐久夜様は()()()()()()()()()()()()。理由を聞いても良いでしょうか?」


 佐久夜さくや様は――私の護衛で、乳母捨山うばすてやまの生き残りである()()()に会うのを、あからさまに避けている。

 いつもにこやかな佐久夜さくや様が俯いて黙ってしまった。やはり、これは聞いてはまずかったのだろうか――


「あの、無理にお答えして頂かなくても、大丈夫です。申し訳ありません」

「有難う御座います。お答えしたいのですが、私もうまく言葉が出て来ないのです。正直に云うと、私もどうしていいのかわからなくってしまっていて――」


 そう云うと、佐久夜さくや様は膝の上で両方の人差し指の先を、とん、とん、と合わせ、それを眺めている。何と云うか、そう、すごくもじもじしている。

 年上の女性にこう云っては失礼になるかもしれないが、ものすごく可愛らしい。


「詳しい理由をお教えする事は出来ないのですが、先程の乳母捨山うばすてやまの件のように、私とあの方は、全くの他人と云うか、無関係ではありません。ですが、それを()()()()()()()()()()()。私達が一方的に知っているのです。まあ、それだけではないのですが、中中なかなかお会いする勇気が持てなくて――」


 佐久夜さくや様はそこまで云うと、指の動きを止めて顔を上げた。そして、今度は真剣な表情で問いかけてきた。


「菊姫様。以前に私がした質問を覚えていますか」


 助けて貰った時に聞かれた質問だ。命の重さについて。私は小さく頷いた。


「あの時の答えを聞いて、色色いろいろと考えました。それで、もうひとつ別の質問をさせてくれませんか?」


 私はまたしても、小さく頷く。


「第八代神宮かみのみや当主を襲名した時に、御婆様から云われたのです。『条件が整ったから襲名させるが、お前にはまだ当主としての覚悟が足りない』と。でも、()()()()()()()()が何かわからず、私はずっと悩んでいました。そして、あの時、貴族でありながら、身を挺して母娘おやこを守る貴方あなたを見て、私は先代の当主であった母を思い出したのです。母と重なる貴方あなたの姿に、何か手掛かりがある気がしたのです」


 そこまで一気に云うと、大きく深呼吸してから、佐久夜さくや様は問いかけてきた。


貴方あなたにとっての、貴族としての覚悟とは何ですか」


 私は、佐久夜さくや様に倣って大きく深呼吸をする。そして――


「私の覚悟。それは自分に嘘をかず、我儘わがままに、全てを望んで行動する事です」


 佐久夜さくや様は、きょとんとした顔をしながらも「我儘わがままに――ですか? 」と何とか絞り出した。私は意識して満面の笑みを作って「はい。我儘わがままに、です」と答えた。


「――私はずっと、自分に嘘をいていました。父上の役に立ちたかったのに、市井へ出て、人人の暮らしを見たかったのに、女だからと自分を納得させようとした。母の事で、()()()を恨みたくなかった。憎みたくなかった。でも、そうしなければ心が壊れてしまいそうだからと、()()()()()()()()()()()()()()。でも、私は本物の覚悟を見たんです。それは他の誰でもない、尊敬する父上の中に――」


 そして私は佐久夜さくや様に話した。私と、母と、父上と、そして、()()()との間に起った事を――


「――だから、私は全てを望む事にしたのです。我儘わがままに。父上の役に立ちたい。だから市井の人人ひとびとを守ると誓った。だから強くなりたくて、()()()に剣を倣った。()()()を恨みたくない。憎みたくない。でもゆるせない。だから、()()()()、云いたい事は全部云うのです」


 佐久夜さくや様は、黙って聞いている。ちゃんと、真剣に聞いてくれている。私はそれを確認して続ける。


「――何でもかんでも、全ての望みが叶う訳ではありません。上手くいかなければ、批判もされるでしょう。恨まれる事もあるかもしれない。()()()()()、私達は望まなければならない。行動しなければならない。だって、望んで行動しなければ、何も叶いません。望んで行動しなければ、何も起こりません。望んで行動しなければ、誰も付いて来ません。どんな結果になろうとも、皆の幸せを望んで逃げずに行動する事。それが"覚悟"だと私は思います」


 じっと聞いていた佐久夜さくや様に私は「ご参考になりましたか? 」と聞いた。すると「何となく、わかってきたような気がします」と、まだ硬い表情ながら、少し微笑みながら、佐久夜さくや様は答えてくれた。


「では、早速ですが、望んで行動しましょうか。悩みながらでいいので、佐久夜さくや様も手伝ってください」


 そう云った私に、佐久夜さくや様は不思議そうに「何をですか?」と問いかけた。私はにやりと、自分でもわかるくらいに意地悪な笑みを浮かべてこう答えた。


「潜入調査です。弾正台だんじょうだいに――」

菊姫と佐久夜は、新たな情報を求めて弾正台へ潜入する。

一方、染井邸では、清澄が深い溜息を吐きながら、護衛の男に相談をしていた。


次回、壱幕之六「潜入(せんにゅう)」

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