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猫と幼なじみ  作者: 鏡野ゆう
猫と幼なじみ
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第九話 夏休み開始!

「あーづーいー……」


 部屋に入ると、まっさきにカーテンをしめた。そしてイスに座ろうとして、その熱さに飛び上がる。


「あつっ! こんなところに座ったら、お尻がこげちゃう!」


 うんざりしながら席を移動していると、同じゼミの子達が次々と教室に入ってきた。


「おはよー、真琴ちゃん」

「おはよー。窓際の席、しばらくやめたほうが良いよ。お日様のせいでイスがフライパンなみの熱さだから」

「うわー、ここ、今まで誰も使ってなかったのか。夏の間は、カーテンしめておくのをデフォにしたほうが良いよねえ……」


 それぞれが窓際をさけ、廊下側の席に座っていく。今日は前期最後のゼミの日。この時間が終われば、私は夏休みだ。


―― 今頃、修ちゃんはどこかの護衛艦で訓練中なんだよねえ。テストもあって、訓練もあって、本当に大変。私、普通の大学生で良かったかも ――


 それもあって、ここしばらくは夜の電話も途切れていた。修ちゃんは身分的にはまだ学生だ。だけど勉強とは別に、陸海空それぞれの基地に出向いての訓練は、入学した時からすでに始まっているらしい。そういう話を聞くと、やはり自衛官になるための学校なんだなとあらためて実感するのだ。


「ところで、私はゼミが前期最終だけど、みんなは?」

「私は明日、一般が一つだけ残ってるかな。それだけに出てくるの面倒なんだけど、教授が出席カードを配ってチェックするからねー」

「俺は今日の夕方で終わり。後期はいって早々にテストをするって言われたから、油断できないけど」

「私もこのゼミが最後かなー。あ、そうだ、真琴ちゃんの幼なじみ君って、いつ、京都に遊びにくるの?」


「ん?」


 質問された相手の顔を見て、心の中で「げっ」と声をあげた。祇園祭からこっち、できるだけその手の話題を避け無難にすごしていたけれど、相手はまだあきらめていないらしい。他の友達の顔を見ると「がんばれ」と無言のエールを受けた。


―― くそう、なかなか敵もしつこいぞっと…… ――


「さあ、いつごろかなあ。部活もあるし、いつも予定は直前になるまでわからないって言ってるから、今度の休みもそうなんじゃないかなあ……」


 というのは建前で、実際には修ちゃんから帰省する日は聞かされていた。それにあわせて、義兄の勤め先の保養所を使わせてもらい、姉夫婦と一緒に琵琶湖にキャンプに行く予定にもなっている。もちろん彼女には関係のないことだから、そのことは言わないけれど。


「大学だから普通に夏休みはあるんだよね?」

「あるよー」


―― だけど部活もあるし、夏の間の訓練もあるし、私達みたいにそう簡単には、戻ってこれないけどねー…… ――


 心の中でつけ加える。


「……」

「……」


 会話が途切れたのでここで終わりかなと思っていたら、相手が再び質問をしてきた。


「やっぱり制服を着てこっちに来るの?」

「もー、どんだけ制服が好きなのー」


 思わず声をあげてしまった。


「だってー」

「残念だけど、修ちゃん、うちに来るときは制服なんて着てないよ。いつも私服」


 修ちゃんが京都に帰ってきている間は、修ちゃんの制服は、先輩のお宅でお留守番をしているはずだ。


「えー、そうなの? 外出時は制服厳守ってあったのに」

「どこでそんなことを?」

「ネットで調べた。知らなかったの?」

「気にしたことなかったよ」


 最近はなんでもネットでわかる時代。知りたいことがある人達には便利な世の中ではあるけれど、こういう時は実に厄介だ。


「どういう決まりがあるのか知らないけど、とりあえずこっちに来るときは私服だよ。制服は見たことないかな。もしかしたら、夏休みは特別なのかも」


 知らんけど、とさらに心の中でつけ加えた。


「ふーん、制服じゃないんだー、ざんねーん」


 どうしてそこまで残念がるのか理解したくないので、そのまま愛想笑いを浮かべながら、カバンの中からテキストとノートを出す。そして教授が来るまでの時間つぶしにと、携帯電話の中に入っているパズルゲームをはじめた。


 とりあえず私はこの時間が終われば夏休み。少なくとも九月の講義が始まるまでは、修ちゃんの身の安全ははかられたのではないだろうか? ……多分だけど。



+++



「ただいまー、外、めっちゃ暑いよー。ただいま、マツ、タケ、ウメ、それにヒノキにヤナギ」


 自宅に戻ると、マツ達が出迎えてくれていた。そして母親が台所から顔を出す。


「お帰りー。冷蔵庫にスイカがあるよー」

「わーい」


 靴をぬいで荷物を玄関に放り出すと、まっすぐ台所に向かった。


「ちょっと、先に手を洗いなさい」


 冷蔵庫をあけようとしたところで、母親にとめられる。


「えー、もうお日様にあたってるから、しっかり殺菌されてると思うけど」

「よそのお宅がどうだかは知らないけれど、そういうの、我が家では認めませんからね。食べたいならそこで手を洗う。洗わないなら、スイカはあげません」

「えー……わかりましたー、手を洗いますー……」


 急いで手を洗うと、冷蔵庫をあけた。


「わ、黄色いスイカだ!」


 スイカがあると聞いて、普通のスイカを思い浮かべていたのに、目の前にあるのは赤いスイカではなく黄色いスイカだった。


「黄色いスイカなんて、めずらしー!!」

「八百屋さんがね、枝豆を届けてくれたついでにどうですかって。珍しいから買っちゃった」

「へえ……なかなか見ないよね、黄色いスイカなんて」


 お皿に乗っているスイカを取り出す。見たところ、ほとんど種がない。


「しかも、ほとんど種がないね、すごーい」

「普通のスイカより甘いって言ってたわよ。ああ、そういえば、スイカと一緒に、お婆ちゃんちのほうに、枝豆のクキ付きがたくさん届いていたけど?」


 それを聞いて思わず笑ってしまった。


「もー、手があるってわかったら、お婆ちゃん、容赦ないね」

「もし手伝うなら、お駄賃としてうちの分をわけてもらってきてね。お父さんが喜ぶから」

「りょうかーい」


 お皿を持つと台所を出た。そして祖母の居住スペースへと向かう。


「おばあちゃーん、帰ってきたよー」


 そう言いながら、裏庭が見える和室に足を運んだ。部屋の前にきたところで、パチンパチンという音が聞こえてくる。祖母が新聞紙をひろげ、ハサミで枝豆をクキから切り離しているところだった。


「あ、もう始めちゃってる!」

「おかえり、真琴。ちょっとたのみすぎちゃってね」

「それがちょっとー?」


 束になった枝豆のクキを指でさす。控え目に言っても山になっていた。


「もー、八百屋のおじさんちに、山崎さんちはいったい何人家族なんや?って思われてるよ」

「心配しなくても、切り離したらこの半分以下になるから」

「にしても、多すぎ」


 祖母の隣に座ると、まずはスイカにとりかかる。


「スイカを食べ終わるまでは待っててね。それから手伝うから」

「ゆっくり食べな。ちょっとやそっとじゃ、終わらない量だから」

「たしかに。絶対に夕方まで終わらないよ、これ」


 パチンパチンという音が部屋に響く中、スイカをかじった。その音を聞きながら、窓の向こうの庭をながめる。


「お婆ちゃん」

「んー?」

「このお庭、残しておいて良かったよね。私、この庭、好きだなあ」


 祖母が顔をあげた。そして庭に目をむける。


「そうだね。最初はどうしようって迷ったけど、残しておいて良かった。いろいろ楽しい思い出もあるからね、この庭は」


 この裏庭は、ここが二世帯住宅になる前からあった、祖母の家の庭をそのまま残しておいたものだ。私たち姉妹も、小さい頃に遊びにくると、よくこの庭でシャボン玉を飛ばしたりして遊んだものだった。


「私達のいたずらの生き証人だよね、あの松」


 庭の端にはえている松を指さす。病気になったりして、昔に比べると小ぶりになってしまったけれど、昔からこの庭にある松だ。そして、私達姉妹、そして修ちゃん達兄弟のイタズラの一番の被害者でもある。


「よく枯れずにいてくれてるね、あれ」

「あんた達に、ずいぶんときたえられているからねえ……」


 やった自分が言うのもなんだけど、ボールをぶつけられたり、よじ登られたり、松なのに七夕(たなばた)の飾りやクリスマスツリーの飾りつけをされたり、あの松は結構ひどい目に遭っていた。きっと話すことができたら、よくも今までと文句を言ってくるに違いない。


「あそこまで小さくなると、もう登れないよね……」

「松が小さくなったんじゃなくて、あんた達が大きくなったんだよ」

「そのうち、私達の次の世代の子達が同じように登りはじめるかも」

「さすがにもう勘弁してやってほしいねえ……あの松、私と同い年ぐらいらしいから」


 祖母が笑う。


 スイカを食べ終わると、お皿を台所の流しに置いて、キッチンばさみを引き出しから取り出した。そして祖母の元に戻る。


「だけどやっぱり、ちょっと多すぎない?」


 祖母の隣に座り、豆のサヤを切りながら正直な感想を口にした。


「そんなことないだろ? 塩ゆでしたら、あっという間になくなると思うけどね」

「そうかなあ。修ちゃんがいても無理な気がするよー?」


 いくら枝豆好きの私達でも、そうそう食べ切れる量ではないと思うのだけれど。


「でも、これをやってると、なんとなく夏だなって気分になるね」

「そうだね」

「枝豆に冷奴(ひややっこ)にビール。あ、食べたくなってきた!」

「じゃあ、頑張ってやり終えないと」


 私と祖母は、猫達がやってきたことに気づくことなく、無心で、枝豆をクキから切り離す作業を続けた。

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