第五話 幼なじみは東京へ
「気になったことがあるんだけどさ……」
家族みんなで食卓を囲んでいる時、ふと気になることが頭に浮かび、修ちゃんに声をかけた。
「……なに?」
「なんでそんな顔するの」
「どんな顔?」
「私の話を、聞きたくなさげな顔」
私を見る修ちゃんの顔が、警戒感まるだしの表情になっている。そう感じたカンは当たっていたようで、私が指摘すると、修ちゃんは困ったような顔をした。
「いや、だって、そういう顔をする時のまこっちゃんて、たいていロクなこと言わないから」
「え、なに? 私の顔が原因なの?」
「いや、顔が問題なんじゃなくて、このタイミングの発言がロクなことがないというか、なんというか……」
修ちゃんは、両親と祖母に助けを求めるように視線を泳がせる。だけど三人は、気の毒そうに笑うだけだった。
「修ちゃんて、本当に真琴のことわかってるわよね」
「ごめんねえ、修ちゃん」
「ってことはだ、言いだしたら聞かないこともわかってるってことだよな。すまない、あきらめてくれ」
「ですよねえ……じゃあ、まこっちゃん、質問をどうぞ」
見るからにイヤそうだ。私が言おうとしていること、本当に察しがついているんだろうか。
「もー、なんなの、そのイヤそうな顔はー」
「なんていうか、俺、妹いないけど、口うるさい妹ができた気分……」
修ちゃんは聞き捨てならないことを言った。
「ちょっと待って。口うるさいってなに? それにね修ちゃん。お言葉ですけど、学年は同じでも、私のほうが修ちゃんより誕生日、早いんだからね。だから、妹っていうのは聞き捨てならない」
「聞き捨てならないポイントはそこなのかよ。それに、早いといっても、たった四ヶ月じゃないか」
「でも、少なくとも120日は私のほうが年上です!」
「ええー……」
お父さんが笑いだす。
「おいおい、そのまま話を脱線させるつもりなのか? 聞きたいことを忘れないうちに、質問をしておいたほうが良いと思うな。うっかり夜中に思い出したら、それこそ大変なことになりそうだ」
「あ、そうだった。私が聞きたかったのはね、なんで山岳部で海自志望なのかってこと」
「は?」
私が気になったことを口にすると、修ちゃんはポカンと口をあけた。
「だからー、山登りと海自ってつながらないんだもん」
「……ごめん、まこっちゃん。俺も、その質問の意味と意図がまったくつながらない」
修ちゃんが途方に暮れた顔をする。そんなに複雑な質問をしたつもりはなかったのに、相手からするとまったく意味不明な質問だったらしい。
「だーかーらー……山登りってめちゃくちゃ体力が必要なものでしょ? どっちかと言うと、陸自なイメージ。だけど修ちゃんは海自にいくつもりなんだよね? それなのに、なんで山岳部なの?」
「じゃあ逆に聞くけど、海自なイメージの部活って?」
「なにがあるか知らないけど、水泳とかボート?」
海だから、泳ぐこととボートが浮かんだんだけど、安直だっただろうか?
「なるほど。だけど、水泳部にもボート部にも陸自、空自要員の部員はたくさんいるよ。つまり、陸海空、どこに行こうとしていても、所属する部活にはあまり関係ない」
「えー、そうなの? だったら山岳部にも、陸自志望以外の部員さんがいるの?」
「もちろん。そっちのほうが多いかも。俺と同期だと、空自要員が多いかな」
「そうなんだー……」
意外だった。絶対それっぽい部活に、陸海空それぞれが所属すると思っていたのに。
「その様子だと、色々と誤解してることが多そうだ……」
「誤解するほどの知識なんてないよ。私が知ってるボーダイの知識なんて、修ちゃんから聞いた話だけだし」
だいたい修ちゃんが志望校にあげるまでは、存在することすら知らなかった学校だったのだから。
「ボーダイだもんなあ……そこからすでに間違ってる」
「え? ボーダイでしょ? 違うの?」
「ボーダイねえ……」
「ねえ、どこが違うの? ボーダイじゃないの? ボーエー大学だよね?」
修ちゃんは私の質問に、なんとも言えない表情を浮かべながら、ぬか漬けのキュウリをポリポリとかじった。
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次の日、学校の講義は昼からだったので、午前中の新幹線で東京に戻る修ちゃんを、駅まで送っていくことにした。
「うーん、こっちのほうが数が多いし、これが良いかな……」
「まこっちゃん、そこまで真剣に悩まなくてもいいよ」
私の後ろに立っていた修ちゃんが声をかけてくる。
「でも、先輩の口にも入るわけでしょ? だったら、おいしいヤツを選ばなきゃ」
新幹線の時間まで私達はホームに上がらず、駅の中にある売店を見て回っていた。そして私は今、修ちゃんに持たせるおみやげを検討中だ。
「京都らしくて、おいしくて、しかもお手頃な値段のものって、なかなかないね……」
「無理に買わなくてもいいよ。それこそ、あっちの駅で買っても誰も文句言わないし」
「えー、ダメダメ! せっかく帰省したんだもん、ちゃんと京都らしいおみやげにしなきゃ! お婆ちゃんからおみやげ代をあずかってきたんだし」
そう言いながら、舞妓さんのイラストが描かれているお菓子の詰め合わせを手に取った。
「同じ部屋に、学年二人ずつの八人だったよね。これなら割り切れるから、ケンカにならずにすみそう」
裏に書かれたお菓子の数を確認してうなづく。
「別にお菓子の奪いあいなんてしないから」
「いやいや、食べ物の恨みって怖いから。あ、そうだ。山岳部の先輩の実家の分も、買っておくね」
「あれこれ買っていくと、逆に叱られそうだけどな……」
「だから、そこは先輩ではなくて、家の人にこっそり渡すんだよ」
そこまでしなきゃいけないのかと、修ちゃんがため息をついた。
「そのぐらいして当然なの。着替えだけとはいえ、野郎ばかりがワラワラ家にやってきたら、家の人だって気を遣うわけだし。ちゃんとお礼はしておかなくちゃ」
そう言いながらレジでお会計をして、紙袋に入ったおみやげと、あずかっていた封筒を修ちゃんに渡す。
「なに?」
「あまったお金は、修ちゃんのお小遣いにってお婆ちゃんが」
「こんなことまでしてもらわなくても良いのに」
修ちゃんは困った顔をした。
「前にも話したことがあったと思うけど、俺、学生手当が出ているんだからさ」
「でも、同好会で使ったり色々と使うことが多いんでしょ? お婆ちゃんからしたら、遊びにきた孫にお小遣いを渡すのと同じことだから。ちなみに私も、今日のおみやげ選びのお駄賃はもらってるんだから、気を遣うことはないよ」
これは、修ちゃんがお小遣いを受けとるのをためらった時に、そう言うようにと祖母から言われていた言葉だ。ただ、私が嘘をついても何故か修ちゃんにはバレるので、嘘じゃないことにするために、千円だけお駄賃として受け取っていた。
「だったらありがたく受け取っておく。お婆ちゃんにお礼を言っておいて」
「わかった。そろそろホームにあがる?」
「そうだな」
エスカレーターでホームにあがる。明日までが休日ということと、まだ午前中ということもあって、普段は観光客であふれているホームも静かなものだった。まだ時間があるので、ホームのベンチにならんで座る。
「ホームシックになっちゃった一年生さん、おさまってると良いね」
「半年ほど踏ん張れたら、ずっと楽になると思うんだけど、どうだろうな……」
「だけど、四年間も集団での寮生活だなんて、想像つかないよ……」
しかも自分の時間はほとんどない生活。そしてほとんどが男。私からしたら未知の世界だ。
「慣れしまったら、この生活パターンも気にならなくなるけどね」
「次にこっちに帰ってくるのは? 夏休みだっけ?」
私の質問に、修ちゃんは首をかしげて考え込む。
「夏の乗艦訓練が終わってからだから、去年と同じで、大文字が見られるかどうかって時期になると思う」
「そっか。決まったら早めに教えてね。バイト、休みを入れるから」
「わかった。ああ、まこっちゃん、これからは、まこっちゃんのほうのバイトのシフトも知らせてくれるかな」
「なんで?」
「ほら、バイト中だと電話しても出られないだろ? 俺のほうは電話できる時間が限られてるし」
「あ、そっか」
寮生活では、修ちゃんが自由に使える時間は限られているのだ。
「でも、私なんて修ちゃんに比べると、平々凡々な学生生活だから、話すことなんてあまりなさそう」
「いいんだよ、話す内容なんてなんでも。だいじなのは、まこっちゃんの声を聞くことなんだから」
「……そう?」
「そうだよ」
そう言われ、なんともくすぐったい気持ちになる。そんなくすぐったい余韻にひたっていると、新幹線の到着を知らせるアナウンスが流れた。修ちゃんが乗る新幹線だ。しばらくすると、ホームの向こう側に車輛が見えてきた。
「さてと」
修ちゃんが荷物を持って立ち上がる。
「体には気をつけてね。訓練とかたくさんあるんだし、怪我とかにも」
「まこっちゃんも健康には気をつけて。風邪、ひかないように」
「わかってる」
新幹線が止まってドアが開く。降りてくる人がいなくなると、修ちゃんが乗り込んだ。
「じゃあ、みんなによろしく。もちろん猫達にも」
「うん、じゃあ夏休み、楽しみにしてるね。それと電話も」
発車を知らせるベルが鳴り、ドアが閉まった。
動き出した新幹線と、遠くなっていく修ちゃんの顔を見ていたら、急に寂しい気持ちになってしまった。きっとそれは、二人の関係が、今までとちょっとだけ変わったからなのかもしれない。