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猫と幼なじみ  作者: 鏡野ゆう
猫と幼なじみ
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第三話 目撃者は猫

「久しぶりだからって、ちょっとやりすぎたかな」


 目頭を指でもみながら、修ちゃんが言った。


「もしかして私のせい?」

「そうとも言う。お茶とおやつとは別に、目薬を持ってきてもらったほうが良かったかも。これ以上視力が落ちたらシャレにならないよ」


 自分がかけていたメガネを、指で軽くたたきながら笑う。そしてなぜか顔をこちらに向け、私のことをジッと見つめた。お互いに並んで座っているのだから当然ではあるけれど、必要以上に顔が近いような気が。


「なに? なんか私の顔についてる?」

「メガネ」

「へ?」

「メガネ、変えた?」


 修ちゃんがなにを見ていたのかわかった。私が、前と違うメガネをかけていることに、いまさら気づいたらしい。


「ああ、メガネ。そうなの。初めてのバイト代が出た時に新調したんだよ。前のヤツ、度があわなくなっちゃってね」


 私がそう言うと、少しだけ気の毒そうに笑った。


「まったく。まこっちゃんの視力は壊滅的(かいめつてき)だよな」

壊滅的(かいめつてき)なんて言わないでよ。メガネをかけたら、ちゃんと見えるんだから」

「じゃあ聞くけど、視力はいくつだったわけ? メガネなしで」

「……0.02」

「ほらな。もう未知の世界だな、それ。同じメガネの俺でも想像できない」

「うるさい、黙れ」


 ムカついたので相手の肩をゲンコツでたたく。修ちゃんはわざとらしく「イタタ」と顔をしかめた。だけど本気で痛がっていないのはバレバレだ。


「だけど真面目な話、目は大事にしなよ? ブルーベリー食べるとか、遠くの緑を見るとか」

「わかってるよ。これでも努力はしてるんだよ」

「ふーん、努力ねえ……」


 修ちゃんはお茶を飲みながら気のない返事すると、また私の顔をみつめる。


「なに。メガネ以外にはなにも新調してないよ」

「ふーん?」


 なぜか顔を近づけると、ジッと私の目を見つめてくる。


「しゅ、修ちゃん」

「なに」

「顔、近いよ」

「そう?」

「うん。なにか他に気になることでも?」

「気になることねえ……」


 私の質問に首をかしげてみせた。


「あのさ、まこっちゃん」

「なに?」

「メガネ、邪魔」

「メガネが邪魔?」

「うん。だから、メガネにはあっち行ってもらう」


 なにがどう邪魔なのか、イマイチ理解できないまま、問答無用でかけていた眼鏡をはずされた。そのせいで視界がぼんやりする。部屋が暗いせいもあり、ますます何もかもが見えにくい。


「見えないんだけど」

「だよね。そんな顔したら怖いよ、ここにシワがよってるし」


 修ちゃんの指先がふれたのは、(まゆ)(まゆ)の間。言われるまでもなく、メガネをはずすと目つきが悪くなるのはわかっていた。


「無理に見ようとしないで、寝る時みたいに普通にしてみ?」

「うん?」


 いつも無意識にしていることを、やれと言われても困ってしまう。いつもはどうやっているだろうと考えつつ、目のまわりに入っていた力を意識して抜いてみた。すると修ちゃんがクスクスと笑い出した。


「なんで笑うのー? 修ちゃんがやれって言ったからやってるのにー」

「目が真ん丸になって、フクロウみたいになった。こうやってあらためて見ると、まこっちゃんの目って大きいよな」


 そして気がついた時には、修ちゃんの唇が私の唇にくっついていた。これは世に言うキスというやつだろうか? 唇が離れると、止めていた息を吐いてぼやけている彼の顔を見た。


「修ちゃん」

「ん?」

「なんでキスなんかしたの?」

「したかったから」


 そう言ってニッと笑う。


「そうなの……」

「イヤだった?」

「っていうか、ビックリした」


 いきなりすぎて、驚くことしかできなかった、というのが正直なところだ。


「じゃあもう一回してもいい?」

「もう一回?!」

「イヤ?」

「えっと、そうじゃなくて、フレームがあたるのがちょっと痛かったかなって……」


 修ちゃんのしているメガネのフレームを、指でさす。


「ああ、ごめん。まこっちゃんのをはずしておいて、自分がはずさなかったら意味ないよな」


 そう言いながら自分のメガネをはずすと、これで大丈夫だよねと言いながら、修ちゃんは私にもう一度キスをした。


「……」


 すぐに離れると思っていた唇は、ずっと押しつけられたまま。どうしたものかと体を動かすと、背中に腕が回され動けなくなった。



ニャーン



 どのくらいそうしていたのかわからないけれど、突然、猫の鳴き声がしたので二人して飛びあがった。顔をあげると、私達の前に、ヒノキとヤナギがちんまりと座っていた。


「なんでいるんだよ、ヒノキ。それにヤナギも」


 そしてヒノキとヤナギだけではなく、ドアのところに他の猫達もいることに気づく。猫達は、いつからそこにいたのだろう。


「あ、マツとタケとウメもいるじゃないか」

「ええ?」


 メガネはどこかなと、あわててテーブルの上に手をのばして、自分のメガネをさがす。


「なんで五匹ぜんぶが押しかけてくるんだよ……」

「パトロール、かな……五匹で集団行動しているのを見るのは初めてだけど……」


 手にしたメガネをかけた。ヒノキとヤナギは私達の前にいる。そしてマツ、タケ、ウメはドアのところにならんで座り、ジッとこちらを見つめていた。


「あれ、絶対に俺をにらんでる……」

「え、私達じゃなくて?」

「ちがう。あれは絶対に俺のことをにらんでる」


 言われてみれば、マツもタケもウメも、いつもより目つきが悪い。


「どうして?」

「……俺が、まこっちゃんに手を出したから、かな」


 三匹それぞれの顔を、あらためて見なおした。たしかに、三匹とも私ではなく修ちゃんに顔を向けている。つまり、修ちゃんに目つきの悪い顔を向けているわけだ。


「キスしたぐらいで、マツ、タケ、ウメが怒るの? じゃあ、ヒノキとヤナギは?」

「ちょっと、まこっちゃん、キスしたぐらいってひどくね?」

「言いたいのはそこじゃなくてね」

「ぐらい程度だったのかー……これでも一大決心をして、行動にうつしたんだけどなあー」


 修ちゃんは私の言葉が耳に入らないのか、ブツブツと不満げにつぶやいている。


「修ちゃん、ちゃんと人の話を聞いてください」

「あーあー、俺の一大決心はその程度かあ……」

「だから修ちゃん……」


 言葉をはさむきっかけがつかめず、私は修ちゃんの愚痴りを聞くしかなかった。


―― 私にとっても、けっこう衝撃的な出来事なんですけどねー……――


 それを猫達に目撃された。もちろん猫達は人間の言葉を話すことはできないから、両親や祖母に言いつけたりはしないだろう。だけど、キスをしているところを見られるというのは、それがたとえ猫だとしてもかなり恥ずかしい。それが初めてのキスなら特に。


「……まこっちゃん、もうゲームもするつもりないから、部屋に戻って寝たほうが良いよ。これ以上ここにいたら、それこそマツ達が部屋に入ってきて、騒ぎ出すかもしれないから」


 気が抜けたのか、修ちゃんは溜め息まじりにそう言った。


「うん、そうする。じゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 私が部屋を出る時、後ろで修ちゃんは「猫に邪魔されるなんてなあ」とぼやいていた。



+++



「おはよー、まこっちゃん」

「お、はよー……」


 次の日の朝。どんな顔をして話せば良いのだろうとモヤモヤしていたのに、修ちゃんは腹立たしいほど普段通りだった。あまりに普通すぎて、昨日のことは夢だったのでは?と思うぐらいだ。


「これ、きのう忘れていったお菓子とコップ」


 そう言って、お菓子とコップを乗せたトレーを差し出した。


「あ、すっかり忘れてた」

「海苔巻あられのせいで大変だったんだからな」

「なにが?」

「ヒノキとヤナギだよ。海苔のにおいに気がついたみたいでさ、あれからずっとガサガサして大変だった」

「ごめーん」


 すっかり猫達の嗅覚のことを失念していた。きっとあきらめるまで騒がしかったにちがいない。


「寝られなかった?」

「届かないところに片づけたら、あきらめて不貞寝(ふてね)しちゃったよ。ところでバイト、休みなんだよな?」

「そうだよ」

「だったらさ、ゲーム三昧(ざんまい)もいいけど、映画でも観にいかない? ほら、今やってるアニメのやつ」

「ああ、あれ。私も観たいと思ってた」


 だけど子供向けすぎて、一人で行くのも恥ずかしいし友達を誘うのもためらっていた。でも、修ちゃんと一緒なら恥ずかしいこともないし、むこうから誘ってくれたのだから迷う必要もない。


「どうする? いく?」

「いく!! ってかさ修ちゃん。それ、絶対に一人でいくの恥ずかしいって思ってたよね?」


 自分のことはさっさと棚に上げて指摘する。


「あー……観たがりそうな同期もいそうにないしさ、こっちに帰ってきたら、まこっちゃん誘ってみようと思ってた」

「やっぱり!」

「なんだよ、自分だってそうだろ? お子様向けすぎて一人で行くのも友達を誘うのも迷ってたクチじゃないか」


 どうやら棚上げは失敗したらしい。


「あれ、バレてる」

「だから、何年の付き合いだと思ってるんだって話。いまさらだろ? じゃあ、さっさと用意して出かけるか。朝飯食って、玄関に0930に集合。了解?」

「なんだかその言いかた、自衛官みたい」

「まだタマゴだけどねー。それまでに支度できる?」

「問題なーし!」


 初めてキスをしたというのに、次の日の私達は、驚くほど今まで通りだった。

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