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猫と幼なじみ  作者: 鏡野ゆう
幼なじみから旦那様に

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第二十七話 おまけ

「こちらの時計、何年お使いなんですかー?」


 夕方、買い物に出たついでに、腕時計の電池交換をしにきた私達に、店員さんが質問をした。


「えーと、もう五年はたつよね? 電池交換も、今度で三度目かな……」

「だね。金属バンドにしてよかったよ。そうじゃなかったら、バンド部分が今頃はボロボロになっていただろうし」

「ガラスに傷もついていないし、大事に使っていただいているようで、ありがとうございます。でも、もうこのデザインの文字盤の時計、売られていないんですよ」

「え、そうなんですか? だったら修理が必要になったらどうなるんだろ……」


 つまり、いわゆる廃番というやつらしい。


「ああ、パーツは共通で使えるものが多いので、修理に関しては大丈夫ですから、ご安心ください」

「そうなんだ、よかった」


 そこまで高級とは言わないまでも、文字盤の裏には入籍した年月日と二人の名前を刻印した特別なものだ。まだまだ頑張って動き続けてほしいから、それを聞いて安心した。


「電池交換、二十分ほどで終わりますので、他の時計を見るなどして、お待ちいただけますか?」

「お願いします。修ちゃん、私、トイレいってくる」

「わかった。このへんにいるから、行っといで」

「うん」


 トイレに行き、戻ってくると、修ちゃんは時計屋さんではなく、その隣にある文房具の雑貨屋さんにいた。


「お待たせ。なにか面白いものでもあった?」

「ん? 最近は、おもしろい付箋紙(ふせんし)がたくさんあるなって」


 そう言いながら、修ちゃんは商品棚にならんでいる付箋紙(ふせんし)をさす。そこには動物の形のものや、車の形のものがあった。修ちゃんが付箋紙(ふせんし)をなにに使うのかと言えば、勉強中のテキストに貼るためだ。学校を卒業して一人前の自衛官になっても、まだまだ勉強は続けなくてはならないらしい。


「こんなの使ったら、勉強どころじゃないでしょ?」

「まあね。だけど、少しぐらい楽しくても良いかなって。よし、これ、買っていく」


 手にしたのは、猫のイラストが描かれたメモ帳型の付箋紙(ふせんし)だった。


「猫だ」

「なかなか会えないし、ヤナギ達だと思って使うよ」

「良いの? 先輩後輩にバカにされない?」


 個人的にはネコ柄は好きだけど、三十間近の自衛官が買うには、すこしばかり可愛すぎる気がしないでもない。


「意外とみんな、可愛いモノ好きなんだから問題ないよ」

「可愛いモノ好きってどれぐらい?」

「そうだなあ……うちの艦長、専用のマグカップはクマ柄だし、先任伍長はイヌ柄だ」

「え、そうなの?」

「うん」


 いま、修ちゃんが乗艦している護衛艦の艦長さんは、とても渋くて紳士的な人だ。そして先任伍長さんはすごく(いか)つくて、見るからに「鬼軍曹」的な人だった。その人達がクマ柄やイヌ柄のマグカップを使っているなんて、ぜんぜん想像がつかない。


「てっきり、偉い人は海自さんブランドのものを使ってると思ってた」

「そういう人もいるけどね」


 いぜん、艦長室に招待してもらった時に出てきたティーカップは、ごくごく普通のものだった。ということは、あれとは別に、自分専用のマグカップをどこかに隠し持っているということらしい。一体どんなイラストなのか、少しばかり興味がわいた。


「だから、猫の付箋紙(ふせんし)を使ったぐらいじゃなにも言われないよ」

「そうなんだー」


 レジでそれを購入すると、私達は時計屋さんへと戻ることにした。


「だけど」

「ん?」


 途中で修ちゃんが口をひらく。


「今のは俺とまこっちゃんだけの秘密な? 二人とも、そのことを誰にも気づかれていないと思っているから」


 そう言って、修ちゃんはニヤッと笑った。



+++++



「ごめんな、もう少しゆっくりできたら良かったんだけど」


 次の日の朝、修ちゃんは荷物を手に玄関に立っていた。休みは今日までで、本来ならばもう少しゆっくりしていけるはずだった。だけど、休み前の引き継ぎ時のトラブルのことが気になっているらしく、早めに戻って、職場に顔を出してみるということだった。


「しかたがないよ、そういう休みもあるって。気になることは、早めに確認しておいたほうがスッキリするし」


 もっともらしいことを言ってはみたものの、今回ばかりは修ちゃんが早く戻ってくれて、色々な意味で助かったかもしれない。私がそんなことを考えてるのに気がついたのか、修ちゃんはわけ知り顔をする。


「笑いごとじゃないんだけど」

「べつに笑ってないだろ?」


 あくまでもしらばっくれるつもりらしい。


「……ま、良いけどね、腕時計の電池交換だけはできたわけだし。とにかく、気になるのはわかるけど、だからってスピードを出しすぎないようにね。運転は気をつけて、慎重に」

「わかってる。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 お帰りとただいまのキスはしても、行ってらっしゃいのキスはしない。修ちゃんいわく、出かける時にそんなことしたら、戻るのがイヤになってしまうからなんだとか。だけど、私は最近ネットで行ってらっしゃいのキスをすると、交通事故に遭いにくくなるらしいという記事を目にしていた。


「あのね、修ちゃん」

「ん?」

「行ってらっしゃいのキス、しちゃ駄目かな?」


 それを聞いた修ちゃんは、私からそんなことを言われるとは思っていなかったらしく、目を丸くした。


「どうして?」

「えっとね、行ってらっしゃいのキスをすると、交通事故に遭いにくくなるんだって。前にネットしてる時に読んだの」

「なんか逆にボーッとなっちゃって、危なさそうなんだけどな」

「私もそう思うんだけど……」


 修ちゃんはしばらく考える素振りを見せる。そしてニッコリしてうなづいた。


「わかった。今回はゆっくりできなかったら、お詫びも兼ねて、しっかりしていく」

「え? わっ!!」


 修ちゃんは荷物を足元に置くと、私のことを引き寄せて思いっ切りキスをした。


「あ、あのさ、修ちゃん、なんかちょっと違う気が……っ」


 反論しようとした私の口を強引にふさぐ。


―― 普通、行ってきますのキスって、お見送りする奥さんが旦那さんにするものなんじゃないの?! ――


 だけどこれは、どう考えても私が修ちゃんにされてる。どう考えてもおかしい。


 しばらくして、腕の中から解放されて息を吸った。いきなりキスされて、息をすることすら忘れていた。


「なんか、私が想像していたのと違うんだけど!」

「そう? じゃあ今度帰ってきたら、なにが正しい行ってらっしゃいのキスか、ゆっくり試してみよう」

「えー、それって単に修ちゃんがキスしたいだけの話ってやつじゃ?」


 そんな私の抗議はさらりと聞き流されてしまう。


「じゃあヤナギもヒノキも行ってくるな。まこっちゃんのこと、たのむぞ」


 修ちゃんが足元にいたヤナギとヒノキの頭をなでると、二匹はわかったよと返事をするようにニャーと鳴いた。


「次の休みはたぶん夏期休暇かな。まこっちゃんの休みと、できるだけ合わせられるようにするから」

「気をつけて。みなさんによろしく」


 次に修ちゃんが家に戻ってくるのは、何事もなければ七月八月のどこかだ。


「修ちゃんの休みの間、半分ぐらいは仕事になってたほうが、私てきには平和かな……」


 ガレージから出ていく車を見送りながら、そんなことをつぶやいてしまった。

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