表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫と幼なじみ  作者: 鏡野ゆう
幼なじみから旦那様に

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/55

第二十六話 数年後の二人

「ヒノキ、ヤナギ、今日は修ちゃんが帰ってくる日だよ」


 猫砂の掃除をしながら、私の横でちんまりと座っている二匹に声をかけた。ヒノキとヤナギは、私が自分達のトイレをきちんと掃除しているか、見張っているらしかった。そして掃除が終わったとたん、トイレに入っておしっこをする態勢に入った。


「ちょっと、なんで掃除をしてからするの? するなら掃除をする前にしてよー」


 シャーという音がして、二匹がそれぞれのトイレで用を足す。いつもなら砂をかけるのに、私がスコップとゴミ袋を持っているのがわかっているせいか、そのままにしてトイレから出た。


「もー、砂ぐらいかけなよ、二人とも!」


 二匹はやる気のない声で鳴いて返事をする。


「まったく……どんどん変な知恵をつけてくんだから」


 スコップで砂をすくってゴミ袋に入れた。



 ピンポーン



 ドアチャイムの音が鳴って、ヒノキとヤナギが飛び上がった。この音が鳴るといつもこんな調子だ。きっと私達が思っている以上に、猫達にとってドアチャイムの音は衝撃的なんだろう。きっと今頃は、マツ、タケ、ウメも飛び上がってウロウロし始めているに違いない。


「ほーら、修ちゃんが帰ってきたよ、お迎えしなきゃね」


 猫砂の入ったゴミ袋を専用のゴミ箱に放りこむと、玄関に急いだ。私達が玄関に顔を出すと、制服姿の修ちゃんが、ドアを閉めているところだった。手には大きな荷物が二つ。一つは紙袋のようだ。


「修ちゃん、おかえり!」

「ただいま」

「制服のままで帰ってくるなんて珍しいね」


 いつもなら私服で帰ってくるのに、今日は制服のままだ。


「当直の引き継ぎでちょっと問題があって、ギリギリまで(ふね)に残ってたんだ。着替える時間ももったいないからさ、そのままで帰ってきた」

「そうだったの。お疲れ様。ってことは、洗濯する時間もなかったんだよね」

「あたり。持って帰ってきたから、洗濯をたのめる?」


 そう言って、靴を脱いであがりながら紙袋を差し出した。中には衣服がギッシリと詰め込まれている。ただ、整理整頓(せいりせいとん)がしっかり身についているせいか、詰め込まれてはいたものの、きちんとたたまれているようだ。


「旦那さん、あんたは実に運がいい。洗濯機、新品のすげーヤツが今日の夕方に来たばかりなんだよ」


 ゲームに出てくる武器屋の商人みたいな口調で言うと、修ちゃんは愉快そうな顔をした。


「あー、とうとう壊れちゃったか、前のヤツ」

「お亡くなりになりました。しかも毛布を洗ってる時にだよ。もうどうしようかと思った」

「ずいぶん頑張ってくれてたのに、最後の最後でか」


 洗いかけの毛布相手に奮闘した私としては、できることなら洗い終わるまで、なんとか持ちこたえてほしかったというのが本音だった。


「てなわけで、修ちゃんの洗濯物が洗い初めってことになるね」


 紙袋を受け取ろうと手をのばすと、なぜか修ちゃんがそれを遠ざけた。


「ちょっと、洗濯、するんだよね?」

「するよ。だけどその前に、ちゃんとただいまとおかえりをないと」

「ただいまって言ってたじゃん? 私もおかえりって言ったよね?」

「そうじゃなくて」


 その場に荷物を置くと、修ちゃんが私を引き寄せて抱きしめる。そしてキスをした。


「帰ったらまずは、ただいまのキスとおかえりのキスをするのが我が家の決まり、だろ?」


 顔をあげるとニカッと笑う。修ちゃんが帰ってきたら、ちゃんとお帰りのキスをする。そんなことを決めた覚えはなんてないのに、いつの間にかそれは、我が家の決まりごとになってしまっていた。


「もー、こんなところ、絶対に部下の人達に見せられないよね? 幹部様の威厳(いげん)はどこへ?」

「幹部と言ってもまだ下っ端だから、威厳(いげん)もクソもないよ」


 笑いながら足元の荷物を手にすると、私の肩を抱く。廊下を歩く途中で、ヒノキとヤナギが声をあげた。すっかり存在を忘れられてご立腹のようだ。私達を見あげながらニャーニャー鳴くと、修ちゃんのズボンに遠慮がちに前足をかける。


「ああ、ごめんごめん。ヒノキ、ヤナギ、留守番ご苦労さん。元気にしてたか? 俺の顔、ちゃんと覚えてくれてるか?」

「ヒノキもヤナギも賢いから、大丈夫だよねえ?」

「だけど、まこっちゃんみたいに毎日ってわけじゃないから、帰ってきたら警戒されないかっていつも心配だよ」

「大丈夫だよ、うちの猫達はみんな賢いから。ほら、来た」


 かすかに床を爪がこする音がして、マツ達が顔をだした。三匹も修ちゃんを囲んで、ニャーニャーと鳴き声をあげる。


「ほらね。みんな、ちゃーんと修ちゃんのこと覚えているから安心して?」

「そうか。マツ、タケ、ウメ、ただいま。お義母(かあ)さんとお婆ちゃんには明日、挨拶をするから。それで良いよな?」

「うん。それで良いよ。遅くなりそうだからって、お母さんとお婆ちゃんにもそう言っておいたから」


 猫達を引き連れて寝室に向かう。


「夕飯の用意できてるよ? それとも制服を脱ぐついでにお風呂はいる?」

「んー……そうだな、まずはまこっちゃんを食べたいかな」

「え」


 修ちゃんの笑みが少しだけ黒いものになった。


「制服のままってことは、途中でご飯、食べてきてないよね? お腹すいてない?」

「すいてるよ。だから、まこっちゃんを食べる」

「まずはお風呂にはいって、次にご飯を食べるって選択肢はどうかな?」

「風呂、一緒に入ってくれるなら妥協する」

「えー?」


 どのへんが妥協なのかサッパリだ。


「そうでなかったらこのまますぐベッドに直行で食べちゃうよ?」

「……一緒に入る」

「よろしい」


 だけど私は修ちゃんの空腹度を甘く見ていた。



+++



 お風呂から出ると案の定、私はフラフラになっていた。のぼせたわけではなく、これはすべて横でニヤニヤしている修ちゃんのせいだ。居間に行くと、お気に入りのソファに倒れこむ。


「もうやだぁ、修ちゃんてば手加減なさすぎる」

「そんなこと言ったって、久し振りに帰ってきたんだからしかたないだろ? 帰ってくるまで、ずっとまこっちゃん不足だったんだから」

「にしても激しすぎる~~、もうご飯の用意しなおす体力ないよ……」

「俺は適当に食べるから、まこっちゃんはそこで休んでれば良いよ。夜はまだ長いんだから」


 その言葉にギョッとなった。


「無理! これ以上は絶対に無理だからね!!」

「明日、休みなんだろ? ゆっくりしたら良いじゃないか」


 修ちゃんのニヤニヤした表情が、悪人のニヤニヤ顔になる。


「修ちゃん、帰ってきたら腕時計の電池、交換しに行こうって話してたよね?!」

「うんうん、行けたらな♪」


 冷蔵庫から出してきた缶ビールをパコンと開けながら、ニヤニヤ笑っている修ちゃん。あの顔は絶対に出かけるつもりが無い顔だ。もうこの二日間の連休を、どうするか決めてるって顔をしている。


「わーん、行く気、全然ないでしょ~?!」

「まこっちゃんの体力しだい♪」

「うっそだぁぁぁぁ!!」


 絶対に嘘だ。体力があったら、それが尽きるまでベッドでなにかしようと思っている顔だ。そこは間違いない! どうしてまるまる二日間、休みが重なってしまったのだろう。いつもなら嬉しいのに、今回ばかりは恨めしく感じてしまう私だった。


「ひーん、修ちゃんのいじわる! エロ魔人!!」

「なに言ってるんだよ、俺が誘えば喜んで抱かれてるくせに」

「ぎゃー、そんなこと言うなあ!!」

「だって事実だし」

「ぎゃー、だまれーー!!」



+++++



 そして気が付けば次の日、お日様はすでに頭の真上にあったわけで。


「ありえない……」


 私は目を覚まして真っ先にそう声をあげた。久し振りのことで足も腰もガクガクで、体の奥には違和感がありまくりだ。なんとか起き上がってパジャマのまま居間に出ていくと、修ちゃんはヒノキとヤナギとならんでソファに座り、テレビを見ていた。私がソファに近づくと、ニヤニヤしながら振り返る。


「おはよう、っていうにはもう日がかなり高いけどな」

「誰のせい?!」

「さあ?」


 わざとらしく首をかしげる。洗濯機を回してくれているのは評価する。だけど、やりすぎは良くないデス!!


「修ちゃん! そんなにヒマそうにしてるなら、猫砂を買ってきて!!」

「それは命令ですか、奥様?」

「命令です!」

「了解しました。藤原二等海尉、猫砂を買いに行ってまいります」


 立ち上がると、わざとらしく敬礼をする。


 久し振りの休暇なのだから、のんびりとすごしたいと思っているだろうけど、これぐらいは奥様権限で命令しても良いと思う。自転車のカギを持って出ていく修ちゃんの背中を、ため息まじりに見送った。


「まったくもう……休みのたびにこれじゃあ、こっちの身がもたないよ……」


 あきれた気分半分、腹立たしい気分半分。洗濯機が止まったことを知らせる音が鳴ったので、そんな微妙な気分のまま、洗濯物を干すことにした。


「ただいま、まこっちゃん。今日はペット関係の商品、10%引きだってさ」


 洗濯物が干し終わる頃に戻ってきた修ちゃんは上機嫌だった。猫砂5袋とマツ達のカリカリが5箱。とても自転車に一度に乗る量じゃない。もしかして往復でもした?


「修ちゃん、めちゃくちゃあるけど、自転車で往復したの?」

「いや。自転車で行こうと思ったんだけどさ、もしかしたらって予感がして車で行ってきた。どうせならもっと買えば良かったかな。ああ、閉店までにもう一度ぐらい買いに行っても良いか。ん? なんだよ、まこっちゃん」

「え? ううん、なんでもない。猫砂は重たいから助かったなーって」


 罰を罰と感じていないところがなんともムカつく。だけど、重たい猫砂をこれだけ買ってきてくれたことに対しては、感謝しかない。うん。修ちゃんは本当によくできた旦那様だ。たまに腹が立つこともあるけれど。


「だろ? 俺って本当に気のきく旦那さんだよな?」

「うん」

「だろー?」


 私は修ちゃんの言葉にうなづいた。


「だったらさ、まこっちゃん、ご褒美(ほうび)ください」

「ドウシテソウイウ思考ニナルンデスカ」


 油断大敵とはまさにこのこと。うっかりうなづいてしまったのがまずかった。


「洗濯物は干してくれたんだね。助かったよ」

「ナニガドウ助カッタンデスカ」

「そりゃ、洗濯機の中で放置するのは良くないだろ? シワになるし、生乾きでくさくなるし」


 真面目な顔をしてもっともらしいことを言っているけれど、修ちゃんの魂胆(こんたん)はお見通しだ。


「あのさ、修ちゃん……」

「二人そろって休みで良かったよな、まこっちゃん♪」

「…………」


 …………とにかく、やり過ぎは良くないデス。ええ、本当に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ