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猫と幼なじみ  作者: 鏡野ゆう
猫と幼なじみ

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第二十話 幼なじみは自衛官

「ううう、あいかわらず、人が多すぎ……」


 新幹線のホームをおりて改札口に向かいながら、あまりの人の多さに、まだ到着してから三十分も経っていないのに、もう帰りたい気分になっていた。何年か前に来た時とかなり変わっていて、自分が本当に正しい場所に向かっているのか、さっぱり自信がない。


「やっぱりホームまで迎えに来てもらえば良かった……」


 こっちに来る時、ホームまで迎えに行こうかと言われていたのに、それを断ってしまったのをいまさら後悔している。やっぱりおとなしくホームで待っていれば良かった。


「メールしたら、今からでも来てくれるかな……」


 でも困ったことに、いま自分がどこにいるのかよくわからない。来てもらうにしろ、まずは駅員さんをつかまえて、現在位置を聞いてからのほうが良さそうだ。


「もー……だから都会って嫌いなんだよ……」


 東京は都会だし、オシャレな街で素敵なお店もたくさんある。だけど、私にとっては落ち着けない場所だった。いけずだとかブブ漬け出すらしいと言われていても、やっぱり地元が一番だ。そんなことを考えながら、人混みにウンザリしつつ、改札口があるはずの方向へと進む。すると、いきなり腕をつかまれた。


「?!」

「まこっちゃん、方向が逆だよ」


 いつもの声が頭の上からした。


「修ちゃん?!」

「おはよう。ってか、もう昼過ぎだからこんにちは、だけど。逆だよ逆。待ち合わせの場所にしていた改札口はあっち」


 そう言って、修ちゃんは私が歩いてきた方を指でさした。


「えええ?! でも、前に来た時はこっちに曲がったと思ったんだけどなあ……」

「東京駅、いま大掛かりな工事してる最中だから、前とかなり変わっただろ? 多分、ホームから降りてきた階段が間違ってたんだと思う」

「うそー……そこから間違えてたのー? もう私、絶対に東京では生活できないよ。毎日、遭難してそう…」


 もうここは高レベルのダンジョンなみのややこしさだ。とても私には攻略できそうにない。


「大丈夫、まこっちゃんにこっちで暮らせなんて言う人はいないから。京都から出てこなくても問題ないよ」

「それって一体どういう意味ですか……」


 修ちゃんは、なんとなくバカにされた気がしてムッとなっている私の手を握ると、そのまま歩きはじめた。


「みんな、元気にしてる?」


 歩きながら修ちゃんが話しかけてくる。


「うん。まあまあかな」


 私達の初めての夏から二年。修ちゃんのお母さんが亡くなったり、うちの父親が倒れて入院したり。これでもかってぐらい、私達の身には色々なことが起きた。


 修ちゃんは相変わらずなかなか戻ってこれなくて、お母さんには一度しか顔を見せることができなかった。ただ、本人はその一度がとても大切な時間になったらしく、悲しんではいたけれど悔いている様子はなかった。まだその時のことはなにも話さないけれど、きっとお母さんとはきちんと和解できたんだなと思うことにしている。


「おじさんは?」

「んー、いいかげん病院食は飽きたって言ってる。家に帰りたいって」

「治験に協力してるんだって?」

「そうなんだよ。勤め先の認可待ちの新薬がさ、ちょうど自分の治療で使えるんだって。いくら担当していた部門だからってさ、なにもそこまでして会社に貢献しなくても良いのにね」


 ただそのお蔭で、新薬の負担や諸々の経費を会社がもってくれるらしい。保険に入っているとはいえ、入院生活中の経済的負担はかなりなものになる。だから、父親的には家族のことを考えての選択でもあったのかもしれない。


「私は、新薬が効くか効かないかって博打ばくちみたいなことをするより、実績のある薬を使って治療してほしいんだけどな……」

「ま、こればかりはね。おじさんの意思を尊重するしかないんじゃないかな。治療でつらい思いをするのはおじさんなんだし」

「そうなんだけどねー……」


 家族の前では言わないけれど、日に日に痩せていく父親を見ていると、それでも従来通りの治療をしたほうが良いのでは?と思わないでもなかった。


「お婆ちゃんは?」

「今は我が家の留守部隊司令官なの。最近は携帯メールも覚えてね、私に物資調達の指令をしょっちゅう送ってくる」


 それを聞いて修ちゃんは笑い声をあげた。


「お婆ちゃんが元気そうでなによりだよ」

「まあね。気を張りつめすぎなんじゃ?って心配にはなるけど」


 家族のためになにかしたいという気持ちもわからないでもなかった。だから、留守宅のことは思い切って祖母に任せることにしたのだ。そして今のところ、それで我が家はうまく回っている。


「まこっちゃんも、内定はとれたんだよね」

「うん。四月から社会人だよ。修ちゃんは、えーと、四月から江田島えたじまの学校なんだよね」

「そうだよ」

「私、てっきり卒業したらもう自衛官なんだと思ってた」


 本当に意外だった。自分が知らなすぎたというのもあるのだろうけど、修ちゃんは防大を卒業した後、今度は海上自衛隊の幹部候補生学校に行くのだそうだ。


「自衛官であることには違いないんだよ。ただ、幹部候補としての勉強が一年間あるってだけで」

「でも、それだけじゃないんでしょ? えっとなんだっけ? その後は地球一周?」


 そして海上自衛官になる修ちゃんは、その後にもさらに参加しなければならない訓練があるらしかった。


「遠洋練習航海。まこっちゃんからしたら、地球一周なのかな」

「それそれ。大変だよね、自衛官の幹部になるのって」

「だからこその幹部だから」


 明日はいよいよ修ちゃんの卒業式だ。四年間、頑張り続けた同期さん達と一緒に防衛大学を卒業する。そして私は、その式典に出席させてもらうことになっていた。


「そうだ、同期さん、全員、自衛官になるの? 一人だけそっち関係の企業に行くって言ってたっけ?」


 たしか修ちゃんと同じ山岳部にいた人が、護衛艦を製造している企業に就職するという話だった。世間では『任官拒否』と報道されてマイナスなイメージではあったけれど、そういうところに就職する人材も、実は自衛隊にとって非常に大切な存在らしい。


「まだ何人かいるって話だったな」

「引き留める教官さん達も大変だね」

「悩ましいところだよな。ヘッドハンティング先が普通の民間企業ならともかく、防衛産業関連の企業ともなるとさ」

「その人達と繋がり続けることも、同期としては大事なこと?」

「そのとおり。なんだかんだ言いながらも、人とのつながりは大事だから」


 私達は宿泊先のターミナルホテルのロビーに入った。ここでないと私が迷うからということで、修ちゃんが指定したホテルだ。


「修ちゃん、明日が卒業式の本番でしょ? いいの? こんなところでウロウロしてて」

「午前中に予行はしたんだよ。今の時間は自分達の荷物の片づけでそれなりに自由時間なんだ」

「片づけ、放置しておいて大丈夫なの?」

「ちゃんと今日のことも計画に入れて行動しているから問題ないよ」


 修ちゃんはそう言いながらニッと笑う。その顔を見てイヤな予感がした。


「あのさ! そういうことするために、このホテルに決めたわけじゃないから!」

「え? そうなんだ? 俺はてっきり、そういうことをしたいから、このホテルにすることを同意したんだと思ってた。れいのブツ、持って来てないの? あと少しでなくなるんだろ? 二箱目」

「そんなもの、持ってきてないよ!」


 まさかのブツ発言に顔が赤くなる。


「そうなんだ? きっちりなくなりそうで、お姉ちゃんの読みはスゲーって感心していたのに」

「……んなわけないじゃん」


 まったく、ほんとうに男子っていうのは、いくつになっても油断がならない!



+++++



『〇〇期、解散!』


 その声と同時に歓声があがり、紺色の帽子がいっせいに宙を舞った。



+++++



「卒業、おめでとう。それから、自衛官第一歩、おめでとう」


 卒業式の後の宣誓式を終え、講堂から出てきた修ちゃんに声をかけた。着ているのはそれまでの学生服ではなく、海上自衛官の制服だ。


「どっちもありがとう。うわっ、ちょっと、なんなんだよ!」


 立ち止まったところで、同期さん達が押し寄せてきた。それぞれが別々の制服を着ている。みんな、陸海空、それぞれの幹部候補生学校を出た後は、全国津々浦々(ぜんこくつつうらうら)の場所で任務につくことになるのだ。


「もー、藤原、うらやましすぎ!! 卒業式にカノジョが来てくれるなんて!」


 陸上自衛隊の制服を着た人がそう言いながら、修ちゃんの首に腕をまわす。この人は、あの夏に修ちゃんからもだねメールを送られた人で、同じ山岳部の人だった。二年前の開校祭の時に、カノジョを作るんだと宣言していたけれど、今の口振りからして、どうやらその目標はかなわなかったらしい。


「だったらお前もカノジョを作れよ!」

「それができなかったから、うらやましーーーって言っとるんや!! ほれ、写真を撮ってやるから!! カノジョさん、カメラは?」

「え? あ、はい、ここに……」


 大きな手を差し出され、慌ててカバンの中からデジカメを出す。その人はカメラをひったくると、私を修ちゃんのほうへと押しやった。


「せっかくの第一歩の時やからね。門出の日の写真はしっかり撮っておかんと。笑って笑って」


 いきなり笑えと言われても、これだけの人に囲まれている中ではなかなか難しい。たぶん写真に写っている私の顔は、ちょっとひきつっているに違いない。そして一枚目が撮り終わると、周りにいた人達がわらわらと集まってきた。


「なんなんだよー、俺とまこっちゃんの写真、一枚だけなのか?」


 修ちゃんが抗議の声をあげる。


「カノジョとの写真はこれからも腐るほど撮れるやろ? 同期とはこれが最後かもしれんのや。今のうちにしっかり撮っとかな」

「……ごめん、まこっちゃん。現像代はこっちで持つから」

「別にそこは良いんだけどね、まあ、気持ちはわからないでもないから……」


 まあこの時の写真のお蔭で、その後も修ちゃんの同期さん達とは、陸海空関係なく長くお付き合いをすることになるのだけれど、それはまた別の話だ。



 とにもかくにも、幼なじみの修ちゃんは、防大生から自衛官になったようです。

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