第二話 深夜はゲーム三昧
「昼間さ、修ちゃんにそろそろ実家に帰らないと、顔を忘れられちゃうよって言ったら、能面みたいな顔されちゃった」
その日の夜、お風呂から出て麦茶を飲みながら、テレビを見ていた両親に打ち明けた。母親が驚いた顔をして、私のほうを見た。
「そんなこと言ったの?」
「だって、誰も言わないんだもん」
「僕達はあえて言わなかったんだけどな。まさかの直球か、すごいな」
「パパ、笑いごとじゃない」
笑う父親を、母親が小突く。
「すまん」
「そういうことに口をはさむもんじゃないわよ、真琴」
「だってさあ、このまま誰もなにも言わなかったら、ず――っと絶縁のままだよ?」
修ちゃんが自分の意思を貫き通したのと同じぐらい、修ちゃんのお父さんも意志が固い。そこはさすがに親子だ。とにかく固い。あの固さは石頭を通り越してダイアモンドなみだと祖母が言っていた。
そんな固さなのだ。誰かが後押しをしなければ、このまま世界が終わる日まで絶縁状態になることは、簡単に想像がついた。いや、おばさんと修ちゃんの兄弟はともかく、おじさんは世界が終わっても絶縁状態かもしれない。
「お婆ちゃんだって、そんなのを望んでるわけじゃないよね?」
「それはそうだ。だが、お婆ちゃんは修司君を家族として支えるって決めたんだ。そしてお父さんもお母さんもそれに賛成した。今の修司君に必要なのは、アドバイスをしてくれる誰かではなく、無条件で支えてくれる家族だよ」
「家族と絶縁状態でも?」
私の言葉に両親はうなづく。
「もちろん、この状態が良いとは誰も思ってないさ。いずれ向き合う必要は出てくるだろうけど、それは今じゃないな」
「だから真琴も、うるさく言うのはやめておきなさいね。この家まで居心地悪くなったら、修ちゃん、これからどこに帰省すれば良いの?」
そう言われてハッとなった。そこまで考えがおよばなかったのだ。
「……わかった。もう言わないようにする、修ちゃんから言ってこない限りは」
「それが正解だな。それまでは、修司君の家族として仲良くしてあげなさい」
「そうだね。じゃあ、家族で仲良しの一環として、まずはおやつ、差し入れてくる。きっとゲームしてるだろうから」
ボーダイは全寮制で、部屋も一年生から四年生までが一緒の相部屋だということだった。話を聞く限り、ゲームができるような環境ではない。きっと今夜は、明け方近くまで久しぶりのゲーム三昧だろう。
「仲良しの一環て……真琴、そのままの格好でいくの?」
「ん? このパジャマ、なにか問題ある?」
お菓子をしまってある棚からクッキーとあられを引っぱり出す。それから麦茶のポットとコップ。
「あのね、真琴。年頃なんだから、ちょっとは恥じらうとかしなさいね。あなた、一応は女の子なんだから」
「なんで? 行くのは修ちゃんの部屋だよ?」
「なんでって……」
母親が父親のほうを見た。
「修司君と真琴は、小さいころから一緒にお風呂に入っていた仲だからなあ……」
「それとこれとは別の話でしょ……」
「じゃあ、修ちゃんとこ行ってくる」
なにやら言いたげな母親と、それをなだめている父親を残し、修ちゃんが使っている部屋へと向かった。一階の祖母の部屋は、障子が閉められ電気も消えている。足音が響かないようにそろそろと階段を上がった。
そして、そっとドアをノックした。
「修ちゃん、起きてる?」
「起きてるよ」
「入って良い?」
「どうぞ」
ドアを開けて部屋をのぞくと、案の定、部屋の電気を消してゲームをしている最中だった。
「なんのゲーム?」
「まこっちゃんがクリスマスに買って放置していた、ゾンビなんとか」
「え?! ほんと?! ソンビハザード、進んめてるの?!」
「静かに。入るならさっさと入ってドア閉めて。騒いだら、お婆ちゃんが起きちゃうだろ?」
「あ、ごめん」
部屋に入ってドアを閉める。そして修ちゃんの横に座った。
「きっとゲームをしてると思って、おやつ持ってきたの」
「ゲームしてなくてもさせるつもりだったくせに。これ、進めなくなってつまってたんだろ?」
「あたり。バレてましたか」
「セーブデータの日付が元旦のままだったんだ。バレバレじゃないか」
へへへっと笑いながら、ゲーム機が置かれているテーブルの横に、お菓子とお茶の入ったコップを置いた。
「おじさんとおばさんは?」
「いつものニュース番組見てた。あれが終わったら寝るんじゃないかな」
「まこっちゃん、明日もバイト?」
「バイトは入れてないよ。だから明け方までゲーム、付き合えるからね、頑張って進めよう!」
私がそう言うと、修ちゃんはイヤイヤと首を横にふる。
「頑張って進めようって言ってもさ。進めるのは俺で、まこっちゃん、俺の横で見てるだけってやつじゃないか。しかも、寝たくなったら勝手にここで寝落ちするつもりでいるんだろ?」
「あ、それもバレバレですか」
「何年の付き合いだと思ってるんだよ。バレバレだっての」
「いやいやいやいや、頑張って起きてるから。とにかく、まずはお茶でもどうぞ。チョコチップクッキーもあるよ? 海苔巻きおかきも」
気分はお代官様に袖の下を渡す、悪徳商人の何とか屋だった。
+++++
「うひっ!」
ビルの窓から飛び出してきたゾンビに、思わずコントローラーをあやつっている修ちゃんの腕をつかんだ。
「まこっちゃん、腕つかんだらできない」
「あ、ごめん」
「ほんと、怖がりだよな、まこっちゃん。ただのゲームだろ?」
修ちゃんが笑う。
「だってこういうの苦手なんだもん、しかたないでしょ。しかも最近のは妙にリアルだし」
「だったら買わなきゃ良いのに」
「でも、シリーズ物の続きが出たら気になるじゃん? 私が進められなくても、こうやって修ちゃんが進めてくれるし」
「結局は俺がするのかよー」
他力本願にもほどがあるとつぶやきながら、修ちゃんは画面の中の人物を操作し続ける。画面の中では、主人公キャラが武器を振り回しながら、どんどんゾンビを倒していた。どうしてちゃんとゾンビ達を倒せるのか不思議だ。私がした時は空振りばかりで、あっという間にやられてしまっていたのに。なにが違うんだろう。
「私、こういうの苦手。RPGだったらクリアできるんだけどな」
私の言葉に、修ちゃんがまた笑った。
「レベル30で倒せる相手にレベル80でいどむなんて、どう考えてもおかしいけどな」
随分と前に一緒にやったゲームのことを引っぱり出してきた。あの時も修ちゃんは、私のレベルを見てあきれた顔をしていたように思う。
「そんなことないよ。安全策ってやつだもん」
「安全策なら、せめてレベル45ぐらいでしょ」
「そんなことないよ、レベル80じゃないと危険です」
「そりゃ、回復せずにひたすら殴るだけの作戦じゃあねえ……」
私がクリアできるゲームと言えば、レベルが上がりさえすれば相手を倒せるRPGか、パズルゲームぐらいなものだった。それでも今の話のとおり、かなりあやしい。そんな私だから、この手のアクションゲームは、修ちゃんにお任せするのが一番確実なのだ。
「出た!」
今までのとは違う、不気味なゾンビが心臓に悪いタイミングで飛び出してきた。いわゆる中ボスというやつだ。私は今度は邪魔にならないようにと、修ちゃんのパジャマの裾をこそっとつまむ。画面を見ていると、修ちゃんは、一分足らずでその中ボスゾンビを倒してしまった。しかも、主人公キャラはほとんど無傷だ。
「すごーい。私、ここで瀕死状態になっちゃって、今のビルを出たところでやられちゃったんだよ」
「それ下手すぎだから」
「え」
少なくともビルからは出られたから、私ってすごいと満足していたのに。これはかなりショックかもしれない。
「で、いつまでつかんでるの、それ」
つままれたパジャマが気になるのか、チラリと私がつまんでいる場所に視線を向ける。
「だって怖いじゃん。部屋も暗いし」
「そのほうが臨場感あっていいじゃないか」
「怖さが倍増するだけだよ……」
「困ったもんだねえ、そこまで怖がりさんとは」
「私のことはほっといて早く進んでよ。私、ここから先は行ったことないからすごく気になる」
「はいはい」
そんなわけで、私がヒッとかフェッとか言いながら画面を見ていたら、修ちゃんはとうとうこらえ切れなくなったのか、クスクスと笑いだした。
「なによぅ」
「だっておかしすぎて。まじ怖がりすぎ。これ、映画と違ってどうみたってCGじゃないか」
「そんなこと言ったって怖いんだもん」
「怖いにもほどが、あっ」
こっちと喋っていたせいで画面を見ていなかったせいか、主人公キャラが飛び出してきた雑魚キャラに噛みつかれてやられてしまった。
「あーあー、よりによってあんな雑魚に……まこっちゃーん……」
「人のせいにしないでよ、よそ見していたのは修ちゃんでしょー」
「せっかくあと少しで、このステージをクリアって感じだったのに。もうやめ。集中力切れた」
「えー……この先が気になるぅ……」
ブツブツ文句を言っている相手の脇を小突いて再開をうながした。だけど、修ちゃんは再スタートする気は無さそうだ。コントローラーを放り出し、置いてあったお茶を飲みながら時計を見て、もうこんな時間だとつぶやいている。
「続きは~?」
「また明日」
「むー……さっきセーブしたところからだったら、かなり戻っちゃうよね」
「絶対この先の部屋に、セーブするところがあったと思うんだよなあ、無念だ」
そう言いながら、修ちゃんは大きくノビをした。