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猫と幼なじみ  作者: 鏡野ゆう
猫と幼なじみ

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第十三話 朝チュンと鼻チュンの違い

 頭の上でなにかが動いているのを感じて、顔をしかめながら手をのばした。


「もー……ヒノキー、休みの時ぐらい寝かせてよー……」


 我が家の猫は目覚まし時計よりも正確だ。毎朝、五時になるとかならず部屋に起こしに来る。知らんふりをしていると、耳元でフガフガしたり、気が向いたらお布団の中に潜り込んできたり、とにかく私が根負けして起きるまで、ゴソゴソし続けるのだ。


「まだ夏休みなんだよー……」


 そんなわけで今日も猫の目覚ましに起こされた。しつこくモソモソしているヒノキを軽くたたく。たたいてから何かが違うと感じて首をかしげた。


「ん?」


 いつものフワフワした毛並ではなくゴワゴワだ。しかも何故か若干の長毛。我が家の猫達は長毛種ではなかったはず。薄目をあけながら、その毛の正体をさぐろうとなでまわしてみる。すると、その手をいきなり別の手がつかんできた。


「???」

「まこっちゃん、あまり強く引っ張ると毛が抜けるから、かんべんしてほしいんだけど」

「!!」


 猫がしゃべった!!と驚いたのは一瞬で、声の主は修ちゃんだと理解した。


「修ちゃん?」

「俺だよ。他に誰がいると?」


 少しだけ怒った口調だ。


「ヤナギとヒノキ」

「猫かよ」

「だって、いつもヤナギとヒノキが起こしにくるんだもん」

「だからって、俺を猫と間違えるとかどうなの」


 目をあけると、修ちゃんの顔が目の前にあった。


「おはよー……」

「おはよう。他に言うことは?」

「他に?」


 なにかあっただろうかと考える。考えている途中で、自分がなにも着ていないことに気がついた。


「わっ、修ちゃん大変!! 私、なにも着てない!!」


 そして、自分の横にいる修ちゃんも、少なくとも見えている部分はなにも着ていないことに気がついた。


「わわわっ、修ちゃんも!! 服、パジャマ、どこやっちゃったの?! いたたた」


 修ちゃんは私の頬をかなり強めにつねった。


「目が覚めた?」

「……覚めました」


 私がそう答えると、修ちゃんは溜め息まじりに質問をはじめる。


「では現状確認のための質問その一。さて、ここはどこでしょう?」

「……お姉ちゃんが勤めてるホテルの部屋」

「正解。では質問その二。俺達はどうしてここにいるのでしょうか?」

「えっと、お泊りしたから」

「それも正解。では最後、質問その三。そのお泊りで俺達はなにをしましたか?」

「え……あの、えー……」


 口にしずらくて、目が泳いでしまった。だけど修ちゃんは、私が答えるまで許してくれそうにない。


「なにをしましたか? ほら、答えて」

「あの、その、エッチしました……」


 答えたとたんに、顔が熱くなったのが自分でもわかる。昨日の夜、あれから修ちゃんが私にどんなことをしたのか、そして自分がどうなったのかをはっきりと思い出した。


「忘れてなくて良かった。忘れてるなら、思い出してもらわないといけなくなるところだったよ。ああ、でもそうだな、忘れかけてたんだから、もう一度、しっかりと思い出そうか?」

「はい?」


 ニッコリと笑顔を見せた修ちゃんは、横向きで寝ていた私を仰向けにした。そしてゆっくりと覆いかぶさってくる。


「え、いや、忘れてないよ?」

「そう? 俺のこと、猫と勘違いしてたってことは、少なくとも起きた瞬間は忘れてたんだよな?」


 そこは否定できない。私の表情を見て、修ちゃんはニタッと笑った。


「はい。反論できませんねえ。では予習復習、頑張ってみようかー」

「えええ、ちょっと、まだ起きたばかりだよ!」

「俺も起きたばかりだ。条件は同じ」

「同じじゃないって!」


 どう考えても同じじゃない。そこは間違いない。


「数時間前のことをすんなり忘れて猫あつかいとか。まこっちゃんが、俺のことを好きでいてくれるかどうかも、まだはっきりしてないし、京都を離れるのが心配になってきた」


 なにやら聞き捨てならないことを言われたような気がした。


「あのさ、修ちゃん!」


 そう言って、良からぬことをしようと動き出した手をつかむ。


「なに」

「こういうことってさ、好きじゃない人とでもできるものなの?」

「ん? こういうことって?」


 首をかしげて、私を見おろした。


「だからー、エッチって、好きじゃない人ともできるのって話。……あ、世の中には風俗のお店ってのがあるんだっけ」


 話の途中なのに、余計なものが頭に浮かんでしまったかもしれない。


「世の中にはそういう人間もいるだろうけど、少なくとも俺は好きじゃない人とはできないな。だから俺的には外注は論外。外注するぐらいなら、自分の右手のお世話になる。……どうお世話になるか知りたい?」

「知りたくないです」

「残念」


 修ちゃんがおどけた顔をした。


「とにかく、俺はこういうことは、まこっちゃんとしかしたくない。理由はまこっちゃんのことが好きだから。以上。じゃあ予習復習を開始しようか」

「私の答え、聞かなくても良いの?」


 手を握ったまま質問をする。


「今の質問でわかったよ。でもそうだな、あらためて聞かせてもらっても良いかも。じゃあ質問。まこっちゃんは、こういうこと、好きじゃない人とできると思う?」


 今度は修ちゃんが、私に質問をした。


「絶対に無理」

「でも、俺とはエッチしたよね?」

「修ちゃんだから許せたんだと思う」

「その理由は? 聞いても良いかな?」

「修ちゃんのことが好きだから」


 私がそう答えると、修ちゃんは嬉しそうな顔をする。


「やっと答え合わせができたな。だけど、お互いに近すぎて、色々と気持ちを切り替えるのが難しいよね」

「うん……」


 修ちゃんは、私にとってあまりにも近い存在で、異性として意識できないと思ってた。それが変わったのは、初めてキスをされた時。ただ、あの後だって、急に修ちゃんのことを異性として意識し出したわけじゃない。きっとあの日から、私の中で少しずつ変わっていったんだと思う。


 そういう修ちゃんはどうなんだろう。今の口ぶりから、少なくとも最初のうちは、私と同じように感じていたようだけど。


「これからは、幼なじみとしてじゃなく、恋人として距離を縮めていけたら良いな……って、まこっちゃん、顔が真っ赤だぞ?」


 言われなくてもわかっている。自分でも、顔がめちゃくちゃ熱くなっていくのがわかったのだから。


「なんか、すっごい恥ずかしい!」

「どこが」

「え?! 幼なじみじゃなくて恋人とか!!」

「いつまでも、幼なじみのだれそれですって自己紹介できないだろ? 俺だってそんなのイヤだし」

「それはそうなんだけど! それだけじゃなくて!!」

「他になにが?」


 修ちゃんは不思議そうな顔をして、私を見おろしている。


「これ!」

「これ?」

「今の状態!!」

「今の状態?」


 私がなんのことを言っているのか、修ちゃんはまったくわからないらしい。


「修ちゃんのがさ……!!」


 そこでやっとわかったらしく、ああ、なるほどという顔をした。


「思い出させてくれてありがとう。そうそう、予習復習をするんだったね」

「え、あの、本当に……するの?」

「当たり前。俺だって健全な男の子だから。こんなところで中断したら、それこそ大変なことになると思うよ、右手どころじゃないかも」


 悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべると、私の質問のせいで中断していたことを再開した。


 そんなわけで、私は朝から、修ちゃんにおいしくいただかれてしまった。



+++



 おいしくいただかれたというのは、あくまでも比喩的な表現で、べつにお腹が満たされたわけじゃない。


「修ちゃーん」

「なに?」


 お互いの心臓がドキドキしたままの状態で、こういうことを口にするのは、非常にはばかられることなんだろうなと思いつつ、自分の頭に浮かんだことを正直に口にした。


「お腹すいた」


 とたんに修ちゃんが笑いだす。


「笑いごとじゃないんだよ、修ちゃん。考えたらさ、夜ご飯、ケーキ一切れだけだったんだよ? もー、お姉ちゃんってば、どうせならケーキ、ホールごと置いておいてくれたら良かったのに。気がきかないなあ……」


 ブツブツと文句を言う私の横で、修ちゃんは笑い転げていた。


「ねえ! そこの人、自分のカノジョが空腹を訴えているのに、のんきに笑ってる場合?」

「いやあ、なんていうか、まこっちゃんって、ほんと、マイペースだよね、感心するよ」


 笑いすぎて涙を流している。


「ほめられてる気がしません」

「いやいや、ほめてるから。これから自衛官のパートナーと生きていくなら、そのぐらい動じない人間のほうがいいってことだよ」

「動じなくても、お腹すいたの!」

「わかった。じゃあ、シャワーを浴びて服を着ようか。まこっちゃんの服は、お姉ちゃんが用意してくれているらしいから。浴衣はたためる?」


 涙をぬぐいながら、修ちゃんは起き上がった。


「うん。ちゃんと、お婆ちゃんから教えてもらってるから、それは大丈夫」

「そっか。なら安心だな。さ、シャワー、行くよ」


 差し出された手を見てギョッとなる。まさか?!


「え? 一人で浴びるんでしょ?」

「時間がもったいないから二人で同時。はいはい、文句言わない、どうせ全部見てるんだから。あ、俺のほうは全部見られてないのかな?」


 そう言いながら私を引っ張り起こす。目の前に、なにも着ていない修ちゃんの体があらわれた。


「ぎゃーー、修ちゃん、丸見えだよ!!」

「いまさらだろ? さっきは丸見え以上のことをしたんだから」

「そういう問題じゃないんだって、少しは隠しなよ! 丸見えダメ、絶対!!」

「どうせすぐに脱ぐだろー?」


 幼なじみから恋人になっても、私と修ちゃんの関係は、一部を除いて大して変わらないようだ。

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