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猫と幼なじみ  作者: 鏡野ゆう
猫と幼なじみ

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第十二話 五山の送り火 3

「あ、()いた!」


 時間になってもなかなか見えてこなくて、遅れているのかなと思っていたら、ポッとなにもない暗い場所に光の点があらわれた。一つが()くとあっという間で、どんどんと光の点がつながっていく。まずは大文字、そして妙、法、船形、左大文字、そして鳥居。


「私、自分の目で鳥居を見るの初めて。誘ってもらわなかったら、一生、見れなかったかもしれない。今日、修ちゃんが誘ってくれて良かった」

「地方出身の人間の言うことも、たまには役立つだろ?」

「私、そんなこと言ったっけ?」


 後ろに立っていた修ちゃんの顔を見あげる。


「言ってないけどさ、京都駅の屋上で大文字みたいとか、地方から来た人間って信じられないぐらい思ってたろ?」

「あちゃー、バレてましたか」


 誘われた時、こんな人混みに来たがるなんて、やっぱり修ちゃんも地方の人なんだなと思っていたのがバレていたらしい。


「まこっちゃんの考えてることぐらい、聞かなくてもわかるよ」

「だって、自宅で手を合わせたほうが、落ち着くじゃない? ご先祖様はうちの仏壇に帰ってきてるんだから。今年は二人はどこに行ったんだろうって、ご先祖様も首をかしげているかも」

「どうだろうねえ」


 私と修ちゃんはその場で手をあわせた。自宅の祖母も、今頃は送り火を見ながら手を合わせているだろう。


「これでお盆も終わりだな。今年も送り火を見られて良かった」

「だねー」


 山に(とも)っていた火が消えると、その場にいた大勢の人達がどんどん帰りはじめた。


「さてと、じゃあ、行こうか」

「あ、そうだ。ねえ、どこ行くの? さっき、お姉ちゃんに渡されていたのはなに?」

「お姉ちゃんに渡されていたのは、これ」


 修ちゃんが手に持っていたものを私に見せてくれた。


「……カード?」

「部屋のカードキーだよ」

「へえ…………え?」

「じゃあ行くよ」


 修ちゃんは私と手をつなぐと、そのまま歩きだす。


「家に帰らないの?」

「さっき、お姉ちゃんが言ってたろ? お姉ちゃんちで泊まって朝に一緒に帰るって」

「待ち合わせは西口でってやつ?」

「朝の八時にね。いま見せてたカードキー、なんのためだと思ってるんだよ」


 人混みをよけてホテルに入ると、そのままエレベーターに向かう。


「ねえねえ、それって、もしかして……お泊りってこと?」

「そうだよ。もしかしなくても、お泊り」

「お姉ちゃんに部屋をとってもらったの?」


 エレベーターの中に押し込まれながら、さらに質問をした。


「うん。この時期は空き部屋を確保するのが大変だって聞いてたから、予約したのは五月なんだけどね」

「五月って、前に帰ってきた時?」

「あの直後」


 つまり、修ちゃんが私にキスをしたあの帰省の後、ここの部屋を姉にとってもらったらしい。


「修ちゃん! それってつまり! めっちゃ計画的な」

「計画的な?」

「えーと、計画的なぁ…………犯行?!」

「犯行とか!」


 修ちゃんが笑い出す。エレベーターに乗っているのが二人だけで良かった。


「だって、計画的にって言ったら、それしか浮かばなかったんだもん」


 自分の語彙力(ごいりょく)にウンザリしながらそう言った。


「まあ、まこっちゃんからしたら、そうなのかな」

「別に犯行とは思ってないけどさあ。どっちかと言うと、青天(せいてん)霹靂(へきれき)?」

「計画的な青天(せいてん)霹靂(へきれき)とか」

「なんで二つをわざわざくっつけるかな。いいかげんに笑うのやめようか、修ちゃん」


 馬鹿みたいに笑っている修ちゃんの足を踏みつける。


「いてっ! まこっちゃん、下駄(げた)で踏むのはやめようか。シャレにならないぐらい痛かったんだけど」

「あ、忘れてた」


 自分がいつものパンプスではなく、下駄(げた)を履いていることをすっかり忘れていた。


「やれやれ、困ったもんだ。俺、五体満足でここから出られるかな」


 エレベーターから出ると、誰もいない廊下を二人で歩く。そしてカードに刻印された番号のついたドアの前に来ると、キーでドアを開けて入った。テーブルの上にお花と、可愛らしいカットケーキが置いてある。


「修ちゃん、お花とケーキがあるよ」

「お姉ちゃん、気を回しすぎ……」


 つまりこれは、姉からのサービスらしい。


「ねえ、お姉ちゃんにどこまで話したの」


 あの口振りからすると、なにもかもお見通しだったように思う。


「え、あー、送り火の日に、まこっちゃんと二人だけですごしたいんだけど、部屋ある?って聞いた」

「まさかの、ずばりそのまま!」

「変に隠し事すると、根掘り葉掘り質問されるだろ? だったら最初に白状しておいたほうが良いと思ったんだよ」

「うわ、恥ずかしすぎる……まさかの筒抜け状態とは」


 しかも三月間も! この三ヶ月間、姉は私の顔を見るたびに、心の中でニヤニヤしていたに違いない。


「せっかくお姉ちゃんが用意してくれたやつだから、食べたら? 紅茶もあるみたいだし、お湯、こっちのポットでわいてるよ」

「修ちゃん、落ち着きすぎ」

「俺までまこっちゃんみたいにテンパったら、それこそ大変じゃないか。で? 食べる?」

「……食べる」


 ケーキのお皿を手に取ると、フォークを持って椅子に座った。


「ねえ、まさかこのケーキ、お義兄(にい)さんが作ったんじゃないよね?」


 一口食べながら、思いついたことを口にする。


「どうだろう。でも、それがなにか問題?」

「だってさ、お姉ちゃんだけでなく、お義兄(にい)さんにまで筒抜けって、いたたまれないじゃない。明日、顔を合わせるんだよ?」


 それを思うと、今からちょっと憂鬱(ゆううつ)だ。


「たとえそうだとしても、別に問題ないんじゃ? あっちだって似たような道を通ってるんだし」

「やっぱり修ちゃん、落ち着きすぎ」

「これでも落ち着こうと頑張ってるんだけどなあ……」


 修ちゃんは、紅茶をカップに注ぎながらつぶやいた。


「とても頑張ってるようには思えないけど」

「本当ならケーキなんてそっちのけで、まこっちゃんのこと、食べちゃいたいのに、こうやってケーキを一緒に食べてるって、俺、けっこう紳士的だと思うよ?」


 そう言いながら、ケーキを乗せた皿を手に私の前のイスに座る。そしてケーキを一口、口にほうりんだ。


「うまー。やっぱりホテルのケーキって一味違うなあ」

「学校でケーキって出るの? デザート的なもので」

「こういうのはないかなあ……」

「じゃあ、ケーキを食べたくなったら、休みの日に学校の外に出かけるしかないんだ?」

「野郎ばっかりで喫茶店でケーキなんて、ちょっと笑えない光景だけどね」


 お皿に乗ったケーキを食べ終わるまでは、いつものように何気ない会話を続けた。だげど私の心臓はバクバクして落ち着かない。修ちゃんはどうなんだろう。見た感じでは本当に落ち着いて見えるけど。


「まこっちゃん?」

「……なに?」

「俺を探るような目で見ないでくれる?」

「別にそんな目で見てないよ」

「嘘ばっか。なんでこいつは、そこまで落ち着いてやがるんだって顔してるよ」


 相変わらず修ちゃんはするどい。


「……だって、落ち着いて見えるんだもん。私、きっとケーキの味、半分ぐらいしか感じてない気がする」


 とにかくこういうことが初めての私にとっては、これから起きるであろうことはすべてが未知の世界。落ち着かない気分になるのは当たり前だと思う。それに比べて修ちゃんの落ち着きっぷりときたら、腹が立つよりうらやましい。


「そりゃまあ、まこっちゃんは初めてだからしかたないけどさ」

「修ちゃんは初めてじゃないってことだよね?」


 とたんに修ちゃんがむせた。


「なんてこと言うんだよ」

「だって」

「そこが気に入らないとか?」

「別に気に入らないわけじゃないよ。それはそれ、これはこれだから」


 実際のところ、修ちゃんは防大に進学するまでは遠く離れた場所に住んでいた。そこで高校生まで過ごしたのだから、誰かと付き合っていたとしても不思議でもなんでもない。ただ、じゃあその人とはどうして別れたんだろう?とか、なんで今は私なんだろう?とか、その点はそれなりに気にはなる。


「まあ……少しは気になるかな」

「二股かけてるとかそういうのはないから」

「修ちゃんが、そういうことするような人じゃないのはわかってる」

「それを聞いて安心した」


 修ちゃんがニッコリと笑った。


「でもさ、まこっちゃんが今まで誰とも付き合わずにいてくれたことは、すごく嬉しいんだよな」

「別に、好きで誰とも付き合わなかったわけじゃないんだけどね……」


 高校までは女子校で、同世代の異性と顔を合わせる機会がなかっただけなのだ。そして大学は共学ではあったけど、気が合うゼミの友達という存在がほとんどで、異性として意識する存在はあらわれなかった。それが幸か不幸なのか、その点は自分でもよくわからない。


「うん。それでも嬉しい。そのおかげで俺はこうやって、まこっちゃんの初めてをもらえるわけだし。それに対して、俺がまこっちゃんにあげられるものはなんだろうな」


 しばらく考え込んでから言葉を続けた。


「俺にあげられるものって、まこっちゃんが俺にとって、『最後の人』になる、ぐらいしかないかな」

「それって一生、浮気はしません宣言?」

「そうとも言うかな。ただ、俺は自衛官になるわけだし、これからのことを考えると、そう簡単に死ぬまで一緒にいてくださいとは言えないかな」


 お皿をテーブルに置くと、立ち上がって私の横にくる。


「だけどまこっちゃんのことは好きだから、できたらずっと一緒にいたいと思うよ」

「ずっとってどれぐらい?」

「そうだなあ。縁側でのんびりとお茶を飲みながら、孫やひ孫が庭の松によじ登るのを見るぐらいまで?」

「あの松、お婆ちゃんと同い年ぐらいって知ってた?」


 私がそう言うと、修ちゃんはニッコリとしてから、私の手からケーキのお皿を取り上げた。

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