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ウィレムの丘  作者: 桐生 遙
4/13

02‐3

 目の前の、余りに非現実的な現実を把握することすら、テッラには容易ではなかった。先ほどまでのスミレは? 透き通る春の昼間の空気は? 暖かな日差しは? ぐるぐると頭の中を駆け巡るのは、疑問符ばかりである。

 次第に恐怖が勝るようになった。頬をなぜる、生暖かくて不快な空気。一寸先も見えないほどの漆黒に、テッラはまともに立つことすらままならなくなった。

 呆然としたまま、へたりと座り込んだ彼女に、暗闇は追い打ちをかける。


『やぁ、お嬢さん』


 テッラの耳をかすめたのは、男とも女ともいえないような、しゃがれた声だった。暗闇から響く雑音とも言える不快なその声に、彼女はぐっと身を縮める。


『おや、そんなに怖がらなくていいんだよ。魔女は君に危害を加える気はないよ』


 奇妙な口回しで、暗闇はテッラに語り掛ける。魔女と自らを称した声の主は、恐怖に身を震えさせるテッラを見て、けらけらと笑っているようだった。

 テッラは声の主を探そうと、周囲を見渡す。けれども、そこにあるのは、永遠に続くとも思われるほどの漆黒だけであった。そんな彼女の様子に、暗闇は更に期限をよくしたようである。しゃがれた笑い声は、次第に上ずっていった。


『怖がりのテッラちゃん。小さな小さなロス村の、これまた小さなテッラちゃん。魔女は何でも知ってるよ。魔女に知らないことはないよ』


 老人のようにしゃがれた声。だがその言葉たちは、無邪気な子供のように踊っている。

 テッラは震える口をつぐみ、目をきゅっと閉じた。急に暗転した世界。それは少女の理解をとうに超えるものであったが、これだけは分かった。それは単純で、本能的な直観でもあった。


 ――危険だ。


 今すぐこの場を立ち去りたい。全身を包むこの不快な瘴気を、スミレの優しい香りで拭いたい。けれども、彼女の身体はすくみ、ぴくりとも動かない。

 助けて。その心の叫びは、固く結んで閉ざされた口の中にしか響くことはない。なにこれ、意味わかんない、助けて、助けて――誰にも届かない救いを求める言葉たちは、暗闇に吸い込まれるばかりだ。

 ぬるり。彼女は自分の頬が何かに撫でられる感触に身を竦めた。手のようであったが、明らかに人間のそれと感覚は異なっていた。


『春生まれのテッラちゃん。金の色したテッラちゃん。決めた、決めたよ。魔女はこの子にきーめたっ』


 魔女は幼子のように語気を弾ませた。そして、もう一度ぬるりとした感覚がテッラを襲う。

 決めた? 何を? なぜ私の名前を――? 疑問と不安でごちゃまぜになった頭は、彼女の意識を失わせるには十分なものだった。



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