06‐2
聞きたいことは、山ほどあった。ここを逃したら、もう聞けないとも思った。そんな彼女の口から最初に出たのは、余りにも単純な疑問だった。
「あんた、誰?」
普段ならば、ここで名前と出身地を名乗れば十分なのであろう。それは、生まれて数年の幼子でも答えられる、容易すぎる質問であった。
一度、少年は口を開いた。けれども、何かを躊躇うように、また黙り込む。そんな彼を、テッラはじっと見つめていた。
カエルムがもう一度口を開いたのは、春のそよ風に、ほんのりと肌を刺す冷気が混じった頃だった。
「……俺は。一度死んで、まだ生かされている、この世の理に外れた『何か』だよ」
自嘲気味に呟いたカエルムの白い瞳は、どこか違う世界を見つめているようであった。そんな彼に、テッラは噛みつくような視線を向けた。
「そんなんじゃ、答えになるわけないでしょ」
カエルムの絞り出したような返答を、テッラはぴしゃりと否定した。カエルムは、驚いたように目を見開く。
「あの黒い物は何? 魔女って?」矢継ぎ早に問いを繰り出すテッラの舌は止まらない。「坂から落ちたっていうの、嘘だって、私知ってるから。いつまでお母さんを騙しているつもりなの。それでよくうちにいられるね」
彼女の言い分に、カエルムは口をつぐんだ。そんな彼の態度も、彼女にとって腹立たしいことこの上ないものであった。
テッラの心中は、早く言ってよ、彼を急かしと怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいだった。だが、そんなことをしても、目の前の少年が何か答えるとは、到底思えなかった。
二人の間に沈黙が流れる。スミレの花々が風に揺れる。
カエルムの唇がぴくり、と動いた。その時だった。
「お? テッラじゃねえか! また身長、伸びたんじゃねえか?」
テッラの名を呼んだのは、あの少年の繊細そうな唇ではなく、いくつもの修羅場を乗り越えてきたであろう、がさつで丈夫そうな壮年の口元だった。