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ウィレムの丘  作者: 桐生 遙
12/13

06-1

 シルワと別れてしばらくしてから、テッラもようやく家へ帰った。既にそこには白い客人カエルムの姿は無く、母親が一人で薬の調合を行っていた。

 モンターナは村の薬屋を営んでいた。腹痛や頭痛、軽い怪我程度なら、彼女の薬ですぐに治ると評判であった。さすがに娘が三日三晩寝込んだ時は、医者に頼らざるを得なかったが。

 シルワのように、この村の風習から、テッラもそのうち母の仕事を継ぐことになる。以前は薬草の採取など簡単な頼まれごとが多かったが、最近では調合の手伝いもするようになった。異なる効能を持った薬草同士を組み合わせ、また別の効果を生み出す薬を作ることは、テッラにとって日々の退屈さを紛らわすのに格好のものであった。


「あらテッラ、帰ってきたの」


 モンターナの滑らかな調合手つきを見つめていると、先に彼女が話しかけてきた。依然として視線は手元にある。テッラはうん、と返事した。


「何か手伝うことある? お母さん」


 そう尋ねると、母は少し思案してから、答えた。


「そうね、調合はもう終わりそうだから、明日の分のスミレ草を採ってきてくれる?」


 調合を手伝えると思っていたテッラは、母の言葉に少し肩を落とした。



 母のお手製の籠を持ち、テッラはいつものスミレの丘に向かう。本当のことを言えば、あんな怖い思いをした丘に、行きたくはなかった。スミレ草など他の場所でも採れる。母もそれを期待して彼女に頼んだのだろう。きっと、ここに来たことがばれたらまたお説教だ。テッラは一人で苦笑いを浮かべた。

 急な坂道は、籠一つ持つだけでも更に彼女の足に負荷を与える。バランスを崩してしまったら、今度こそ本当に坂から転げ落ちてしまう。普段よりも気を遣いながら、テッラは坂を上り切った。

 そこに広がる紫は、いつも通り美しかった。テッラは、まずはそのことに深く安堵する。スミレの香りが舞う風は、彼女を歓迎しているようにも思わせた。まるであの漆黒が、嘘のようにさえ思えた。

 だが。テッラは思う。あの感じたことのない生温かな空気と、無限に広がる闇。あの感覚は依然として忘れることは出来ない。ぬるりとした「魔女」の言葉一つひとつは、今ならすぐに思い返すことが出来る。


 ――嘘であってたまるものか。


 鍵を握るのは、そう考えてもあのカエルムという少年だ。テッラを魔女から救った存在。彼に問えば、あの出来事の全てが分かるはずだ、とテッラは確信していた。彼女が今日このスミレ畑に来た理由も、初めて彼と会ったこの場所なら、何か手掛かりが掴めるのではないかと考えたからだった。

 テッラはいつもとは真逆のゆっくりとした足取りで、スミレたちの間をすり抜ける。案の定、少し進んだ先に、一つの小柄な人影が揺れていた。

 彼女はそのまま歩を進める。花々を踏み分ける音で、相手も気が付いたようだった。


「……やあ、テッラ。いい天気だね」


 当たり障りのない挨拶は、彼女の神経を逆なでした。カエルムを捉えたテッラの金色の瞳が、鋭く光る。


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