05‐2
使用人たちは、彼らをすぐに王のいる応接間へと案内した。ここまでの謁見までの早さは、この帝国の上級貴族でも稀なことだった。
大柄な彼らよりも、さらに大きな扉を、リーダーであろう先頭の男が叩く。奥から、入れ、と語調にしては弱弱しい老人の声が響いた。男は扉を片手で軽々と押し、中へ入る。
「ようおっさん、老けたなァ」
おっさんと呼ばれた老人は、この帝国で一人の権力者のみ座ることの出来る、赤と金で装飾された玉座に座っていた。玉座に負けないほど豪華な身なりであったが、そこから覗く腕は細々としており、太い骨と血管が、痛々しいまでに浮き出ていた。
彼の脇に控えている、騎士らしい男性が、傭兵を咎める。「おい君、失礼が過ぎるぞ! この方は――」
「知ってるよ、皇帝さんだろ? んまあ、もうよぼよぼのジジイだけど」
傭兵長は、不遜な態度を変えずに騎士の言葉を遮った。騎士はそんな彼の言葉に顔を真っ赤にして言い返そうと口を開く。だが、それをかの老人が制した。
「要件を述べるぞ、インペル」
老人――ペテルギウス四世は、見た目こそただの老人だが、その声にはまだ皇帝としての芯が残っていた。傭兵長インペルは、おう、と皇帝に頷く。ペテルギウス四世は続けた。その言葉を発するのに必要な吐息でさえ、老いを感じさせながら。
「お前たちには、『魔女』を殺し、その死体を持ってきて欲しい」
皇帝が要件を述べ終えた時、奇妙なまでの静寂が応接間に響き渡った。応接間にいる彼らの耳に残ったのは、「魔女」という現実離れした存在だけ。皇帝が口にしたそのたった五文字にも満たないその言葉は、屈強な男たちを惑わすのに十分なものだった。
そんな可笑しな空気の中、最初に口を開いたのはインペルだった。
「……そんで、皇帝さんはよ、その『魔女』ってやつを殺して、何がしてぇんだい」
その、余りにも子供じみた単純で、皇帝に向けるには失礼極まりない問いに、とうの皇帝は答える。
「『魔女』の血肉を得た者は、不死になるという」
非現実的だ、とその場の誰もが思った。「四季一生」という摩訶不思議な概念に縛られるこの国では、死は人々に当たり前に訪れるものとされている。生を受けた瞬間、死に向かうのは生物として必然の習わしだ。けれども、この目の前に座る老人は、そんな生物としての倫理を凌駕しようとしている。馬鹿げていた。そんなこと不可能だと、その場の誰もが信じ切っていた。
――ただ、この男を除いては。
「へえ、面白いじゃねえか」
口元に不敵な笑みを浮かべたインペルは、場の人々の視線を一気に集めた。「魔女」などという、おとぎ話ですら使い古された登場人物。そんなものをこの世界で探し出し、ましてや殺すなど、愚の骨頂が過ぎる。だが、この傭兵長は違った。そのようなつまらない概念に囚われては、この国随一の傭兵団の団長など、務まるわけがなかった。
「俺も簡単にはくたばりたくねえしな。娘と嫁のためにもよ」
そう続けた彼は、眼前の皇帝を見つめる。彼の窪み切った二つの瞳は、ひたすらに虚空を捉えていた。
「そうか」皇帝の返事は、端的なものであった。「それでは、後は他の者に任せる。私は少し休むとしよう」
そのように言い残した皇帝は、ゆっくりと玉座を降り、応接間を後にした。
その後ろ姿は、ただの淋しい老人、そのものであった。