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3.民族・国

現代に至ってもなお民族闘争というものは耐えない。日本人には馴染みのないものだが現在のヨーロッパは民族闘争の果てに現在の国々がある。中世といえばヨーロッパ、ということで物語中にはこの問題を取り上げる必要があると私は考えた。

さて民族といえば何を思い浮かべるであろう。中世ファンタジーということを念頭におくとエルフだとかホビットだとかドワーフと答える人がいるだろう。

馬鹿野郎!!ファンタジーに脳を汚染されたゴミ虫が!!

上記の民族は全て伝承の民族であり、論ずるに値しない。と思ったが民族的特徴を考えると現在ありふれている設定は架空のものであるとしても、現実にそれらしい民族はいたと仮定できる。

例えばエルフの耳は長くて、見た目が美しく、長命であるという伝承を考えると、狩猟を主にする民族であり、長い歴史の中で狩猟に特化した進化をした。周囲の音を聞くために耳が発達し、動物が冬眠してしまう冬は木の実などを主食とするため健康的であり、それゆえ長寿になっていったという妄想ができる。美しさについては時代によって尺度が変わるのでなんともいえないが(例えば平安時代では細目で太った人が美人とされていたらしい)。

ドワーフのイメージとしては背が低く筋力モリモリであり、高度な鍛冶技術をもっているとされる。これは炭鉱の小さな穴に入って鉱石を掘るため、筋肉はついたまま背が低く進化したと推測できる。そして持ち帰った鉄を鍛えて街に売りに行き、生活していたと考えると道理が通る。

ホビットは伝承どころか完全に架空民族なので知らん。

つまるところ、民族の文化と進化論である程度のことは片がつくのである。


さぁファンタジー民族の話が終わったところで現実の民族の話をしよう。ヨーロッパの民族はゲルマン、スラヴ、ラテン、ケルト、ユダヤなど多く挙げられる。

これらの民族を判別する上で重要なのが言語と文化であるらしい。言語での判別は簡単だろう。英語を話すイギリス人とドイツ語を話すドイツ人の民族は違うということ。文化的違いも分かりやすい。我々が住んでいる日本は他国とかなり違う文化を持っている。日本人とアメリカ人が同じ民族だとのたまうのはパリピぐらいだろう。


何が言いたいかというと、様々な国々を描く物語でも国によって言語も文化も異なるということだ。主人公が世界を旅する時、RPGでは御都合主義で通るがリアルに描こうとすれば話しすらまともにできないのだ。他国で軽いジョークをかまそうものなら笑われるどころか「アイツ何言ってんだ?」と怪しまれることは想像できる。自分の生まれた国のトイレがウォシュレットだろうと隣の国では左手で拭うのが当たり前、そういうこともあり得るのだ。現在ではインターネットの普及などによって文化の壁は無くなってきているが、この頃の文化は現在よりもはるかに閉ざされており、それゆえ他国の珍しいものには価値があったのだ。ヨーロッパにおいて重要な他国産のものといえば香辛料がある。これのせいで戦争が起こるくらいである。


異なる文化ゆえに戦争が起きる。これは至極真っ当なことで、主義主張が違えば論争が起きることぐらい普通のことである。この時代には国際法もないだろうし、「隣の国が目障りだから侵略しよう」と国家元首が気軽に言えば簡単に戦争が起きる可能性もある。そうならないために権力者は近隣諸国の権力者と婚姻関係を結んだりして暗黙の協定をによって戦争を防いでいたのだ。これがいわゆる政略結婚と呼ばれるものである。これによって国の民衆たちもその国からは攻められることはないと安心できる。もちろん単一の協力関係だけでその国との衝突が避けられるわけではない。このような関係を複数の国家と結ぶことで国の守りを強固なものとしているのだ。例えばA、B、C、という国が存在しているとしよう。A国はB国、C国ともに協力関係にあるとする。しかし、ある時B国がA国を侵略してきた。そうしたらC国はどのような対応をするだろうか。協力関係にあるA国を助けようとするだろう。こうなることは自明のことであり、これがB国、C国、他の国家への牽制になっている。これは一例であり、現実ではもっと複雑な関係が形成されている。


国を国たらしめる要因としては領域・人民・主権の3点がある。領域・人民については一般的にもわかりやすいため説明を省く。主権とは領域・人民を統治できる権力があるということだ。君主制の場合、たとえ領域内に村々が存在するとしてもそれらが国家の主権たる国王などに従わないとするならばそれは国家とはならない。村々を従わせる武力や権力があってこそ国家として認められるのだ。

では民主主義国家はどうだろう。中世といえば王政をイメージする方々が多いと思う。この固定観念によって民主主義は近代的なものと思われるかもしれないが、実際は古代から存在することが確認されている。たとえば、古代ギリシャでは市民が主権者とされ独裁の防止策として陶片追放と呼ばれる国外追放のための投票も行われていた。では実際に中世あった民主主義国家はどうだろう。残念ながら現在ある民主主義国家のような形態の国家は見つけられなかった。議会が存在する国家は多かったが、その上に皇帝やら国王やらが即位しているケースしかなかった。もっと言えば、皇帝の上(というのは誤用かもしれないが)には法王が存在する。宗教勢力が強い権力を持っていた時代なので、皇帝や王は法王に認められて初めて権力を手に入れられたのだ。


結論、何を言いたかというと主人公が旅をしているとするとどこへ行っても話が通じ、ましてやことわざや慣習などの一般常識が他国で通用するはずがないのだ(元々1つだった国が分割された歴史があるなら別だが)。そうすると物語には必ず通訳者が存在するはずである。しかし、ネット小説でその存在を私は見たことがない(私が知らないだけかもしれないが)。


物語にリアリティを求めること、それ自体が無粋なことかもしれない。しかし、私はこのような些細なことで違和感を感じる小説がなんだか嫌なのだ。

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