プロローグ~或いは彼の受難~
不定期連載始めました、よろしくお願いします。
いつの間にかこそっと投稿してるのでちょくちょく様子だけ見ていただけたりすると嬉しいなぁって(/ω・\)チラッ
夢を、見ていた。
視界いっぱいに広がる本、本、本。
回りを見ればどこまでも広がる本の森、上を見上げれば天井は見えず、どこまでも積み上げられる本の塔、壁は見えず、故に彼の視界は本のみで埋め尽くされていた。
そんなどこまでも広がる本の森の中を彼は、歩いていた。
そこがどこなのか、どこから来たのか、どこへ向かっているのか、何一つ思い出せなかった、しかしそれが気にならないような様子で彼は脇目もふらず歩いていた。
歩いて、歩いて、やがて走りだし、それでもまだ辿り着かない、やがて彼は真っ暗な闇に落ちていった。
◆◇◆◇◆◇
「また、夢か」
彼はベッドから上半身を起こすと頭を抱えて呻いた、枕は汗でぐっしょりと濡れている、ここのところずっとだった、夢見は悪く、お陰で眠りもいつも浅かった。
時刻はまだ午前5時30分、ようやく空が白んでくるこの時刻に目が覚めるのは最近ではそう珍しいことでも無くなった。
彼は日頃夢を見ない、ただ、時折同じ夢を何度も繰り返し見ることがあった、自分流が怪我をするところだったり、鏡を見ていたり、誰かに怒りを抱いていたり、そのときによって夢の内容はまちまちだったが、1つ共通していたのはその夢は忘れた頃に現実に起こる、というものだった。
忘れているからして対策は一切取れないがそれが起こった時、あるいは後にそれを夢見ていたことに気がつくのが常だった。
ベッドから起き上がり、制服に着替える、手早く荷物をまとめた後は一階に降りていって用意されてある朝食を食べる、弁当を用意し学校へ行く、長らく続く習慣だった。
◆◇◆◇◆◇
走る、走る、走る、本の森の中をただただ走る。どこへ行くかも分からずにどこへ向かうのかも分からずに。
やがて、彼はそこに辿り着く、不自然に綺麗な円形の書架に不自然なほど綺麗に埋められた本達、中央に置かれた円卓にその上に置かれた球体の水晶。何から何まで不自然な空間であった。
彼はゆっくりとその空間を見回し、円卓の上の水晶に触れた。
「何か面白いものはあったかい?」
弾かれたように振り返る彼の目に写るのは年齢不詳の優しげな笑みを浮かべる青年だった。
初めに感じた印象はとにかく白い、ということ、透き通るような白髪に白磁の肌、染みひとつない袴をこれ以上無く自然に着こなし、空中に座っていた。
空中に座っていた、という表現がおかしい、と言うことはわかっている、だが、事実としか言いようが無かった、少なくとも彼の目には青年が腰掛けているものが見えなかったのだから。
「誰?」
短く問いかける、透き通った、綺麗な声だった。
「そうだな、いつか、また会った時に教えてあげよう、ほら、君はもういく時間だ」
青年が薄く笑って答えると同時、彼はまた闇に落ちていった。
◆◇◆◇◆◇
つぎはーすみのがおかーすみのがおかー
独特の抑揚を付けたアナウンスが流れてくる、どうやらなん駅か乗り過ごしてしまったらしい。携帯を取り出し本来降りる駅への最短を調べる、次の次で降りて快速、既に遅刻は確定だ、降りてからはゆっくりと行けば良いだろう。
キイィィーーッと、耳障りな音と体を芯から揺さぶるような衝撃、何が起きたか理解する間もなく彼は意識を失い、そして、そのまま命を失った。
◆◇◆◇◆◇
ゆっくりと意識が覚醒する、このまま微睡んでいたい気持ちに駆られるがそれをこらえ目を開く。柔らかな光に満ちていた、真っ白な空間、なんとなく、こんな白を見覚えている、そんなことを彼は思った。
辺りを見回せど何もなく、ただ、どこかへ続く白い道が一本、伸びているだけだった。
こんなにも冷たい白色を彼は初めて知った。
◆◇◆◇◆◇
彼はひたすらに歩いていた、白い部屋など数時間前には出てしまった、あのままあそこに居たら気が触れるような気がしたから。
いつの間にか辺りには一面の本が並んでいた、ただし、彼が試した限り本は一冊たりとも引き抜けなかったが。
本の迷宮の中をひたすらに歩く、いや、この場合は本の迷路が正しいかと、彼は自嘲気味に嗤った、案外、彼の精神は脆かったのかも知れない。
本の迷路に入ってからどれ程の時間がたったのかが分からない、そこの明るさは常に一定で、彼は至って非自然的な印象を受けた。
いつの間にか彼はひたすら走っていた、そうして覚える僅かな疲労感とも呼べないほどの筋肉の怠さに何かのデジャヴを覚える、何か、大切なものを忘れている気がした、思い出さなければ、このままでは、間に合わない。
何かに急かされるように思考を巡らせるがけして脚を止めることは出来なかった、そこに行くまでは、けして止まれない、そう確信してから、また自分に疑問を持つ、"そこ"って、どこだ?
◆◇◆◇◆◇
走る、走る、走る、本の森の中をただただ走る。どこへ行くかも分からずに、どこへ向かうのかも分からずに、そうして彼が走り続けた時間はおよそ、一月に及んだ、彼が知ることは無かったし、知るべき物でも無かったことだが。
やがて、彼はそこに辿り着く、不自然に綺麗な円形の書架に不自然なほど綺麗に埋められた本達、中央に置かれた円卓とその上に置かれた球体の水晶。何から何まで不自然な空間であった。
彼はゆっくりとその空間を見回し、円卓の上の水晶に触れた。
「やあ、また会ったね」
彼は弾かれたように振り返る、そこに居たのは、真っ白な青年、透き通るような白髪に白磁の肌、染みひとつない袴をこれ以上無く自然に着こなし、空中に座っていた。
空中に座る、という表現がおかしいということはわかっている、しかし、彼の目にはそうとしか映らなかった。
「何か面白いものはあったかい?」
そう聞く青年の目は細められていた、きっと笑いたいのだろう、と言うことは分かるが、どうにも不気味な印象を彼に与えていた。
「誰?」
透き通るような綺麗な声だった、その質問にまた、青年は目を細める。
「そうだったね、僕の名前はまた会った時に教えようと言ったんだったか、うん、そうだね、簡単に言うと、神、と君達が称するような物さ、決して万能なんかじゃあ無いけどね。」
「…また?」
「そう、また、最も前に会ったときは君はまだ生きていたけど」
「"まだ"生きていた、って」
彼が少し狼狽する、何も思い出せなかった、ただただ、思い出さなければ、そう強く思う、胸が締め付けられるほどに。
「そう、"まだ"生きていた、つまり君は死んだんだよ、死因は…圧死だね」
青年は軽く笑う、何でもないことのように。
「うっ」
彼が頭を抱える、酷い頭痛に苛まれ身動き取れない中、頭には莫大な情報が荒れ狂っていた。
流れ込むのは記憶、彼の魂に刻まれた記憶が甦って来ていた。