しあわせの、日常
千鶴、と呼ぶ声がする。
んん?まだ眠い、もうちょっと。
「千鶴!遅刻すんぞ」
え?!
がばっと起き上がる。
「おはよう」
「……え?敬太?」
「え、ってなんだよ。──寝ぼけてんの?」
可愛いんだけど、と笑いながらほっぺにキスしてきた。
なんで敬太があたしの部屋に。今日なんか約束してたっけ?
と、思ったらなんかいつもと違う。……あたしの部屋じゃない?
──あ。
そうだった。今日から新居だった。
「起きた?」
「ん。起きた……」
「お前、相変わらず朝弱いのな」
そう。小学校のラジオ体操のあたりから朝が弱いのは変わってない。
故に幼馴染の敬太にはバレバレである。
「うー…起きてすぐに行動できる敬太のほうがおかしいんだい……」
若干まだ頭がぐらぐらするが、敬太があたしの両手をひっぱって半身を起した。
「奥さん、早いことご飯食べませんか?」
「あ!ご飯、作らなきゃ。今、何時?」
「七時半。でももう作ったから、食いな」
なんて素敵な旦那さま。
でもって、ダメな嫁でごめん。
リビングに向かうと朝食が確かにテーブルに並んでいた。
コーヒーとトーストとサラダ。
うむ、完璧。
ありがとう。でもごめん、明日からは頑張るね。
敬太の作ってくれたご飯を食べながら、ぼーっと敬太を凝視していたら「まだ寝ぼけてんな?」と笑われた。
えぇい、笑いたきゃ笑え。
朝の三十分はまったく使い物になりません。知ってるでしょ!
しかし敬太はつくづくあたしの好みの顔してるなぁ。
これが昔からいたら、そりゃほかの男に目が行くわけないよねぇ。
ご飯を食べ終わって食器を片付けていると、洗面の方からシェーバーの音が聞こえてきた。
うわぁ、これがこれからの日常になるんだ。
くすぐったくて思わず顔がにやけてしまっていた。
あ、そう言えばこれも一度はやってみたかったんだ!
千鶴は急いで洗い物を終え、クローゼットへ向かい、中からごそごそと敬太のワイシャツとネクタイを選ぶ。
「……何やってんだ?」
あ、ばれた。
気づくと敬太が後ろに立っていた。
「たはー…夢だったから」
笑いながらごまかす。
だってー、一度はやってみたいじゃない。彼氏……旦那さんの、ネクタイ選び。
「ぶは!可愛いなぁもう。いいよ、選んだら?」
あたしは薄ピンクのチェックのシャツと水色のドットが入ったネクタイを選び、敬太に合わせた。
うむ、よい感じよい感じ。
「おれも千鶴の服選んでいいの?」
あーすきに選んで。うちの会社ゆるいからどんな服でも文句は言われません。
実際、持ってる私服全部会社に着てってるしね。
敬太もクローゼットをごそごそあさり、甘めのワンピースを選んだ。
ほう、敬太はこういうのが好みか。覚えておこう。
あたしたちはお互いの選んだ服に着替えた後、身なりを整えて一緒に玄関に向かった。
あ、待って待って。
これもずっと夢だったの。
「敬太、行ってきますの、」
続きの意味を汲み取ってくれた敬太は軽くキスをして「やばい、新婚生活ってこんなか」としまりのない顔で笑った。